神は怒っていなかった
俺は怪談収集家のアラン。
各地でその土地ならではの怪談を集めては王都の出版社に売り込んだり、イベントで語ったりしては、かろうじて生計を立てている。
正直言って本業だけじゃ食っていけないので、冒険者ギルドに登録している。
執筆時間も確保したいので、貴重な植物や鉱石の収集などの非戦闘任務を達成しては家計の足しにしている。
ただ、怪談というのは低俗な娯楽扱いなわりに同業者の競争が激しい。
それゆえに田舎よりもっと辺鄙な田舎に遠征しなくては、気まぐれな都市住民の気を引ける怪談は得られない。
だから俺は物珍しい観光地やめぼしいダンジョンがない、こんな辺境にまでやって来た。
俺はガラダ山脈を越えるために一ヶ月山道を歩き、ひなびた山村に辿り着いた。
「あれは?」
「よそ者だろ」
入り口付近でもう怪しまれた。
なかなかいい状況だ。
「冒険者か?」
「こんな田舎に物好きなことで」
村人たちは遠巻きに俺を見ながら小声で値踏みしている。
相当閉鎖的な村らしい。
だが、ここが怪談収集家の腕の見せ所だ。
「こんにちは。私は冒険者のアランと申します。宿屋はどこにありますか?」
「……」
何人もの村人に無視されたが、ようやく、嫌々ながらでも答えてくれる人に出会えた。
「宿屋なんか、こんな辺境にあるわけないだろ」
言い捨てると、その村人は立ち去っていった。
取り付く島もないが、仕方ない。野宿できる場所を探そう。
大人は年頃の少女を家の中に隠したりなど警戒心を露骨にするが、子どもたちは好奇心を抑えきれず俺を見ていた。
村のはずれで古い石造りの小屋を見つけた。ボロいが、一晩雨を凌ぐには十分だろう。
近くで二人の幼い女の子が歌いながら遊んでいる。
「ひとつ、ふたつ、みっつ」
「くさびをうっても」
「むこうがはずれて」
「むこうがなおれば」
「こっちがはずれて」
「みっつどうじになおせはせぬ」
「はあ」
「つぁの·ぶぶ·ゔぇむらしぇって」
「いぇあ」
「いぇあ」
不気味な双子が出てきたが、あまり嬉しくない。
定番だが陳腐すぎて興味が持てない。
しかし歌は、子どもが歌うには奇妙というレベルを通り越して気味が悪い。とくに後半の意味不明な言葉の羅列は不快感すら抱く。
少女たちを放って、俺は小屋の扉の前に立つ。
錆びた鍵がかけてあるだけのセキュリティなら俺でもなんとかなる。
「こらっ!」
「うわっ」
キレ顔の老人が走り寄ってきた。
「神様の祠に何やってんだ、よそ者!」
「神様? こんなボロ小屋が神様だって?」
「早く村から出て行け!」
キレた俺が蹴飛ばしたらボロ小屋の扉にひびが入った。
次の瞬間、
「あはははは」
「みつけた」
「こんどはあなたのばん」
笑う双子の少女は美しいが、真っ黒い瞳が不吉な印象だ。
「ひいぃ」
老人が叫び声をあげて逃げ出した。
双子の少女が俺を見ながらクスクス笑っている。
ちょっと収集がつかなくなったが、
「あーあ、きみ、やらかしたねー」
間延びした口調の、女にモテそうな中年男がやって来た。シャツとスラックスにブーツというシンプルな身なりだが、背が高いうえに体格がよい。
「きみは、死ぬよ」
あんまりな言葉に俺はしばし言葉を失った。
こんなの安売りされてる怪談本みたいじゃないか。
「七日後にな」
男の右腕は石のようにゴツゴツした質感で、あまり動かせないようだ。
「まさか」
俺が当事者になったのか。
「こうなりたくないなら、いくつか助言できることがあるけど」
「頼む、助けてくれ」
それから俺は彼の人脈で村長の家の書庫に入り浸り、死の呪いを解くための本を探し続けた。
村長が俺に聞こえる声量で愚痴をこぼしている。
「オズワルドさん、ああいうのは困るよ」
「まあまあ。呪いが解ければアランくんも村から出て行くさ。それまでの我慢だよ」
「それは、そうだけど」
不満そうな村人たちに構わず、俺は調査に集中した。
夜になると夢を見る。
山脈を越えるほど巨大な石棺。
石棺の蓋が少しずつ開いていく。
夢を見る度に開く幅が大きくなる。
そして朝起きると、
身体のどこかが石になっている。
自分の悲鳴で目覚めては、身体を確認して絶望に浸る。
「指先、手首、腕、僕と同じだね」
