迷宮の匂い
俺とスイは洞窟の奥へと歩いていた。
足音が静かに響く。
湿った空気。
岩の壁。
どこにでもありそうな洞窟だ。
……少なくとも、見た目は。
「主」
スイが壁をぺたぺた触りながら言った。
「この岩、なんかおいしそう」
「食うな」
「まだ食べてない」
「今にも食いそうな顔してる!」
スイは岩をじっと見つめる。
「どふふ」
「なんで笑ってる」
「なんかかわいい」
「岩だぞ」
スイはうっとりした顔で言った。
「たべちゃいたいよぉ」
俺は思わず顔をしかめた。
「お前それ、おじさんキャラだったら色々危ないぞ。かわいい子見て『食べちゃいたい』とか言うタイプのやつだ」
「え?」
「知らなくていい!」
スイは少し考えてから言った。
「主って、たまに変なこと言うよね」
「お前に言われたくない!」
俺は洞窟の奥を見た。
暗い通路が、ずっと先まで続いている。
……広い。
洞窟にしては妙に広い気がする。
「スイ」
「なに?」
「この洞窟、ちょっと変かもしれない」
「変?」
「通路が妙に整ってる」
俺は壁を軽く叩いた。
音が奥に響く。
「洞窟って普通もっとゴツゴツしてるもんなんだけどな」
「うん」
「でもここ、道みたいに続いてる」
スイはきょろきょろ見回した。
「迷路?」
「……それだ」
俺はうなずいた。
「迷路っぽい」
そして。
「迷宮みたいな形だ」
スイの目が少し大きくなる。
「迷宮ってダンジョン?」
「多分な」
「多分?」
「実物見るの初めてだからな」
俺は苦笑する。
「ゲームとか漫画では見たことあるけど、同じかどうかは分からない」
スイは楽しそうに笑った。
「でも主、なんかワクワクしてる」
「まあな」
もしここが本当に迷宮になる場所なら。
かなり面白いことになる。
そのときだった。
「主」
「なんだ」
「これ」
スイが壁を指差す。
そこには、青く光る石が埋まっていた。
俺は近づいて触る。
冷たい。
そして、わずかに魔力みたいな感覚がある。
「……これ」
「おいしい石?」
「食うな」
「まだ食べてない」
「まだって言うな」
俺は石をじっと見る。
「多分だけど」
「うん」
「魔鉱石だと思う」
「まこうせき?」
「魔力を含んだ鉱石だ。武器とか道具の材料になる」
つまり。
「金になる」
スイは少し黙った。
「主」
「なんだ」
「やっぱり最後それなんだ」
「商売人だからな!」
俺は洞窟を見回す。
もしこの洞窟が魔力の溜まり場だったら。
魔鉱石はここだけじゃない。
奥にもあるかもしれない。
それどころか。
迷宮として成長すれば。
資源も増える。
つまり。
「……当たりかもしれない」
「なにが?」
スイが首をかしげる。
「この場所だ」
「すごい洞窟?」
「まだ分からない」
「えー」
「でも可能性はある」
「なにの?」
俺は少し笑った。
「ダンジョンになる可能性だ」
スイの目がきらきらした。
「ダンジョン!」
「まだ確定じゃない!」
「でも楽しそう」
「まあな」
そのとき、スイが俺の腕をぺたっと触った。
「……冷たい」
「でしょ」
「なんだこれ」
「スイの能力」
「能力?」
スイは胸を張る。
「接触冷感」
俺はしばらく黙った。
「……」
「触ると冷たい」
「いや冷たいだけかい!」
「でも気持ちいいよ?」
スイは得意げだ。
俺はため息をつく。
「お前、冷えピタ的存在か?」
「え?」
「夏におでこに貼るやつ」
「スイ便利!」
「能力の方向が生活用品なんだよ!」
スイは少し考える。
「でも」
「なんだ」
「主、嬉しそう」
「まあな」
俺は洞窟の奥を見る。
この先に何があるのか。
どれだけ資源が眠っているのか。
どれだけ稼げるのか。
考えるだけで、胸が少し高鳴る。
「主」
「なんだ」
「でもさ」
スイは真顔で言った。
「そんな一回失敗した人の経営とか心配なんですけどぉ」
「いきなり信用ゼロか!」
「だって店潰れたんでしょ?」
「言い方!」
「主ほんとに大丈夫?」
「余計なお世話だ!」
スイは少し考えてから言った。
「でもまあ」
「なんだ」
「主だからなんとかするでしょ」
「理由が雑すぎる!」
スイは笑った。
俺は洞窟の奥を見る。
暗い通路が続いている。
この先に何があるのか。
まだ分からない。
でも。
この場所はきっと。
世界最強の迷宮になる。
そんな気がした。




