赤字店主、神様に転生させられる
クラクションが聞こえたときには、もう遅かった。
振り向いた瞬間、視界いっぱいにトラックのフロントが迫っていた。ブレーキの悲鳴のような音と、周囲の叫び声が混ざる。
体が宙に浮く。
空と地面がひっくり返り、次の瞬間には視界が暗くなった。
――目を開ける。
そこは真っ白な空間だった。
床も壁も天井もない。ただどこまでも白い世界が広がっている。
「……ここ、どこだ」
声が妙に遠くまで響いた。
俺はしばらくその場に立ち尽くしたまま、さっきまでの記憶を思い出す。
店を閉めたあとだった。
帳簿を見ながら帰っていた。
俺の店は、小さな飲食店だった。駅から少し外れた場所にある、十席ほどの店。味には自信があったし、最初の頃はそれなりに客も入っていた。
だが商売は甘くない。
常連客が減り、近くに新しい店ができ、仕入れ値が上がり、光熱費も上がる。
帳簿の数字は、毎月少しずつ悪くなっていった。
何か一つ大きな失敗をしたわけじゃない。だが放っておけば確実に沈んでいく。
そんな数字を、俺は毎晩見続けていた。
そして。
トラック。
クラクション。
衝撃。
「……ああ」
俺は小さく息を吐いた。
「これ、死んだパターンだな」
「はい。とてもきれいに死にました」
背後から、妙にあっさりした声がした。
振り向く。
そこに立っていたのは、白いローブを着た少女だった。十代前半くらいの見た目だが、妙に落ち着いている。
少女は軽く手を振った。
「はじめまして。死後案内担当の神です。あなたの死亡確認と転生手続きを担当しています」
「担当ってなんだよ。神様ってもっとこう、威厳ある存在じゃないのか」
「そういうタイプもいますが、私は事務系の神ですね。転生処理とか、そういう仕事をしています」
「神様に部署があるのか」
「ありますよ。転生管理課です」
「急に役所みたいになったな」
神様は空中を指でなぞった。
すると白い空間に映像が浮かび上がる。
横断歩道。止まったトラック。人だかり。そして道路に倒れている男。
……俺だった。
「うわ、これ完全に俺じゃないか」
「事故直後の映像です。あなたはトラックにはねられて、その場で即死しました」
「言い方が軽いな。もう少し段階踏んで説明してくれないか」
「そうですか?」
「今のはだいぶサラッとした死亡報告だったぞ」
神様は少し考えてから言った。
「では改めて言います。大変お気の毒ですが、あなたは交通事故で亡くなりました」
「……今の方がまだマシだ」
「ありがとうございます」
「褒めてない」
俺は額を押さえた。
どうやら本当に死んだらしい。
神様は腕を組んで言った。
「さて、本題に入りましょう。あなたには未練があります」
「まあ、そりゃある」
店のことが頭に浮かぶ。
閉店後の静かな店。レジ横の電卓。帳簿に並ぶ赤い数字。
まだ終わっていなかった。
「経営ですね」
神様が言う。
「あなたは店を立て直したかった」
「……まあな」
「なので転生させます」
「決定が軽いな」
「代わりに能力を与えます」
「能力?」
「迷宮契約です」
神様は説明を続けた。
「モンスターと契約できる能力です。契約したモンスターはあなたの眷属となり、その魔力は迷宮を強化します」
俺は少し考えた。
モンスター。
迷宮。
資源。
冒険者。
……なるほど。
「つまりダンジョン経営ってことか」
神様は嬉しそうに頷いた。
「理解が早いですね」
「商売の匂いがする」
「そういう世界です」
俺は腕を組んだ。
「一応確認しておくが、その迷宮って儲かるのか」
「最初の質問がそれなんですね」
「重要だろ。商売として成立するかどうかで話が変わる」
「成立します。迷宮では魔鉱石などの資源が生まれます」
「なるほど」
「契約モンスターの魔力は、特に迷宮に強い影響を与えます」
「つまり仲間が増えるほど迷宮が強くなる」
「その通りです」
神様は続ける。
「契約方法は簡単です。モンスターに名前を与えてください」
「名前?」
「それが契約になります」
「ずいぶんシンプルだな」
「シンプルな方が使いやすいでしょう」
俺は少し考えてから聞いた。
「一応聞く」
「はい」
「初期資金はあるのか」
「ありません」
「本当にゼロか」
「ゼロです」
「それはかなり厳しいスタートだな」
「頑張ってください」
「軽いな」
神様は笑った。
「では転生です」
次の瞬間、視界が白く弾けた。
目を開ける。
冷たい石の感触が背中にあった。
湿った空気。岩の天井。洞窟の匂い。
「……ここが転生先か」
体を起こす。
洞窟はそれほど広くないが、奥は暗く続いている。
そのとき。
岩陰で何かが動いた。
俺は思わず足を止める。
青い塊が、ゆっくりこちらを見上げていた。
ゼリーのような体。小さな丸い目。
「……スライムか」
神様の言葉を思い出す。
モンスターに名前を与えることで契約。
つまり。
俺は小さく笑った。
「さて」
静かな洞窟の中で、自分の声が小さく響く。
「まずは、最初の仲間を作るところから始めるか」
こうして。
俺――カインの迷宮経営が始まった。




