第51話:黒龍を斬れ!
黒い龍に見えた。
だが、それは捩れた体と不安定な輪郭が、たまたま形作った姿に過ぎなかった。
――あれは、闇。いや、物質か?
識心の黒い暴風がその身を包んでいる。
奴の闇だけは、最後まで払えずに残っていた。
俺は仲間たちに一瞥を送り、言った。
「行こう。でも、無理はするな」
「お前のおかげで、体が自由になった。任せてくれ」
光の衛士ルスカが光剣を起動する。
「見た目に惑わされるな。中心は見えている」
ギルド長キーマンの魔眼が、ヴォルトの核を正確に捉える。
「あなたの盾になる」
暗殺少女バユが、識心を全身に輝かせて前に出た。
「わたしから始まったものは、わたしが終わらせます」
水の巫女アマヤの後頭部には、水滴型の光が強く輝いていた。
ユリカは、瓦礫の上に横たわったまま動かない。
ナティラが、その傍らで様子を見ている。
『ショロトル――頼んだぞ』
俺は心波で、水の神殿に語りかけた。
返事はなかったが、届いたと信じるしかない。
俺には積み上げた技術も経験もない。
ただ、神の加護だけが頼りだ。
「情けない話だよな」
でも――
「乗りかかった船だ」
俺は黒龍――ヴォルトに向かって駆け出した。
黒龍は口から黒いブレスを吐き出した。
闇の識心。触れれば識心を止められ、生命力を削られる。
だが、俺は眉間に力を集めて識心を放ち、光の奔流で闇を切り払った。
闇の識心は凶悪な呪いだが、払ってしまえばそれまでだ。
俺が他の異形を滅ぼしたことで、風の神殿の衛士たちが来てくれた。
空中から矢を射て、風の魔術を浴びせている。
水の神殿から一緒に旅をしてきた衛士や巨人たちもいる。
いま心都にいる神殿側の全ての力が、ここに集結していた。
黒龍の右腕が振るわれた。
爪が瞬間的に何十倍にも伸び、襲いかかってくる。
アマヤの血の盾がそれを受け止める。
識心を含んだ血が黒爪を包み、相殺した。
だが次の爪がすぐに襲ってくる。全身から、次々と爪が現れる。
ルスカの光剣が爪を断ち、キーマンの魔眼が砕く。
バユはしなやかな動きで懐に入り、識心を込めた一撃を叩き込んだ。
続いて、黒龍の体から尻尾が生えて、横薙ぎに襲ってきた。
同時に地面から黒い棘が突き出し、俺たちの動きを封じる。
アマヤが棘に貫かれ、それを庇ったルスカは吹き飛ばされた。
ルスカの腕から離れた光剣が、瓦礫の向こうに消えていく。
俺はすぐにふたりの元へ駆けつけ、棘ごと闇を払いのけた。
「――強い」と、ルスカが言った。
「我々の攻撃では、核に届くのは難しい」
「どうすればいいの?」
アマヤの問いに、ルスカはまっすぐな視線を返した。
「最後に残った者が、届けばいい。そこまでの道を切り拓くだけだ」
ルスカは立ち上がり、腰の短剣を抜いた。
アマヤが俺を見る。
「ナレ、お願いね」
どおん、と音がした。
黒龍の腹から生えた第三の脚が瓦礫を吹き飛ばし、バユが間一髪で回避する。
「お前ら、いい加減にしろ」と俺は言った。
いまにも駆け出そうとしていた二人が振り返る。
「なんだと?」と、ルスカ。
「誰かが犠牲になればうまくいく?そんな甘えた話で、悲劇がなくなるわけねえだろ!」
胸の奥に溜まったものが、怒鳴り声となって噴き出した。
「ナティラ、こっちだ!」
瓦礫の陰で様子をうかがっていた黄色いツナギが、駆け出してくる。
手には光剣を握っていた。
「それ、使えるよな?」
ナティラはうなずいた。
光剣を渡そうとするナティラを、ルスカが咎める。
「どうする気だ。それで、なにができる?」
ナティラは真剣な表情で、俺たち全員の顔を見渡した。
「この旅で分かったの。物質と識心って、同じものなんじゃないかって。
