第十七話
昼休み、屋上にはやる気無さそうに寝転がる闘矢の姿があった。
S F四天王の宣戦布告からまだ1時間しか経っていない。それにもかかわらず、既に情報が学校中に伝わっているだけでなく、学校側が体育館の使用許可を出す事態にまで発展している。
放課後の体育館は複数の部活を希望しているため、スケジュールがかなり混んでいるはずだ。なのについさっき決まったことをすぐ実行してしまった。
私立ならまだしも、生徒の独断で事が進みすぎな気がしてならない。ここが県立高校かと疑いたくなってくる。
「はぁ」
一体今日何回ため息をついただろうか。
「中々面白いことになってますね」
突然の声に驚き、跳ね起きる。
気付くと闘矢の横には1人の女子生徒が立っていた。女子生徒は太陽に照らされてか、赤茶色に見えるセミロングの髪を揺らし、膨らみのある笑みで闘矢を見ていた。スタイルはかなり良い。要するに美女。
夏陽もその部類に入っているが、こちらの方が落ち着きがある大人の雰囲気を醸し出していた。可愛いと言うより、美しいという言葉が似合う。
闘矢は女子生徒を見やると、心臓が鷲掴みにされた思いをした。
「き、奇遇ですね……天原会長」
天原澪―生徒会長であり陸上部部長を兼任する女子生徒は、引きつった顔の闘矢を変わらない笑みで見る。
この現状はやばい。というのも本来屋上に入ることは校則で禁止されている。つまり今闘矢は校則違反を犯しているという事になる。それも生徒会長の目の前で、だ。
「昼休みに屋上で昼食とは、なんとも優雅なものですね。特に開放感が」
「あぁ……そうですね」
澪の言葉に何とか相槌を打つ。内心は心臓バクバクだ。
「時に桐崎君、君はどうやってここに入ったのかな?」
「え……いや……その……」
流石に言葉につまる。本来一般生徒である闘矢は屋上には入れない。壁をよじ登るという非現実的な行動を除けば、屋上へ入るには通じるドアを開ける必要がある。
今現在、生徒会長である澪が屋上にいるのは実のところ説明が可能だ。何しろ屋上の鍵は職員室と生徒会室に1つずつ置いてある。つまり澪は闘矢が持っているスペアキーのオリジナルで屋上のドアを開錠したのだ。
素直に話すか迷った時、ふと最近どうやってその場を乗り切ろうか考えてばかりだと思った。そして結局その場の流れに任せているような気がする。
「そうですね……会長はどうやって俺がここに入ったと思います?」
質問に質問を重ねる。質疑応答としてはやってはいけないことだが、この際仕方が無い。
「そうですね……」
澪は腕を組み、空を見上げた。長い睫毛を持った瞳が上を向く。
「壁を登るのは現実的でないとすると、やはり入り口からでしょうか。でもそこには鍵がかかっている。そうすると何かの手段でその鍵をこじ開けた、あるいは正攻法で開けたという事になりますね」
闘矢に笑いかけながら澪は語る。
「ですがこれに関してもどちらも現実的ではありません。私が入る時こじ開けられた形跡はありませんでしたし、かといって鍵はこれと後は職員室、それも教頭先生の机の横にしかありません。誰にも気付かれずに取り去ることは不可能でしょう。よって導き出される答えは1つ、正攻法に似た邪道な方法です」
澪は屋上のドアのオリジナルキーを見せた。そして右手の人差し指を立て、小刻みに左右に揺らす。
「スペアキーで開けた、でしょうね。恐らく形取りは卒業アルバムの撮影会の時。あなたが手伝いに来てくださったのは良く覚えてますよ。桐崎闘矢君?」
「何て言って良いのか分かりませんが、もう許してください。申し訳ありませんでした」
闘矢はすぐさま土下座した。完全に言い当てられている。更に名前まで把握されており、完全に逃げ場がない。色々と終わった。
「まぁそんなことはどうでも良いです。それよりお昼ご一緒して良いですか?」
-は、どういう意味ですか?
ツッコミが間に合わない、というか闘矢の返事を待つより早く、澪は闘矢の隣に座り込む。動揺した闘矢はただそれを黙って見ることしか出来なかった。
意外につがつがと入ってくる人だ。
「実は桐崎さんとお話したく、夏陽ちゃんに時間を頂いたんですよ」
「はぁ……ってえぇ!?」
思わず頷いた闘矢は直ぐに表情を曇らせる。
「あぁ申し遅れましたが、私生徒会長兼陸上部部長をしております天原澪と言います。重要ですから覚えてくださいね。テストに出ます」
「一体何の教科ですか。てかそれは知ってます」
「天原澪学です。ほう、私を知っていると。さては桐崎さん、最近私を追いまわしているストーカーさんですね。ダメですよ夏陽ちゃんというものがありながらそんなこと」
「してませんよ!てか会長ストーカーいるんですか!?」
だめだ、突っ込むべき事が多すぎて追いつけない。
「そりゃもう常に5人くらいわ」
「多すぎだろ!!」
ストーカーを詳しく知っているわけではないが、本人に完璧に把握されている時点で何かがおかしい。それに当の対象が笑いながら話すのはいかがなものか疑問に思う。
「あらあらこれも違いました。困りましたね」
「困るのはこっちですよ。主に対応に」
惚けた表情の澪の横で、闘矢はがっくりと肩を落とす。澪とは始めて会話をするが、ここまで自由な会話をする人を闘矢は他に一人しか知らない。
だがそれも身内であって、赤の他人からこうまで押されるのは初めてだった。