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第47話:崩落の危機、少女を救う手

心都全体が、東側へと傾いていた。

建物や道路が、地面ごとゆっくりと滑り落ちていく光景は、もはや現実のものとは思えなかった。


バユは、街の中心部だけが動いていないのを確認すると、すぐにそちらを目指した。

だが運悪く、建物の崩落に巻き込まれ、思うように進めない。


「ゼェ、ゼェ……ッ」


ヴォルトとの死闘を終えた直後の全力疾走。

鍛え上げた身体も、限界を超えつつあった。


――走れ。まだ、死ねない。


必死に跳び、走る。

振り返ると、遥か下方の地面に瓦礫が次々と落ちていくのが見えた。


山で聞いた地滑りの音すら小川のせせらぎに思えるほどの轟音が続いていた。

もうもうと立ち込める土埃が呼吸は阻む。

肺が灼け、口は渇ききり、手足には感覚がなかった。


もう、地面をどれだけ蹴っても前に進まない。


……ここまでか。


正面から迫ってくる、横倒しの巨大な女神像を見て、バユは腹を括った。


そのとき――

女神像の上に、ひとりの男が立っていた。


信じられないことに、その男は崩落していく方向へと、まっすぐ跳んだ。

そして、バユの腰を掴むと、そのまま下方へ駆け降りた。


「おい、落ちるぞ!」


思わず男の首にしがみつきながら、叫ぶ。


「大丈夫!」


男は右へ大きく曲がり、落下の縁をすれすれに駆けた。


「いやあっ!」


バユは叫びながらも、男の首にしっかりと抱きついた。


その脚は、なおも跳び続ける。

落ちていく瓦礫を避けながら、滑るように地面を登っていく。


「つかまってろ!」


男の体に、莫大な気が満ちていくのを、バユは感じた。

強く、大きく、そして――温かい。


――すごい……こんなの、初めて。


バユの心拍が跳ね上がる。

平時を保つ訓練を積んできた身体が、それを制御できない。


――母様に、綺麗な服を着せてもらったときみたいだ。


その気は、安心とともに、なぜか懐かしさを含んでいた。

バユは目を閉じ、自分の気を男の気に同調させた。


「ありがとう、助かるよ」


男が言った。

気を扱える者ならではの察知力――バユの共鳴に気づいたのだ。


「もう大丈夫だよ」


男は、バユをそっと地面に降ろした。

まるで壊れ物でも扱うように、丁寧に。


そこは、朝市が開かれていた広場だった。


「……お前に助けられるのは、二度目だな」


言葉にしてみたら、声が震えていた。


――恥ずかしい。


顔に血がのぼるのを感じながら、バユは俯いた。


「そうだね」


男は何でもないように言った。


「……オレはバユ。影手の村の者だ。……お前は?」


「景山ナレ。ナレでいいよ。水の神殿の関係者だ」


――ナレ。


バユの中で、その名が静かに、けれど深く刻み込まれた。


「バユは、ヴォルトと戦ってたね。まだ、やるかい?」


「やる」


当然の返答だった。


ナレの視線の先で、闇が空へ届かんばかりに吹き上がっていた。

まばゆい光条が閃き、闇を裂いて空へ突き抜けている。


「……よし、行こう」


ナレが駆け出す。

バユはその背を追い、仇討ちの戦場へと走った。

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