まだうまく言えないけど、もう区別する必要はないと思う」
「……お前は何を言っているんだ」
ルスカは納得できない様子だ。アマヤもポカンとしている。
「そういうことだ」と、俺は言った。
「あとは、できるだけ識心を集める。俺が受け止める――ショロトル!」
『それでいいんだよな……なに、ふざけんな!』
俺はアマヤを見た。
「アマヤ、君から言ってくれ。君の加護だけは残すって言ってる」
『ショロトル……』
アマヤの心波は静かだが、気迫があった。――やっぱり、巫女だ。
『いい加減にして。嫌いになるよ』
ショロトルは答えない。
狂った神が出した答えは、俺には伝わらなかった。
『ショロトル……!』
アマヤの心波の途中で、俺の中に識心が流れ込んできた。
ショロトルが、アマヤに与えていた加護を俺に渡したのだ。
「……受け取った。任せろ」
俺は光剣の柄のスイッチをスライドさせた。
いつもルスカが振っていたのと同じ、光の刃が現れる。
――ここからだ。
俺は、識心を少しずつ光剣に流し込んでいった。
ショロトルの加護。アマヤの識心。ユリカ、クヴァ――
皆から託された魂を、一本の刃に集めた。
光剣が物質としての形を失っていく。
俺の手の中に、水と炎と光が束ねられた。
そして、最後に託された魂も使わせてもらう。
「加速」
一瞬で、俺は黒龍の眼前にいた。
識心の剣で、そのぶっとい胴を思い切り薙ぎ払う。
闇が切り裂かれ、吹き飛び、ヴォルトの上半身が露わになる。
俺は瞬刻の迷いもなく、突き込んだ。
だが、剣が届く前に、上から降ってきた闇が俺を押し潰した。
闇が包み、棘となって身体を貫いてくる。
識心で相殺するが、次々と降り注ぐ。
肉が裂け、骨が砕け、内臓が潰れる。
激痛に脳が焼かれ、自分自身が失われていく。
――なめるなよ。俺の背負っているものを。
俺はあるかどうかもわからない腕を振るった。
識心の剣が閃き、闇の塊が砕け散った。
俺は地面に転がり落ちた。すぐ横に気配がある。
バユが、俺の前に立っていた。
「オレが払う。ナレは殺れ」
闇がまた降ってくる。もはや龍の形はなく、滝のように流れ落ちる。
「コオオ……コッ!」
バユが呼気とともに、両手のひらで闇を跳ね返した。
「加速!」
俺はヴォルトの眼前に出現した。
識心の剣がその頭部を貫き、消し去った。
そのまま下へ。体全体を断ち切る。
識心が軋み、断末魔の悲鳴が世界に響いた。
黒龍は崩れ落ち、二つの肉と骨の残骸が残った。
「……バユ!」
俺は少女の姿を探した。
瓦礫の中で立ち上がる姿があった。
空を指している。
「月が割れた」
夜明けの空の高いところに浮かぶ白い月。
それが、真っ二つに割れていた。
「……こりゃ大変だ」
「ほんと、大変だね」
バユの声も笑っていた。
ふと体が軽くなる。重力の変化――
宇宙船が下降を始めた。
「よかった。宇宙まで連れてかれたらどうしようかと思ったよ」
バユはあいまいに頷いた。
そのとき、後ろで瓦礫を踏む足音が聞こえた。
アマヤが、倒れた衛士のもとに駆け寄っている。
その必死な姿に、胸がざわついた。
――嫌な予感がする。
アマヤの後頭部が急激に光りはじめた。
いまなら、俺にも分かる。
あれは自分の識心を外に出して高めているのだ。
体の限界を超えた、強大な識心を練るための方法だ。
だが、いまのアマヤにはショロトルの加護がない。
あんなに大きな識心を練って大丈夫なのか?
俺の不安は的中した――
アマヤの背中が裂けた。
「加速!」
だが、間に合わなかった。
俺の目の前で、アマヤは――
人間ではない何かへと、変貌を遂げていた。




