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第7話:暗殺の夜、水底の別れ

「――おい……何か来るぞ!」


ナレと名乗った異邦の男の声が耳に届いたときには、

ルスカトリ・カスティナは敵を視認していた。


「アマヤ!中へ!」


アマヤはすぐに理解し、リュミナの中へ逃れた。

リュミナ――神衛士の騎獣として知られる水馬。

ルスカが神衛士になってから、ずっと共にある相棒だ。


光剣を起動し、武装と光源を確保する。

同時に、目前にまで迫っていた牙をむく獣に斬りつける。


パンッ!と破裂音が響き渡った。

漆黒の獣はなんと、空中で向きを変えて剣をかわし、別の水馬へと向かった。


――空気を蹴った!?暗虎か!


仕事は必ずやり遂げると名高い暗殺集団が使っていると聞く。

水馬と同じ霊獣の一角に数えられる特別な騎獣だ。

黒い毛並みの大きな虎の姿らしい。


――乗っていたものはどこへ――ッ!


気配――!

「シッ!」


鋭い呼気とともに背後を薙ぐ。

手応えはない。

光剣はほとんどのものを一瞬で蒸発させる。

それゆえ、そもそも手応えは希薄なのだが、いまの一撃は空気を斬ったのみだ。


誰もいない――わけではないッ!

ルスカの神速の一撃を、空中で姿勢を変えて避けたのだ。


敵が手元から何かを放つ。

ほぼ同時に、ルスカが首をひねる。


細い糸のようなものが光剣の光にキラリと光り、ルスカの頬が裂ける。


敵が腕を微かに動かし、投擲した刃物の動きを変える。

強靭なテグスがルスカの首に巻きつき、次の瞬間には光の刀身がテグスを切断。


ここまで、敵は自由落下で空中に留まったままだ。


黒い姿が鞍の後部に着地し――

まばたきの間もなく、すでに目の前にいる。


――殺られた!


瞬間、鞍が一気にリュミナの体内に沈み、敵はルスカの頭上を通り過ぎた。


鞍の下から何本も伸び上がったリュミナの昆虫のような脚が、左右から敵を襲う。


リュミナの体が震えた。敵が脚を両断したのだ。


――無理をするな!


叫びたかったが、喉が震えても、ただ泡が漏れるだけだ。


リュミナが敵を体内に取り込もうとしている。窒息死を狙っているのだろう。

リュミナの首が真後ろに倒れて、歯を剥き出して敵を睨む。


ルスカは敵の両手に識心の凝集を感じた。

次の瞬間、リュミナの体が――それを構成する水が沸騰した!


「ごぉぼ――!」


口から灼熱の塊が一気に入ってくる。

ルスカは鞍に乗ったまま、湖に落下した。


全身を焼く熱湯は数瞬で散った。だが、そのダメージは深刻だ。

体がショックから立ち直るのに数秒では足りない。


「アマヤ!」


水面に顔を出して叫んでも、そこにあるのは豪雨が湖面を打つ音だけ。

ルスカはこの数瞬で、大切なものを2つ失った。


◆◆◆


アマヤは水馬の中に入るのが好きだ。

ヒンヤリして気持ちがいいし、受け入れてもらえれば空気も送ってくれる。


水馬の中で、アマヤはアマヤ・テンパに戻る。

アウラニス・アウレサでもなくルマでもなく、自分の本名に。


ルスカの愛馬であることもあって、リュミナにはよくお世話になった。

リュミナは、そんなアマヤをいつまでも体の中に居させてくれた。


――とてもとても心地よい、ひんやりとした揺籠。


だが今、水馬リュミナの体内は灼熱の地獄と化していた。

蒸発した水が泡となり、アマヤの体にまとわりついて昇っていく。


熱を感じた瞬間、アマヤは喉の奥で呪文を唱えた。

実際には喉が鳴っただけだ。だが、それで術は発動する。


頭の中心の一点に熱が生じ、そこから網目状に識心が伸びる。

識心は無数に枝分かれし、全身の皮膚へと辿り着く。

これはほぼ一瞬で起こり、アマヤの皮膚は焼けた次の瞬間から回復を始めている。


「――ッごぼぁ!」


痛みで思わず熱湯を飲んでしまった。

皮膚が焼ける鋭い痛みが喉にもやってくる。


――バカ。


歯を食いしばって耐える。


と、急激な落下感がやってきた。

体の周囲が一気に冷たくなる。


――湖に落ちたんだ。


それが意味するところはひとつ――水馬の死だ。


涙が込み上げてくる。

大好きな水馬が死ねば、大好きな衛士が悲しむ。


でも、いまは水面に上がろう。

そしてルスカと合流するんだ。


そのとき、何者かがアマヤの髪を掴んだ。

ぐいぐいと引き、どこかへ連れていこうとする。


アマヤはすぐに体を変えた。

耳の後ろにピンクのエラが生え、手足の指に水かきができる。


髪を掴まれていることなど構わず、体をうねるように使って潜った。

敵が抵抗して、頭皮がちぎれそうだが、無視する。


相手が普通の人間なら、泳ぎでアマヤにかなうわけがない。


――手を離さないと、溺れちゃうよ!


なにか大きなものが、アマヤのすぐ横を沈んでいく。

リュミナの鞍――本体だ。鞍の裏から生えた脚が、力を失って揺れている。


――さようなら、リュミナ。


アマヤの胸に悲しみが満ちた瞬間、髪を伝って熱が流れ込んできた。

否――それは鋭い識心の一撃だ。


不意をつかれ、抵抗する間もなく衝撃を受ける。


意識が遠のいていく――


何かが、ぐったりしたアマヤの腰を抱き、水上を目指している。

細い手だ。寄り添う影はアマヤよりも小柄。


気を失う直前、アマヤは見た。

目を見開いて必死に水をかいているのは、自分と同じかもっと年下の少女だった。

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