第8話 魔法の呪文って……ナンパなんだ
正直、魔法の修行と言えば、なんか精神的なものが多いのかなぁ、って思ってた。
座禅を組んだりとか。
滝行をしたりとか。
すごくファンシーでファンタジーで、ファンタスティックなことがあるのかなー、って。
そういえば、リーたんがそんな修行をしてるところ、見たことない気がする。
「……はあ……はあ……っ!」
「……なんで避けるの?」
「いや、普通避けるでしょ!?」
なんで私、リーたんに水魔法を向けられてるんだろう。
しかも、木が折れるぐらいの威力あるんですが……?
わたし、リーたんに何かした!?
いや、結構色々してますね、はい。ごめんなさい。
「こういうのって、体で覚えるのが早いでしょ」
「いや、それにしても威力高すぎない!?」
「……そう?」
「死んじゃうから! 人間の体って、木よりも柔らかいからね……?」
「でも、死ぬぐらいの方が覚えられるから」
なにその脳筋理論!?
「いや、確実に死ぬ程度はやりすぎだって!」
「……それもそうか」
よくよく考えれば、リーたんって、他人に何かを教えること、ほとんどないよね!?
本とかで聞きかじった(読みかじった?)知識だけで教えようとしてない!?
っていうか、本に変な影響を受けてやってない!?
「ねえ、魔法の教科書とかないの?」
「ミース、本読める?」
「……ぐっ」
文字を見るだけで眠くなります、はい。
それに、この世界の本って基本的に手書きだし、筆記体だし、すんごく読みづらいのよねぇ。
現代の印刷技術、バンザイ。
「じゃあ、威力を弱めて――っと」
「えっと、お花に水をあげるぐらいの威力でお願いね?」
「んー。がんばる」
「がんばらないと威力を弱められないんだ―」
それにしても今日のリーたん、テンション高くない?
「でも、これはちゃんとした練習」
「どういうこと?」
「水と仲良くならないと」
うわ、リーたんの口からすんごいかわいい言葉が出た!
なになにそのすんごく子供っぽいセリフぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!
「え、もう一回言って! 録音させて録音! 私の鼓膜に振動を焼き付けるから!」
「……ふざけてると教えないけど」
「…………はい、ごめんなさい」
これもかわいすぎるリーたんが悪い。
「そもそも、ミースは魔法についてどこまで知ってる?」
「うーん。なんか呪文を唱えると使えるって感じ」
スキルで使えると便利なんだけどなぁ。
この世界、ステータスは見れるらしいんだけど、特殊な設備が必要みたい。
一番近くても王都だって、冒険者ギルドの人が言ってた。
「じゃあ、呪文って何だと思う?」
「魔法を使うための、決まった言葉じゃないの?」
「それはちょっと違う。呪文がなくても魔法を使える人はいるから」
「そうなの!?」
「うん」
意外な事実かも。
でも、呪文があった方が雰囲気があるわよねぇ。
人前で唱えるのを考えるとムズムズするけど。
「じゃあ、なんでみんな呪文を唱えてるの?」
「そっちの方が精霊が拗ねないから」
「え、精霊って拗ねるの?」
「うん。だから、いっぱい褒める。精霊に好かれていない人でも、機嫌を取れるように研究されたのが呪文」
「褒める……機嫌を取る……」
魔法使いって、すんごい雰囲気を出しながら呪文を唱えていて、かっこいいと思ってたんだけど……。
あれって、精霊へのおべっかだったんだ……。
ナンパだったんだ……。
「私、褒めるのは自信があるんだけど、すぐに魔法を使えるようにならない? 試してもいい?」
「ミースは精霊を感じ取れていないから」
「ダメなの?」
「全く違う方向を向きながら褒めていたら、逆に不機嫌になる」
そっかー。
たしかに、目が全く合ってないのに褒めちぎっている人がいたら『なんだこいつ、適当言いやがって』って私でも思っちゃうかも。
いやー。
魔法って意外とかわいいな?
「精霊って一体なんなの?」
「んー。自然の源みたいなもの」
「自然のものなら、みんな精霊がいるの? ナスとかキュウリとかにも」
「理論上はいる……らしい」
へー。
八百万の神とか、そういうのに近いのかな?