「そうか」
オズワルドさんの言う通りだった。俺たちの右腕は呪いに侵食されて岩のようにゴツゴツしている。
「僕はきみを助けたいよ」
「それなら教えてくれよ」
「きみにできるかどうか」
「なんでもやるよ!」
「なんでもなんて、簡単に言ってはいけないよ」
オズワルドさんは一冊の本を差し出した。
それはこの村の秘密とも言える歴史である。
読んでみてわかったことがある。
「クソがっ! こんなのってないよ!」
「……僕もあの時、そう思った」
「神の怒りを鎮めるために三年ごとに旅人を生贄にしていたなんて、クソすぎるクソだ!!」
「そうだね。でもね、これを読んでみて」
まだ続きがあるのかとうんざりするが、これも呪いを解くためだ。
「日照り、渇水、飢饉、疫病、戦争。墓をいくら作っても足りなかった」
「生贄を捧げなくなった時代に本当に災いが起きているんだな」
「つまり、村人は悪意だけでやっていたわけじゃない」
「俺は生贄にされるのか?」
「もう少しがんばってみよう。僕はある方法で生き延びることはできた」
「それは?」
希望をちらつかせたあと、
「恋人を身代わりに差し出したんだ」
崖から突き落とされたようなショックに心が動揺した。
「マジか、それ?」
「本当のことだよ。村でも初めてのこだから、僕は特別に村に置いてもらっている」
「……」
村人の誰かが俺の身代わりになるわけがない。
身代わりにするために知り合いを呼ぶなんてことはできない。
いや、自分が助かるために王都の友人を騙して呼び寄せることくらい、今の俺ならやりかねない。
しかし王都は遠い。手紙を出しても1ヶ月間はかかる。
他の町にもこれといった知り合いはいない。
だから、調査に熱が入った。
三日目には左の太腿が、四日目には腹が、五日目には首筋が石化して、村人たちに忌まれるようになった。
悪夢がひどくなっていき、石棺の蓋はあと少しで開きそうだ。
六日目に俺は結論を出した。
「石棺を閉じれば、呪いは消える」
「おい、祠に行く気か?」
村人にどう思われるかなんてどうでもいい。
俺派村はずれの祠に走って行った。
鍵をナイフで壊して扉をこじ開けると、祠の中に入り込んだ。
古びた石棺が安置されているが、夢で見た通り、蓋が半分以上開いている。
「おらあぁっ!!」
全力を込めて重い蓋を持ち上げ、汗をかきながらそれを元の位置に戻し、ついに蓋を完全に閉じてやった。
「やっだぞ! 俺は勝ったんだ!」
石化した右手がまるでヒーラーに癒されるかのように修復し、腹も足も完全に人間の肉体に戻った。
呪いも消える。
村人に生贄にされることもない。
俺は凱旋した気分で祠を出たが、
「クスクス」
「クスクス」
どす黒い瞳の双子の少女が俺を見上げて笑っている。
「あーあ、やっちゃったね」
「でも、アレが出てくるかどうか」
「クスクス」
「クスクス」
何を言ってるんだ、こいつら?
でも冷や汗が額と背中から流れ落ちた。
俺は何か間違えたのか?
*
燭台の明かりしかない書庫で、オズワルドは本の最後を読み上げた。
「三つの棺は互いを閉じる鎖である。一番目の楔が解かれたら三番目の石棺が開き、三番目の楔が直ったら二番目の石棺が開かれる。一番目もまた……。これは、罠だったんだな」
つまり石棺をひとつ閉じると別のもうひとつの石棺が開かれるのだ。
オズワルドは本を閉じると立ち上がり、家の外に出る。
村長や村人たちが外の様子に戸惑って騒いでいる。
*
俺は思わず「嘘だろぉ!」と叫んでいた。
一度閉じた石棺の蓋が開き、何者かが現れた。
巨大なモンスターか、それとも幽霊か。
しかし出て来たのは、決して恐ろしいものではない。
『ウァタクァ』
ただ眠そうな赤ん坊で、存在感だけでわからされた。
「か、神……!」
赤ん坊の神は俺の方を見ようとするが、視線が少しずれている。
『ドゥリクァウィルノカウエェ』
目が見えないんだ。
それなら、逃げることは可能だろう。
俺はなりふり構わず逃げ出した。
「クスクス」
「クスクス」
待ちかまえていた双子の少女が俺を嘲笑うが、どうでもいい。
早くここを出なければ、神が出てくる。
ここを閉ざしさえすればーー
鍵をかけようとするが、かからない。
なんでだ?
