第十一話
午前中は絶叫系の嵐だった。別に特別苦手と言うわけではないが、流石に連続は堪えた。それでも夏陽が喜び楽しんでくれていることから、今日のデートは一先ず成功であると感じていた。
始めに絶叫系を制覇すると聞かされた時は「ちょっと落ち着こうか」と慌てたが、逆に積極的に乗りたいものを言ってもらえて良かったと解釈すべきだった。
だが午後は流石に抑えてもらい、メリーゴーランドや観覧車系の落ち着いたものにしてもらおう。そう思っていた闘矢の目の前にはさも恐ろしい光景が繰り広げられていた。
昼食の後、トイレに行くといってしばらく席を発った。
そして戻ろうとすると、夏陽がいるテーブルの傍に、2人組の男が立っていた。大学生風の2人は夏陽を左右から挟む形で話しかけている。
――おいおいどういう状況だこれ。
混乱したが、直ぐに理解した。恐らく夏陽はあの二人からナンパを受けている、というかそうとしか見えない。闘矢が一緒にいればいざ知らず、夏陽が1人になればこうなることは簡単に予想出来たはずだ。
それほどの容姿は十分備えている。それを見て精を出す輩がいてもなんら不思議ではない。
絡んでいる二人はどう見ても普通とは違った雰囲気を纏っている。俗に言うチャラけた男と言うものか、急にラップを歌い出しても違和感が無い。
事情を話せば分かってくれるタイプの人間であって欲しいというのは最早願望だ。二人に対応している夏陽は困った風に見える。彼氏と一緒に来ているのだ、それも当然か。
だが二人が引く様子は無い。ここは、行かなければならないだろう。
人として。いや、彼女を守る彼氏として。
だがその時、闘矢の体は動かなかった。
トイレの入り口をほんの少し出たところで立ち止まってしまった。
何故だ、と闘矢は思わない。やはりか、と心の中で呟く。自身が動かなくなったことは最早分かっていた。告白した時と似ている。
あの時は理性も本能も逃げようとした。そして別の何かに止められた。今回は違う、本能は止まれと言うが理性は行けと叫ぶ。
そして別の何かは静かに訴える。
《このままで良いのか?》
「良いわけ……無いだろ……」
闘矢は一歩踏み出した。それが合図になった。
渦巻いていた逃げの意識は消え去った。内にあるのは直ぐに駆けつけるという意志。男たちがいきり立った時には抗戦する意志がある。その時はその時だ。
自然と闘矢の歩みは走りへと変わった。
「すみません。俺の連れに何か用ですか?」
僅かに息を荒げながら夏陽の後ろに立ち、短髪とロンゲの2人に話しかける。
「闘矢君!」
「何だお前?」
嬉しそうな顔をする夏陽だが、突然現れた闘矢に早速短髪が睨む目線を向けてくる。
「その子の彼氏です」
自分でも驚くほど自然と口に出た。すると男は声を出して笑った。
「ちょ、何だお前冴えない面しやがって。君こんな奴と付き合ってるの?」
ロンゲの方が夏陽に訴える。
すると夏陽はそのロンゲをキッと睨んだ。
「何か可笑しいですか?」
「そりゃ可笑しいよ。明らかに不釣合いだ」
男は声を上げて笑う。
別に反論しようとは思わなかった。そう見えるのは仕方ないし、自覚もしている。だが、それでこの場を流すわけには行かない。
「何で俺の彼女に話しかけてるのか知りませんが、失礼して良いですか?」
男たちの態度に対して若干の苛立ちを感じてきた。夏陽の肩に手を乗せて立ち上がるように促す。
「行くぞ」
「う、うん」
夏陽は素早く立ち上がる。
「ちょっと待とうか彼氏さん」
去ろうとする行動を短髪が止める。立ち止まるか迷ったが、しつこく付き回されても面倒だと思った。止まって振り返る。
「何ですか?」
「ちょっとその態度。調子に乗ってるんじゃないの?」
よく分からない絡み方だと思った。
だが直ぐに、この2人も闘矢に苛立ちを感じているのだと理解した。理由は考えない。どうせ大したことではないと判断した。
「変ですね。友人間では謙虚な人間で通っているんですが」
苛立ちからだろうか、何故か饒舌になる。敬語を守っているのがまだ正気でいる証だ。
「そういう態度が気に入らないんだよ!」
短髪が突然殴りかかってきた。こんな公衆の面前で? こいつは常識も無いのか?そう思ったが、それどころではないとも思った。
立ち上がったばかりの夏陽に被害が及ばないよう、体を僅かに押して遠ざける。押された夏陽がこちらを見て驚愕の顔をする。
当然だ、男の拳はもう目の前まで来ていた。男の動きは荒いように見えて実は型にはまっていた。何かしらの武術をやっている風に見える。もはや回避するには遅いタイミングであり、闘矢の顔面を撃つのは目に見えていた。
そして男の拳が闘矢の顔面を――撃つことは無かった。
闘矢は勢いあまって前のめりになった男を間に、夏陽とは反対側にいた。そして軽く足を出して、勢いが付いた男を転ばせる。
「何……だと?」
ロンゲは目の前で起こったことが信じられないと言う顔をした。仕方が無いことだ、と闘矢自身も思う。あのタイミングで回避は普通出来ない。
出来ない事を、やってのけた。
「どうしますか?」
闘矢はロンゲを睨むように見る。出来るだけ好戦的な目をしようと心がけた。ロンゲは気圧されたように一歩後ずさるのを見て、勝敗が決したと確信した。
その時だ、闘矢は突如戦慄した。同時に何かが砕けるよう重々しい音が耳に響く。頭に何かが駆け巡る。反射的に身体を動かし、倒れた短髪に目を向ける。
短髪は地面に膝を突き、右手をアスファルトに添えていた。何らかの錯覚か、そのアスファルトは、男の拳を基点に僅かながら亀裂が入っているように見えなくも無い。
「おい!止めろ!!」
その短髪の姿を見てロンゲは焦った表情を見せる。すると短髪はハッとした表情を見せ、一度舌打ちをした後、ふらっと立ち上がり去っていってしまう。その後を追うように、ロンゲも逃げるように去っていった。
闘矢はその姿を見送った後、先ほど短髪がいた場所に目を向ける。先ほどの光景はなんだったのか、それを確認するためだ。
あの時、何かが闘矢の中の第3の意思に反応し、同時に何かが頭を過ぎった。あれは一体。
「闘矢君」
しかし、傍にいた夏陽に袖を引っ張られて行動を中断する。その夏陽は顔を赤面させ、なにやら恥ずかしそうな表情をしている。
「どうし――ってうわ!」
そこでようやく闘矢は自分たちの周りにかなりの人だかりが出来ていることに気づいた。先ほどの騒動を聞きつけ人が集まってきたのだ。
多くの注目を集め、聞き間違いと思いたいがカメラのシャッター音も聞こえる。
「と、とにかくここを離れるぞ!」
謎の正体を確認するよりもこの場を逃げる方が重要と判断し、闘矢は夏陽の手を取って急ぎ足にその場を立ち去った。