神社はこの世界で見たことないけど。
「でも、詳しくはわからない」
「え、リーたんでもわからないの?」
「色々と研究されてる。だけど、見えないし、感じるしかないから」
だから研究も進まないってことかな。
私には全然できなそうな話だ。研究者のみなさん、お疲れ様です。
でも、あれ?
「精霊って、妖精とも違うの?」
「だいぶ違う。人型じゃないし、口とか耳もないし、そもそも形がない」
「へー。想像しにくいなぁ」
「ミースも妖精は見たことあるでしょ?」
「そうね。毎年やってくる13月で姿を見せるし」
13月。
アンファンスにだけに存在する、摩訶不思議な暦。
普段は姿を見せない妖精と遊べる、幻想的な13日間。
毎年毎年、本当に不思議なのよねぇ。
「妖精って、精霊と人間のハーフって説があるから」
「え、そうなの!?」
「あくまで仮説だけど。人間の言葉を理解するのも、人なつっこいのも、小さい人型なのも、それで説明がつくから」
確かに、ちょっと説得力あるかも。
でも、妖精と人間ってどうやって子供を作るの……?
ダメダメ! 考えちゃダメなやつだこれっ!!
「わかった?」
精霊についてってことかな。
「うーん、なんとなく」
「じゃあ、精霊を感じとる練習」
「ちょっと! 杖をいきなり向けないでっ!」
なんでむくれてるの!?
「魔法を浴びるのが手っ取り早い」
「どういうこと?」
「魔法で作った水には、目立ちたがりな精霊が入ってる。だから、感じ取る練習にはちょうどいい」
だから、いきなり水魔法を放ってきてたんだ……。
ようやく理解できたわ。
リーたんって、いつも言葉が足りないのよねぇ。
でも、謎解きみたいで楽しいのよ!
「ねえ、でもあんなに強い魔法にする必要あるの?」
「強ければ強いほど、精霊がいっぱい入ってる」
「うーん、水の勢いを強めるんじゃなくて、水を温かくするとかで精霊を増やせない?」
「……なるほど」
リーたん、ちょっと悩んでる。
眉間のシワをもみほぐしてあげたいけど、イタズラすると怒られそう。
「……できる」
よし、善は急げってね!
ちゃっちゃか桶を持ってこよう。
ちょっと小さいけど、両足がギリギリ入るやつ。
お、リーたんが早速杖を構えた。
いつ見ても堂に入ってるなぁ。
【《〈 水は命を生み出す揺りかご 不浄を清め 洗い流し あまねく世界をめぐる 果てしない抱擁 〉》】
うん。カッコいい言葉を連ねているけど、すんごい水のことを褒めてる。
子供をあやす親みたいで、ちょっとおもしろいかも。
【《〈 水瓶 〉》】
おー。すごい。
一瞬で桶の中が水でいっぱいになった!
それにこの水、めちゃくちゃキレイなんだけど!
透明なだけじゃなくて、キラキラ光ってる!
湯気が立っているから、お湯だけど。
「すごい! 一発で成功させるなんて! さすがリーたん、天才っ!」
「……さっさと試して」
「はいはい」
リーたんの頬、ほんのり赤くなってる。
魔法について褒められると、純粋に嬉しそうにするんだよなぁ。
この桶の中に足を突っ込んで――っと。
あ~~~~。
足湯としていい温度。
精霊じゃなくて温泉成分がいっぱい入ってそうな気がするー。
「…………ん?」
変な感じがする。
冷たさとか水の感触とは違う、変な感触がある。
「どう?」
「……うん。何かを感じる。水が私の皮膚で遊んでる感じがする」
「その調子」
なるほど。
これが精霊を感じるってことなのかな。
なんだか水の動きに意思があるみたいに感じる。
私が足を動かすと、楽しそうに動き回ってる?
でも、形がわからない。
すっごい薄いスライムみたいな感じかな?
……って、あれ?
なんか私の中に入り込んできた?
これが精霊なのかな?
《くすくす くすくす》
すごくかわいい笑い声。
どこにいるのかな。
ちょっと探してみよう。