あ、俺が壊したからだ。
「あんた、祠を壊したのか!」
老人が何を言ってくるが、構ってられない。早く扉を閉めなければならないというのに、村の男たちが殴る蹴るの暴行を加えてくる。
「あんたは村の掟を破った」
「祠はただの封印じゃない」
「うちの村が楔を動かしたらよその村の石棺が開いて、災いが飛び出してくるんだよ」
「隣村にはオレの娘が嫁いだってのによぉ」
「なんてことしてくれたんだ」
なんとか受け身を取って急所を守るが、村人たちは益々加害を強める。
周囲に女、子ども、老人たちも集まってきてヒステリックな喚き声をあげている。
気絶しそうになると水をかけられて強制的に意識を取り戻させ、また殴る蹴る。
オズワルドさんに助けを求めるが、狂乱している村人たちが大声を出すので気づいていないようだ。
早く来てくれ。
『ウウアィ』
祠の中から聞こえてきた声に村人たちの動きがぴたりと止まった。
『ツァノ·ブブ·ヴェムラシェッテ』
舌足らずな赤ん坊の声を聞いた村人たちが一斉に平伏した。
「イェア」
「イェア」
「イェア!」
村人たちが神の言葉に反応して賛美の声を上げたのだと理解するまで、たっぷり十秒もかかった。
嫌だ、もう逃げたい。
俺は必死でもがいて立ち上がろうとするが、
「ぐあ!!」
神は語り合う手間すら惜しんで、俺の脳に直接思考を送り込んできた。
『ウウアィ』
「うるさい」
『ヴァべ·ワ·ナグ·メルダ』
「我はナグ·メルダ」
俺の口を借りてナグ·メルダ神が語り出した。
村人たちが期待に胸を膨らませて俺の向こう側に神を見た。
『ドゥリクァウィルノカウエェ』
「誰かいるのかえ?」
『ツァノ·ブブ·ヴェムラシェッテ』
「頼むから眠らせて」
『シェクァウィンドゥクカオロヴィータ』
「世界のどこかが滅びた」
『ウゥン·ソーレデ』
「ふーん、それで?」
遥か昔、外宇宙から侵入した赤ん坊の姿の神は、世界を終わらせる力を持つ。
『我はナグ·メルダ』
村人たちの先祖は、強大な力を持つナグ·メルダ神に期待した。
「どうか他の村より豊かな食べものを」
「お金を」
「安定した気候を」
「贅沢品の数々を」
「我々に与えてください」
知恵と理性の法理を捨てて、村人たちは改宗した。
「神様!」
『……』
「神様?」
村じゅうからかき集めた供物を捧げてもナグ·メルダ神は答えなかった。
恵みをもたらさない神に対して、村人たちはついに禁じ手を実行した。
何も知らない旅人を騙して生贄に捧げたのだ。
しかしナグ·メルダ神は村人たちの祈りを災いの一発で一蹴すると、惰眠を貪り続けた。
そう、本人はひたすら眠りたいだけなのだ。
先祖たちは「起こしてはいけない」という宗教を作るべきだったのだ。
祠で祭り上げるのではなく、神を起こさない子守唄みたいな装置と定義して、壊すと神が目を覚まし災いをもたらすと子どもたちに教えておけば、こんなことにならなかった。
「ああぁっ!」
まるで脳を吸い取られているようだ。
こいつは人間の手には負えない。
もう嫌だ! 壊れる! 交信をやめろ!
『眠れなくて機嫌が悪い』
な、なんてクソ野郎だ。
助けてくれ、オズワルドさん!
『静かにしろ』
ナグ·メルダ神は俺を放り捨てる都祠の中に帰っていった。
扉が閉まり、壊れた鍵が再生し、鍵をかけると重厚な金属音が辺りに響いた。
それは間違いなく拒絶の意思表示である。
村人たちはただただ祠の扉を凝視している。
にわかには信じられないのだろう。
何百年もかけて顕現を待ち続けた神が何もせず祠に帰っていったのだ。
俺?
