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第十四話

 だが直ぐに理解した。


「俺が触りたいと思えば触れる。たぶんそういう事だと思う」


「じゃあまだ本当に私から触ることは出来ないの?」


 泣き止んだのか、その目にもう涙は溜まっていなかった。まだ鼻はすすっているが、もう治まったのだろう。


「恐らくは」


「そんなの悔しいです」


 闘矢の答えに夏陽は不機嫌そうな顔をする。口を尖らせ不満をアピールするが、それがそれすら可愛く見えてしまう。


「悔しい?」


「後ろからいきなり抱き付けないじゃないですか」


「……いや、それは普通に止めてくれ。ていうかそんなのがやりたかったのか?」


「……ダメですか?」


 夏陽は上目遣いで訴えてくる。


――あぁこれはやばい破壊力をもっているな。


 危険を感じた闘矢は一旦眼を逸らす。あのまま見続けていたら了承していたかもしれない。


「とにかく、だめだ。逆に奇襲的なものの方が俺は避けるかもしれない」


「そう……ですか」


 夏陽は再び顔を伏せるが、握っていた手に若干の力が感じられた。離したくない、そういう意思表示に見えた。


 こういうのは闘矢にとって初めての体験だった。闘矢の体質を聞いた人間は興味半分に闘矢に触ろうとする。本当に触れないのか確かめてくる。


 試しに闘矢が自ら触りにいっても、直ぐに自分から触ろうとする。純粋に闘矢と触れ合おうとする人間はいなかった。


 だからこそ、夏陽の行動は闘矢にとって新鮮だった。だからだろうか、闘矢の中に1つの感情が芽生えた。


「努力……するよ」


「えっ?」


「努力する。夏陽が俺に触れるように。夏陽だけは俺に触れるように努力する」


 逆に夏陽の左手を握り返す。


「いつになるか分からないけど、きっといつか。後ろから夏陽が抱き付いてくれる日が来るために。だから待っててくれ」


 闘矢は出来るだけ笑いかけた。


 初めて自分と触れ合えないがために涙を流した人に対して出来る最大の感謝。そう思った。


「……分かりました」


 夏陽は静かに頷いた。


 いつの間にかに観覧車は4分の3程を過ぎて、もう直ぐ終わりが見えていた。だがまだ午後は始まったばかり。これからまだまだ時間はある。


 このまま手を握っていれば、触れる触れないを気にしなくて済むかもしれない。かなり恥ずかしいが、心の中でそれが良いと納得した。


「もう1つ……聞いて良いですか?」


「何だ?」


 じっと見つめてくる夏陽の目は真剣だった。先ほどは可愛いと思ったが今の表情は美しいと感じられた。


 今更だが個室で2人きり、そして手を握っている。思えば凄い状況だ。正面から見るのは恥ずかしかったが、眼を逸らすわけにもいかなかった。観念するように夏陽を見る。


 疑問があるというなら聞こう。


「何で……私に告白したんですか?」


 闘矢は自分の体が一瞬、無意識に強張ったのを感じた。


 完全に油断をしていた。この状況で、と驚いたが思い直す。


 2人っきりのこの状況でなければ聞くことが出来ないし、聞いても不思議にならない雰囲気でもあった。


 これもいつか来ると思っていた質問だ。だがそれは長らく闘矢自身に問いかけてきたものであり、正しい答えなどない。


 まさか正直に罰ゲームで告白したと言えるわけがない。ならば嘘を突き通すか。好きだったからと言ってこの場をやり過ごす。


 それしか……ない。


「純粋に好きだったからじゃ……ダメか?」


「本当に……ですか?」


 夏陽は再び泣きそうな顔で掠れた声を出した。


「本当に……私の事が好きなんですか?」


 直後、闘矢は身が引き裂かれる思いに襲われる。心が酷く痛む。好きかどうか、そう問われて闘矢は答えを探した。ここで正直に言うべきか悩んだ。


 宗司には真剣に考えると言った。だが今答えを求められて、闘矢には答えられない。夏陽との関係は楽しいし、とても良いものだと思う。好きなんだとは思うという程度の好意は抱いている。


 だが、スタート地点は普通とは違う。それを隠し通して良いのか。告白した時は好きではなかった、だが今は好きだ。そう伝えるべきなのか。


「……」


 沈黙、その後闘矢は意を決して口を開いた。


 だがその瞬間、何故か言葉を飲み込み、言う。


「あぁ。好きだよ」


 出した声は嘘だった。理性は言えと言った。嘘をつくのを躊躇った。


 本能は言うなと訴えた。この関係が崩れる事を嫌った。


 そして最後の意志が力強く決断した。止めろ。


 それに支配され、闘矢は嘘を口にした。逆らえはしなかった。


 一層罪悪感が心を埋めた。


「……うれしい」


 返事を聞いた夏陽は屈託のない笑顔を見せる。


 そこで闘矢は気付かされた。実は夏陽は闘矢が自分の事を好きではないことを知っているのかと思った。だから好きなのかどうか確認したのかと思った。


 だが違う、確かに疑っていたのは事実だと思うが、正確には違う。夏陽はただ不安だったのだと思った。だから確認した、目の前の夏陽を見て闘矢はそう感じた。


 だからこそ、闘矢も問う必要がある。


「逆に聞きたいんだが、何で俺と付き合っても良いと思ったんだ?」


「好きだからじゃ……ダメですか?」


 即答だった。本来は何で好きになったんだというところまで聞きたいのだが、それを聞いてしまえばこっちも答える必要が出てくる。全く接点も無い2人が何故相思相愛になっているのか。


 闘矢には理由がある。公言できない、自身の中にある何かが言うのを躊躇った理由。


 では夏陽はどうなのか。他人からの接触を避けるというマイナスな特徴を持っている闘矢をどうして好きになったのか。


 告白されたからではない。過去に夏陽に告白した相手に闘矢よりかっこいい者などいくらでもいただろう。だがそれを断り、何故闘矢を受け入れたのか。


 その疑問は結局解消できなかった。

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