第二十八話
嘘……だろ?
闘矢の驚きは声にならなかった。開いた口が塞がらず、信じられないというように首を横に振る。
「当時夏陽はまだ母親の性である山田を名乗っていたわ。どう、思い出した?」
思い出すどころではない。ここに来て闘矢の頭の中にあったパズルが綺麗に組み上がった。屋上で夏陽に呼び止められた時、頭に響いた言葉。
《はっきりと言ってください》
あれは昔、告白されて逃げようとした闘矢に投げかけられた言葉だ。この言葉はどちらもとも夏陽から発せられた。記憶の言葉と重なって当然だった。そして同時に、夏陽が闘矢の告白を受け入れたのも推測が出来た。
《もう少し大人になってからもう一度だけ考え直してくれない?》
つい口を出た約束、それをこれまでの間ずっと胸に秘めていたということなのか。
「あの子は四ノ宮の教育を受けている最中、ずっとあなたの事を考えていたわ。その過程で肥満気味だった体系も改善されて、今みたいな姿になった。全てはあなたに好かれるためよ。そして四ノ宮での教育を終えたあの子は最後の自由としてこの高校に入ったわ。あなたが入学するはずの学校にね」
勇魚の言葉を聞いた闘矢は罪悪感に苛まれた。ずっと自分のことを思ってくれていた夏陽。では何故声をかけてこなかったのか。
そんなもの分かっている。迷惑がかかると思ったのだ。
自分の境遇を全部理解していた夏陽が、闘矢に話しかけるわけがない。夏陽が話しかけ、自分が過去に告白した女の子であると告げた場合、闘矢はどうするか。夏陽から告白された場合、今の闘矢には断れる自信が無い。それほどまでに夏陽は綺麗に変貌した。
だが当然夏陽自身が危惧しているのはそんなことではない。夏陽の告白が成功しようが、失敗しようが、どちらも最悪の結果を招くことが分かっていたからだ。成功したとしても、夏陽には四ノ宮としての使命がある。付き合うということはその使命に闘矢を巻き込むことに他ならない。そして父親である慧刻に迷惑をかけることになる。それを、夏陽が了承するはずがない。だからこそ夏陽は闘矢に何も言わなかった。
その決意は相当なものだったはずだ。5年以上もの間秘めた思いがそれを堅くした。
だが、それを俺が壊した。
闘矢の告白により、その決意が決壊した。
「俺は……俺は……」
闘矢は俯き、自身の手を見つめた。わなわなと、震えていた。
「あんたの告白を受け入れた後、あの子はすごく後悔してたわ。あんたを巻き込んでしまった。どうすればいいか分からないって」
「ならそう言って―っ!!」
闘矢は出た言葉を飲みこんだ。返される言葉が予想できた。
「後悔以上に、あの子はあんたと付き合えたことを喜んでいた。あの日の夜、あの子は泣きながら笑っていたわ」
闘矢は机に拳を打ちつけた。怒りを感じた。だがこの矛先は先程までの十二宮家に感じていたものとは違う。それ以上のものを、闘矢は自分に感じていた。
―俺が夏陽の想いを踏みにじった、俺の行動が夏陽の決意を無駄にした。
吐き気がするほどの罪悪感が襲った。
「過ぎた事を悔やんでも仕方ないわ。あなた達は付き合った。そして今、夏陽は自分の使命を全うするためにあなたのもとを離れた。これがどういう意味か。分かるでしょ?」
闘矢は静かに頷いた。謝罪を口にした夏陽、その意味がようやく分かった。危害が加わらないように、闘矢を守ったのだ。
知らず知らずのうちに守られていた。守ろうとした対象に、守られていた。その思いを理解したからこそ、闘矢は動くことが出来ない。動くこと、夏陽を救おうとすることは身を呈して守ってくれた想いを踏みにじることと同義だからだ。
そんなこと、今の闘矢に出来るわけがなかった。
「これから……あいつはどうなる?」
「もう学校へは戻れないわ。御門家はこれ以上夏陽の自由を許さない。軟禁に近い状態にはなるでしょうね」
握った拳が震えた。夏陽は十二宮家という檻に閉じ込められる。それが自分のせいである事で更に拍車をかけた。やり場の無い怒りが襲ってきた。
「きっと今のあの子が望んでいるのはあなたの幸せよ。そして私はあの子の守り目としてではなく、1人の友人としてあの子の幸せを願っている。だからこそ、これはお願いよ」
勇魚は椅子から立ち上がり、その場で正座をする。そして膝に手を乗せ、深く頭を下げた。
「もう夏陽の事は忘れて頂戴」




