第二十話
これほどまで熱狂の渦に巻き込まれている体育館がかつてあっただろうか。闘矢は自身の記憶、二次情報まで含めて検索するが、心当たりが無い。
ならばここは体育館ではないのだろう。そう結論付ける。
闘矢は建物の一階部分にいた。木造の建物は床にニスのようなものが塗ってあり、僅かに輝きを放っている。何本かテープが張られているが、決してバスケのコートであるとは思いたくない。
そんな1階には闘矢しか立っていない。建物の2階部分、本来ならカーテンを閉める用途でしか使わないであろう場所は逆にぎゅうぎゅう詰めの人で溢れかえっていた。ざわざわがやがやが絶えず建物を支配していた。
卓球台があった比較的広いスペースがある場所にはひな壇のようなものが設置され、最早観客席と化している。オリンピックの室内競技の映像が頭の中を過ぎった。
やはりここは体育館ではないと言う事か。
その時、入り口らしき場所から四天王が姿を現す。四天王はそれぞれが部活のユニフォームを身に纏い、入場してくる。サッカー部と野球部はボールを所持、剣道部は防具無しの竹刀のみ。プロレス部にしてみれば、武器になりえるものは何も持っていないが、テレビで見るプロレスの場外乱闘の様子を考えれば、凶器や毒きりをしてきそうな気がして怖い。
4人が4人、まるで優勝決定戦に望む直前のような真剣な表情をしている。そんな緊張感からか、4人が闘矢を殺しに来た様に見えなくも無い。
いつの間にかこの建物の中は静寂に包まれており、四天王の入場を見守っていた。
「三年元剣道部主将、倉田正臣」
「同じく三年元サッカー部主将、木村雄一」
「同じく三年元野球部主将、佐伯浩二」
「同じく三年元プロレス部主将、遠藤五郎」
闘矢の目の前で横一列に並び、名乗りを上げる。はきはきとした声は威圧感さえ覚える。
何故か闘矢は自分もやらなければならないと感じた。
「二年帰宅部所属、桐崎闘矢」
《それではこれより、SF四天王VS桐崎闘矢の真剣勝負を執り行いたいと思います》
……どうやらここは本当に体育館らしい。
ステージに長椅子が設置され、数人が椅子に腰掛けている。そこからマイクを使い、あろうことか親友が話し出す。
《それじゃあ簡単なルールを確認します。会長どうぞ》
《はい。代表してお伝えさせていただけいます》
宗司の隣に座る澪は机に置いてあった紙を手に取る。
《勝負は1本勝負。四天王側の勝利条件は制限時間30分以内に桐崎闘矢に一撃を加えること。当然桐崎 闘矢側は30分逃げ切れば勝利になります》
《つまり桐崎闘矢が勝利するには必ず30分間逃げ続ければならないと言う事ですか?》
《実はそうでもないのですよ》
通販のテンプレのような会話が飛び出した。お?というどよめきが体育館を包んだ。午前に四天王が出したルールだと、そうしなければならないのだが、どうやら違うらしい。
《先ほどお話したのは基本ルールです。それに更に追加ルールとして桐崎闘矢が四天王をダウンさせた場合、させられた四天王は戦闘不能と判断し、退場処分なります。これは四天王からの提案でもあります》
闘矢は四天王を見る。表情を1つ変えない彼等の中にあるのは余裕の感情なのか、それとも触られたら負けというルールに公平さを追求する良心か。
どちらか分からないが、そうなると闘矢の勝利条件、戦い方は二つ。30分逃げ切る持久戦か、四天王全員を撃退する短期戦のどちらかになる。
そう考えた闘矢だが、ある事に気付く。
「1つ質問!」
手を挙げて闘矢は声を出す。すると一斉に体育館中の視線が闘矢に注がれる。人数にして1000人超、視線はその倍だ。今思えば他校の生徒もちらほら見える。
情報の広がる速さにも、集まる視線にも背筋がぞっとする。
《どうぞ》
「もし四天王を撃退するとして、それで四天王に触ったら俺の負けですか?」
闘矢は四天王に触れられたら負けになる。つまり後者で勝つには触れずに撃退しなければならない。だが小石や障害物がある野外ならまだしも、体育館でそんな都合の良いものが落ちているわけが無い。物理的に不可能だ。
《それに関しては、あなたが自分の意志で四天王に触った場合のみその限りではありません》
「俺の意志はどうやって証明するんですか?」
《それはこちら側で私と風間宗司さん、そして湯浅勇魚さんの3人での判断になります》
澪は宗司と反対側の隣に座っている勇魚を手で示す。
宗司は闘矢側の人間、澪はSF側とするとおそらく勇魚はそのどちらにも属さない立場の人間ということになる。この場合の第3勢力は闘矢たち以外の当事者、夏陽側の人間と言う事だ。
闘矢は勇魚の隣にいる夏陽に目を向ける。どこか不安な表情で闘矢を見ている。
それもそのはずだ。夏陽にとって見ればこのような事態に発展するとは思っても見なかっただろう。急に自分のファンクラブがしゃしゃり出て恋人の仲を引き裂こうとするなど、誰が想像出来ようか。
闘矢はそんな夏陽の姿を見て決心する。何が何でもこの勝負は勝たなければならない。