第十六話
冷静に状況を確認する。
登校したら夏陽との仲が学校中に知れ渡っていた。何を言っているか、闘矢にすら理解が出来なかった。
どうやら遊園地に行った時、その場に学校の生徒が何人かいたらしい。休日の地元の遊園地ともなれば当然といえば当然だ。その数人が闘矢と夏陽が連れ添って歩く場面を目撃した。そこから情報が爆発的に広がり、週明けの月曜日には学校で知らない者はいなくなっていた。
いくらなんでも騒ぎすぎだろうと思ったが、最早そんな言葉が通用しないほど事態は大きくなっていたのは紛れも無い事実だった。
2限終わりに闘矢のもとに新聞部が訊ねて来たかと思うと、放課後に独占取材のアポを取りに来たと言う。独占も何も他に誰がそんな情報流すんだ、とツッコミを入れ、取材を拒否して新聞部を追い払った。
「邪険にあしらうとは酷いですぅ。今の言葉、全部録音しましたからね!」と言って新聞部の部長は帰っていった。パパラッチの怖さを学んだ瞬間だった。
それから闘矢に話しかけてくる輩はめっきり減った反面、こうして廊下から眺められる事態に陥った。
「あんまり酷い対応するなよ。多分あの部長さんお前のこと散々に嫌な奴に書くぞ」
数少ない普段と同じ対応をする宗司は笑う。純粋にこの状況を楽しんでいる顔だ。
「勝手に書きやがれ。ったく、見物料取りたくなるな」
「まぁ我慢しろ。どうせ数日乗り切れば冷めるだろうって」
そうなると嬉しいが、とため息をつく。
が、闘矢は何を思ったのか突然机から転げ落ちる。アクションスター張りの動きだ。直後、頭部があった場所を硬球が通過する。硬球は窓際の柱にぶつかり、勢いよく跳ね返った。
「なんだぁ!?」
反射で回避した闘矢はすぐさま出所を探す。
それは直ぐに見つかる教室の後ろのドアに硬球を手に持った男が立っており、自分がやったとアピールするように硬球を手元で軽く投げていた。坊主頭であることから野球部か。
そう思うのもつかの間、闘矢は跳ねるようにその場から飛び退る。
直後、その場所をローキックが通過。体勢を立て直して立ち上がる闘矢に更に左から襲うものがあった。体を倒すようにして横から来る竹刀の突きを避ける。
間一髪避けた先、今度は屈強な男が右腕を広げて待ち構えていた。ラリアット、振り回された腕を屈んでやり過ごし、闘矢は床をゴロゴロと転がった。
そして今自分を襲った者を視認する。ローキックの蹴り方は格闘技と言うよりはサッカーに近かった。竹刀を持っている男は剣道部だろう。最後のラリアットは……プロレス部。
「なんなんだあんた等」
先ほどの野球部も含め、全員見たことがない。他学年生という事だ。
「お初にお目にかかるな、桐崎闘矢」
「我々は四之宮ファンクラブ、通称SFと言われる者達だ」
剣道部の声に応じてサッカー部が続く。
SF、やっぱり動き出したかと、意味不明の汗が背筋を伝う。
「今回の件、既に俺たちの耳に入っている」
とても高校生には思えない体格と濃い顔を持つプロレス部は、鼻を鳴らす。
「故に我々は、絶対拒絶と称される貴様に1つ提案をさせてもらう!」
まるで配役が決まっていたかのように野球部が教室に入ってくる。
芝居か!
という闘矢の心の突っ込みは当然現実に反映されるわけも無く、剣道部が闘矢に竹刀を向ける。
「我等SF四天王の攻撃。そのいずれかが貴様に触れた場合、貴様には確固たる処置を取って貰う」
確固たる処置、直接言わない理由は分からないが、何を言っているのか理解した。手を引け、と言う事だ。SF四天王は闘矢と夏陽が別れる事を望んでいる。
この際SF四天王には突っ込まないで-
「マジかよ!四天王が出てくるとは!」
「これには流石の絶対拒絶もまずいんじゃないか?」
「でもあいつ十人がかりでも触れないぜ?」
「馬鹿、四天王はインターハイ出てるんだぞ。いくらあいつでも無理だって」
意外にSF四天王はメジャーな言葉らしい。
「勝負は放課後、体育館で行う。詳しいルールはその時に伝えるが、何か要望があれば言ってみろ!」
剣道部が堂々とした風格で言う。言っていることはただの外道なのだが、その清々しい青年といった雰囲気が勝り、いかにも正論のように聞こえてしまう。
「え……要望とかは……特に」
「ならば我々の出す条件を全て飲むと言う事だな」
「いや、そういうわけじゃ」
「あい分かった!放課後までその首を洗って待っていると良い」
…………お願いですから話を聞いてください。
言いたい事を言って満足したのか、SF四天王は闘矢を一瞥して教室から去っていった。
しばらくの沈黙の後。
「おおぉぉ!!!SFの宣戦布告!!!」
「何この熱い展開!!」
「やべぇ今日の部活は全部中止だ!!」
「全員放課後体育館に集まれ!!」
「キャー夏陽ちゃんを巡る戦いが始まるわ!!」
熱狂的な歓声がその場を支配した。
闘矢が理解できたのはただ1つ、やばいということだけだった。
「おい宗―」
助け舟を期待した闘矢だったが、宗司の姿は先ほどまでの場所になかった。
「はいはい。今日の放課後行われるSF四天王VS桐崎闘矢の対戦カード。賭けはこちらで承ってますよ」
よく聞く声が、廊下に響いていた。
「宗司てめぇ!!!」
廊下には早速賭けの元締めになった宗司の姿があった。