俺は必死で痛む足を動かして、ひたすら村の出口目指して走った。
これ以上リンチを受けたら死ぬ。
村人たちが正気に戻るまでの少しの間に、できる限り距離を稼がなくては。
「クスクス」
「クスクス」
「また同じことしてる」
「何回目かな?」
「百回目のあとは数えてない」
残りわずかな体力では、双子の少女の嘲笑に反応するのも惜しい。
俺はほうほうの体で逃げ出し、山を下りた。
*
編集者が原稿用紙を投げつけてきた。
「こんなつまらない話、雑誌に載せられるわけないだろ!」
開口一番怒号を浴びせられたが、交渉は強気でやらなければならない。
「でも」
「病人の与太話なんて誰も読まねーよ!」
「ナグ·メルダ神は本当に実在して」
「それが狂ってるというんだ! もう帰ってくれ!」
「いや、村に行けばわかりますよ」
「もうあんたの本は出版しない。出禁にするから、二度と来るなよ!」
俺は男の編集者四人がかりで出版社から追い出された。
街の道路を行き交う人たちが目を伏せて通り過ぎて行く。
あれ以来、誰も俺の話を聞いてくれない。
命からがら逃げて、王都に帰ってきた俺を、誰もが避けるんだ。
出版業界や冒険者ギルドの知り合いも誰も会ってくれない。
関係ある場所すべてが出禁になり、最後の出版社もこうして出禁になった。
最後の望みが絶たれたからには浮浪者になるしかない。
「アランくん」
気がつくと石畳の道に馬車が一台止まっていた。
「気は済んだかい?」
「オズワルドさん」
どうやって逃げ出したのか、オズワルドさんは今王都に住んでいる。
同じ街に住んでいるせいか、よくばったりと出くわすのだ。
「また駄目だった」
「そうか。もうじき日が暮れる。さあ、家に帰ろう」
「病院は家じゃないよ」
「アランくん……」
オズワルドさんは俺の背中を押して馬車に乗せると、自身も中に入った。
彼が御者に指示を出すと馬車が走り出した。
「僕の後見人になってほしいんだ。ほら、入院手続きが大変でね」
「入院? そんなに具合が悪いのか?」
「ああ。だから事務員が手続きを渋ってね。今大変なんだ」
「それくらいお安いご用で」
「助かるよ」
「困った時にはお互い様っていうからな」
「……」
病院の人たちは驚くほど優しくて、付添人の俺にも食事と泊まる部屋を提供してくれた。
「ベッドに洗面台にトイレ、冒険者向けの宿屋以上の設備がある。まあ、お言葉に甘えて一晩泊まるか。おやすみ、オズワルドさん」
「おやすみなさい」
温かいベッドで雨風を気にすることなく眠る。
明日は王都の次に大きい都市に行って、出版社に営業をかけてみよう。
手当たり次第にやれば、きっと一社くらい俺の話を聞いてくれるはずだ。
*
オズワルドが廊下に佇んでいると、白衣の老人が近づいてきた。
「オズワルドさん」
「ああ、院長さん。いつもすみません」
「いえ」
オズワルドが詫びると、院長と呼ばれた老人は溜め息をついた。
「わかっているでしょうが、あの人はもう……」
「それでも人が死ぬよりマシだ」
「あれが死んでないと言うのですか」
院長はアランはすでに廃人だと言いたいのだ。
オズワルドはそれがわからない男ではない。
「支払いは続けますから、どうかアランくんを見守ってやってください」
「まあ、仕方ない。ここはある意味、人生の最後に行き着く場所ですから」
「すみませんね」
やりとりが済むと院長は帰宅した。
オズワルドは扉につけられた覗き口から、アランが眠っている様子を確認する。
(僕も昔同じ目にあった。だから助けた。だが「助かる」というのは肉体的な意味でしかない)
オズワルドは資料室でアランのカルテを読んだ。
(神を見た者は必ず壊れる。あまつさえ肉体に神を降ろしたのだ。アランくんは命は助かったものの、病院送りになった。院長の言う通り、それは幸せとは程遠いものだ)
オズワルドは病院に勤めて通常任務をこなす傍らでアランを守っている。
(やっぱり……。患者たちの共通点。全員、各地の祠や遺跡で発見された者たちだった)
オズワルドはカルテを閉じると資料室から出て施錠した。
鍵を事務室に返すと自身の寮に戻る。
(世界中で同じことが起きている? いや、それ以上は考えてはいけない)
頭を振ってその考えを脳から追い出した。
寮の部屋で寝る準備を整える。
「正直言って寝るのが怖いんだよね」
ただの独り言のはずだった。
「クスクス」
「クスクス」
オズワルドは眠ると、あの村を夢に見る。
そして決まって双子の少女の笑い声を聞く羽目になる。
しかし、彼は決して反応しない。
「見ないね」
「うん。見たら、ナグ·メルダ神に繋がってしまうからね」
「イェア」
「イェア」
見ない。聞かない。一切触れない。
あの村が再びナグ·メルダ神を呼び戻そうとしているのかも調べない。
調べたら、またあの村に行くことになるだろう。
それを下げるためには、アランを箱庭のような病院に閉じ込めるしかない。
そのために身を粉にして働かなくてはならないけれども、無力な人間でしかないオズワルドはそうするしかないのだ。
しかしオズワルドはそんな現実に不満はない。
「なぜならアランくんが来なければ、僕は村から逃げるチャンスがなかったからね」
実は何も解決してないうえに、何も終わってはいなかった。
おわり
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