看板娘
朝思いついて書きました。食事前でしたが。
看板娘とはアイドルの原型である。
全ての客に愛想を振りまき一線を越えぬサービスをする少女であり、特に男性客にとっては共通の推しそのものであり、互いに不可侵条約を暗黙の裡に結ばれている対象である。
辺境と王都を結ぶ街道の途中に小さな村があった。
そこに食堂と宿を兼ねた『旅烏の止まり木』という人気スポットがあった。
そこに立派な馬車に乗った貴族の男が立ち寄った。
護衛と思われる男と2人の侍従を伴って食堂に入って来た男は酒と食事を注文した。
早速食事と酒を運んだのはここの看板娘のアーシャだ。
最高の笑顔で登場した彼女は貴族と3人の男に酒を注いでから引っ込んだ。
アーシャが特に容姿容貌が優れていたという話は聞かない。
ただ、無駄のないキビキビした動きはコルセットで締め付けた貴族令嬢の姿よりも輝いて見えたし、常に笑顔を崩さない表情筋は全ての美貌を越えるものを持っていたかもしれない。
「おい」
貴族の声に蝶のように飛んで来たアーシャに言った言葉は
「ここに座って酒を注げ」だった。
その時店の客たちの様子が変わった。
アーシャはあくまでも愛想良く輝く笑顔で言った。
「酌は最初の一杯だけがサービスですので」
貴族は驚いた。
平民がしかも村娘が貴族の言葉に逆らうとは予想もしなかったからだ。
そのとき店の中で動きがあった。
狩人のドブソンの座ってるテーブルに10才くらいの少年が来て彼から何かを受け取った。
小さな壺のようなものだ。
少年は元冒険者のランブルのところにその壺を見せてからアル中のおっさんのところに寄ってから、雑貨屋の自分の父親のところに戻った。
「金を払えば文句ないだろう」貴族が金貨を見せた。
アーシャはあくまでも笑顔を崩さない。
「村の女で良かったら酌婦を呼ぶこともできますが」
「お前に酌をすれと言ってるんだ」
貴族は声を荒げる。
けれどもアーシャは笑顔を崩さない。
「どうかお戯れはそこまでで」
「きさまっ」
貴族が娘の手を掴まえてぐいっと引き寄せると
「命が惜しくないのか」
「やめろ」
店のどこからか声が聞こえた。
そっちの方を見ると酒浸りの男がこっちに向かって指をさしている。
「あいつを斬れ」
貴族は護衛の男に命じた。
護衛は男の方に歩いて行った。
剣を抜いてあと数歩でたどり着くというときに背中に矢が刺さった。
「えっ?」
反対側にいた狩人のドブソンが矢を放ったのだ。
いつの間にか雑貨屋の親父が侍従の一人にフォークを突き刺していた。
元冒険者のランブルはもう一人の侍従ーー恐らく馭者をしていた男の首にナイフを投げていた。
アル中の男がヨタヨタと歩きながら倒れている護衛の背中を踏んづけて貴族の方に近づいて来る。
アーシャはとっくに厨房の方に避難している。
アル中のおっさんは酒を手にして貴族に差し出す。
「兄弟、俺の酒をのんでくれぇ」
「何を……」
自分の剣の柄に手を伸ばそうとしたとき、左右からも背後からも体を押さえられた。
二人の侍従は倒れている。
アル中の男は貴族の鼻をつまんで口を開けさせそこに酒を注ぎこむ。
ゴクンゴクンと貴族は酒を飲んでしまう。
酒にも狩人の矢にも雑貨屋のフォークにも元冒険者ランブルのナイフにも獲物を一時的に痺れさせる矢毒が仕込まれていた。
それから店の客たちは四人の体を彼らが乗って来た馬車に積み込み、雑貨屋の親父たちが馬車を操って村人たちと共に崖迄持って行く。
馬を離して馬車ごと崖の下の谷間に落とすと馬車は崖下に落ちて木っ端みじんに壊れた。
その周りには白骨化した貴族の服を着た死体がいくつも転がっていて、新参者の死体を迎えた。
村人たちは『旅烏の止まり木』に戻る。テーブルに座った彼らの前に酒瓶を持ったアーシャが最高の笑顔で現れる。
「みなさーん、今日は一杯ずつ店のおごりだよぉ」
客たちは一斉に歓声をあげた。
彼らの推し活はこれからも続く。
お粗末でした。




