最初の仲間、スイ
岩陰で何かが動いた。
俺は思わず足を止める。
青い塊が、ゆっくりと揺れていた。
ゼリーのような体。小さな丸い目。
スライムだ。
ゲームでは定番のモンスターだが、実物を見るのは当然初めてだ。
スライムは逃げる様子もなく、ただこちらを見ている。
……様子をうかがっているのか。
俺はゆっくりしゃがみ込んだ。
神様の言葉を思い出す。
――モンスターに名前を与えれば契約が成立します。
つまり、このスライムに名前をつければいい。
理屈は簡単だ。
だが、異世界に来て最初の行動がモンスター契約って、冷静に考えると結構ハードル高くないか?
俺は小さく息を吐いた。
「……まあいい」
どうせここは異世界だ。
迷っていても始まらない。
「名前をつけるぞ」
スライムはぷるりと揺れた。
通じているのかは分からない。
だが、やるしかない。
青いスライム。
見た目そのままでいい。
「スイ」
次の瞬間だった。
スライムの体が強く光った。
洞窟の中が一瞬だけ白く染まる。
思わず目を細める。
光の中で、スライムの体がゆっくり形を変えていった。
丸い体が細く伸びる。
手足が生まれる。
そして――
光が消えた。
そこに立っていたのは、一人の少女だった。
胸のあたりまで伸びた青い髪。
洞窟に差し込む光を受けて、水面みたいにきらりと揺れている。
透き通った青い瞳が、まっすぐ俺を見ていた。
少女は自分の手を見て、ぱちぱちと瞬きをした。
「……あれ?」
それから俺を見る。
「主?」
どうやら契約は成功したらしい。
「スイ?」
俺がそう呼ぶと、少女の顔がぱっと明るくなった。
「スイ!」
次の瞬間。
スイは洞窟の中を見回した。
「わ、すごい……!」
腕をぶんぶん動かす。
「ちゃんと体ある!」
「まあ人になったからな」
「さっきまでぷるぷるだったのに!」
「それはスライムだからだ」
「うん、それ!」
スイは楽しそうに笑った。
そして、きょろきょろと周囲を見る。
「ここって主の場所?」
「いや、俺もさっき来たばっかりだ」
「え、そうなの?」
「そうだ」
スイは少し考えたあと、うなずいた。
「じゃあラッキーだね」
「何が」
「誰の場所でもないなら、主の場所にしちゃえばいいじゃん」
……。
俺は洞窟を見回す。
岩の壁。湿った空気。暗い通路。
確かに、言われてみればそうだ。
「まあ、そのつもりだ」
「やっぱり」
スイは嬉しそうに笑った。
そのときだった。
スイは足元の小石を拾った。
じっと見つめる。
そして。
ぱくっ。
「食うな!」
俺は思わず叫んだ。
スイはもぐもぐしている。
「……おいしい」
「石なんて食えるかて!」
「え?」
「それ石だぞ!」
「うん、石」
「理解してるなら食うな!」
スイは真顔でうなずいた。
「でもシャリシャリしてていい感じ」
「食レポするな!」
スイは石を差し出してきた。
「主も食べる?」
「食えるか! 人間をなんだと思ってるんだ!」
「えー」
「人間は石を食べない生き物なんだよ!」
スイは少し考える。
「じゃあ主って結構不利な体してるね」
「主様に向かってなんて評価してんだ!」
「だって石食べられないし」
「そこ基準なのかよ!」
スイは楽しそうに笑った。
……くそ。
天然すぎる。
だが、そのとき。
スイが洞窟の壁を見つめた。
「……あれ?」
「どうした」
「これ」
スイが指差した場所。
そこには、青く光る鉱石が埋まっていた。
俺は近づいて触れる。
冷たい。
だが、魔力のような感覚がある。
ただの石じゃない。
俺は洞窟の奥を見た。
暗い通路が続いている。
ここはただの洞窟じゃない。
モンスターが集まり、魔力が溜まり、資源が生まれる。
冒険者が来て、金が動く。
……つまり。
ここは。
俺の迷宮になる場所だ。
前世では店を立て直せなかった。
だが今度は違う。
今度こそ成功させる。
「スイ」
「なに?」
「迷宮を作る」
「めいきゅう?」
「ダンジョンだ」
スイの目がきらきら輝いた。
「ダンジョン!」
「これからすごくする」
スイは笑った。
「主おもしろい」
「それ褒めてるのか」
「うん」
少し考えてから、スイは言った。
「でもちょっとクズっぽい」
「最後に評価下げるな!」
こうして。
俺とスイの迷宮経営は始まった。




