ギルドの隣に勝手に建っていたカフェ
俺は、討伐ギルド「マルチ」のメンバーだ。
様々な依頼を受けては、各地にはびこるモンスターを討伐している。
俺はこの仕事に誇りを持っているから、できる限り続けていきたい。
モンスターの被害に困っている人たちの「ありがとう」の言葉がいきがいだからな。
他のメンバーたちも同じ気持ちだ。
命の危険があるけれど、誰かの生活を守れるなら、誰かの命を守れるなら、とこの世界に飛び込んだものたちばかりだ。
俺はそんな仲間達を誇りに思う。
ずっと、こいつらと一緒に活動していきたいもんだ。
とある国。
とある組織。
モンスターを崇める邪悪なその組織は、討伐ギルドの増殖に頭を悩ませていた。
人間は絶滅すべきもの。
欲にまみれて救いようがない生命。
だから、モンスターに命を与える事で、救われると考えていた。
彼らは、とある作戦を考え、それを実行しようとする。
ある日、俺達ギルドの隣に、ある日突然勝手に店ができていた。
可愛らしいパステルカラーの店で、お洒落な植物がかざってある。
窓にはカーテンがあって、しまっているから中は見えないけれど、内部からは絶えず笑い声が聞こえてきていた。
一夜で隣に建物が生えるなんてことがあるとは、思わなかったぜ。
けど、こういったのは何の相談もなしに立てていいもんじゃないだろ。
絶対に建てるなとは言わないが、責めて挨拶くらいするのが常識じゃないのか?
そう思った俺は、文句を言いに店に入った。
内部には、魔道具を使っているのか、ひんやりとした心地の良い空気に満ちている。
入った瞬間天井から何かの視線を感じたが、気のせいだろう。
ゆったりとした音楽が流れているのは、とても良いセンスをしていると思うが、今は癇に障るばかりだ。
苛々が募る俺の視界に、信じられないものが飛び込んできた。
すでにギルドのメンバー達がその建物にいたようだったからだ。
しかし、文句を言っているのかと思いきや、なぜか皆くつろいでいたのだ。
「コーヒージュース、美味しい」
「レタスサンド、美味しい」
「フルーツゼリー、美味しい」
なぜか皆むしゃむしゃ、と夢中でのみくいしている。
俺達ギルドは、荒れくれ者たちを、かきあつめたところだ。
日常茶飯事にうでだめしをして、喧嘩をしあう日もある。
なのに、みんなちまたで流行り出した「ゆるきゃら」と同じような顔をして、くつろいでやがる。
一体どうなっちまったんだ。
気圧されるように一歩その場から退くと、いつの間に誰かが移動させたのか、ゆっ
ったりとした椅子があった。
足をもつれさせて座ると、クッションがふわふわで、とても心地がいい。
最近いためた腰にも優しそうだ。
いいや。
何を考えている。
俺は一体どうしてしまったのだろう。
頭をふって、おかしな意識をふりはらう。
おそらく、この店の人間が、ギルドの皆にあやしい魔法でもかけたに違いない。
カフェだと判明したその店のマスターに俺はくってかかった。
しかし、この店のマスター。
「私はただ美味しい食べ物を提供しただけですよ」
強いのなんの。
見た目は優しそうな青年なのに、俺は手も足も出なかった。
俺は何もできずに、店の外に放り出されてしまった。
追い出された店の中、振り返ると。
閉じかけの扉の向うに、異形のシルエットが見えた気がした。
だが、すぐにそんなものはかき消えてしまう。
一体いまみたものは?
なんだったんだ。
町中にどうどうとモンスターがいるはずがない。
ただの目の錯覚だろう。
しかし、一体何なんだ、この店は。
何もかもが滅茶苦茶だ。
それから、俺たちギルドマルチは、活動が不可能な状況になってしまった。
毎日、ギルドのメンバーはカフェのマスターと親し気に話したり、悩み相談をしたり、軽食をむさぼるようになってしまった。
「聞いてくれよ、幼馴染の女の子がさー。俺より強くなっちまってー」
「そろそろ引退を考えるとしかしら、お嫁さんも悪くないと思うのよね」
「怪我の調子が悪くなってきたようだ。出来る限り活動するつもりだったが、もう限界のようだな」
一見の普通の光景に見えるが、俺にはおそろしい状況にしか見えない。
ついこの間まで、モンスターとの戦い方がどうとか、武器の手入れがどうとか言っていた連中が骨抜きにされているんだぞ。
軽食を優雅に口にしていたり、紅茶の香りをかいでうっとりとしていたり。
お前らそんなキャラじゃなかっただろ。
モンスターの血を頭からあびて、豪快に笑ったり、コロシアムで相手と死闘を繰り広げて健闘をたたえ合う。
そんなやつらだっただろ。
普通の光景?
ありふれた光景?
俺にとっては地獄にも等しい光景だね。
自分一人じゃ埒が明かない。
そう思った俺は、助っ人を連れてきた。
魔法を解除してくれる専門家と、ドラゴンでさえ倒すことができる。討伐者だ。
こいつらがいれば、きっとみんなの洗脳はとけるはずだ。
そう思って、カフェに乗り込んだのだが、結果は散々だった。
「わあーランチタイムだー。セットメニューがお得なんだねー」
「今日は、とっても美味しいAセットがあるでござるよ。皆一緒に食べるでござる」
くそ、やつらも洗脳されちまったじゃねーか。
カフェのマスターの手並みは鮮やかだった。
すごむ二人を見事にいなし、口をあけた瞬間に突っ込む、サンドイッチ。
ぼうっとし始めた二人に、かぐわしい香りのコーヒーを手渡し、やわらかく上質なクッションに誘導させ、くつろがせる。
そしたらもう洗脳完了だ。
今は店内BGMに耳を傾けながら、楽しく談笑してやがる。
うおおおおお!
俺は、俺は一体どうすればいいんだ!
地面に崩れ落ちて打ちひしがれている俺の肩に、カフェのマスターがポンと手を置いた。
「紅茶をお持ちいたしました」
そんなものはいらん。
と払いのけるはずが、なぜか俺は差し出された紅茶のカップを手にしていた。
これを飲めば俺も楽になれるんじゃないか。
こんなおかしな状況で一人で頑張るのは耐えられない。
そう思って、カップの水面を見つめると、思考がぼうっとしてくる。
なんだか楽しい気持ちになってきたな、と思っていたら、気が付くと熱い紅茶をのみほしていた。
喉を通り流れていく熱い液体は、血の様な匂いがかすかにする。
あれはそう、ミニドラゴンを討伐した後、精魂尽き果てて倒れ、死を覚悟した時の事だ。
生き延びるために朦朧とした意識で、ドラゴンに食らいついたんだったか。
けれど、そんな過去は頭の中から、すぐに消えていく。
ああ、頭がすっきりした気分だ。
今まで馬鹿みたいな事で悩んでいたなあ。
もう討伐ギルドなんてどうでもいいや。
俺達はみんなで笑いながら平和に生きていこう。
どこかの国の片隅にひっそりとできたカフェ。
荒れくれ者達の隣にいつの間にか寄り添っている店は、彼らの心の中に気が付かない内に入り込む。
カフェの中からは時折、モンスターの唸り声のような音楽が聞こえる。
その店が提供した食べ物を口にしたら、そこまで。
誰も、カフェの中からは生きて出てこられない。