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第45話:原初を呼ぶ声――心都浮上

頭上に降ってきた黒い塊――大木のような棘の腕を、バユは横跳びでかわした。

距離を取る。あれは、自在に形を変えて襲いかかってくる。


身体の傷は、その性質を見誤った証だ。

あの闇は、食い込み、気脈を断つ。

影手が扱う「気断ち」の技に似ているが、桁が違う。


バユとクガツが戦えているのは、対処の術を知っているからだ。

だが、気を操れない暗虎イタチは、闇に絡まれ、地面を這っている。

治療法はある。村に戻れればの話だ。数ヶ月はかかる。


瓦礫を吹き飛ばし、黒腕が横薙ぎに襲いかかる。

バユは跳躍し、気を込めたクナイを投げる。

突き刺さった瞬間、黒腕がびくりと痙攣し、止まった。


すかさずテグスを引き、刃を抜き取る。バユは走る。

目指すは、あの男のもと――

あれが本体だ。


信じがたいが、あの黒腕は男の片腕が変化したもの。

灰色の衣の男は、腕だけ別の生き物のようにうねらせる。

だが、意志で操られている。

揺さぶり、誘い、刺す――そういう動きだ。


気を打ち込めば効く。それは分かっている。


「ぐあっ!」


クガツが吹き飛ばされた。黒腕の一撃を読みきれなかった。


その体を、さらに追撃が襲う――


バユの援護のクナイで黒腕の軌道が変わり、クガツは間一髪で避けた。


――このままじゃ、負ける。


黒腕の変幻自在の動き。再生速度。いずれ押し切られる。

しかも、空中の炎の巫女と霊獣は、バユたちに構うことなく炎を撒き散らす。


――決死の一手がいる。


バユは息を整える。

命は二の次だ。父や仲間、影手の村の仇を討つ。

その先にしか、バユの生はない。


そのときだ、異常な気の奔流が体を叩き、バユは反射的に気を張った。

直後、頭上を真紅の火線が突進する。


それは――巨大な槍だった。


黒腕の男は、反応することも出来ずに貫かれた。

槍はそのまま突き抜け、瓦礫を爆発的に噴き飛ばした。


ほとんど同時に、火が降った。


霊獣に跨った炎の巫女が、突然放ったのだ。

火球は、槍を受けたばかりの男に弾丸のような勢いで着弾した。


男の体は、真っ二つになった上に、爆発的な炎で焼かれて地に落ちた。

黒腕も、どうと音を立て、燃えながら断末魔の大蛇のようにのたうった。


炎が、地面に染みついていた闇の気配まで焼き尽くす。


「終わっ……たのか……?」


熱風と礫を身を低くして避けながら、バユは呟いた。


無意識に槍の軌跡を辿る。そこには青い巨人がいた。

堂々たる体躯。あの体が、大砲のような槍を発したのだ。


――オレには無理な芸当だ。


豪槍による魔術をまとった一撃も、空中から火球を叩き込むことも、バユにはできない。

あれは神に選ばれたものの力だ。


バユは自分の強みを正確に理解している。

だから、比較して落ち込むことはない。

しかし、命をかけた仇討ちを一撃で横取りされたのは悔しかった。


「……命拾いしたな」


クガツがやってきて、言った。

足を引きずっている。


夜が開けようとしていた。


「バユ!」


水の巫女が、名を呼んで駆け寄ってくる。

隣を走る白い女は、見覚えがあった――たしか、遺跡探索者ギルドの長だ。


青から白へと変わる空を、黒い影がすべるように横切っていく。


……オレはいま、何を見た?


男の黒腕とそっくりな闇が、街のあちこちから飛び上がってくる。

まるで風に煽られた布のように舞い、吸い寄せられるように一方向へ向かっていた。


不気味な唸り声が、低く、長く、耳の奥を震わせる。


唸りはすぐに、空気を殴りつけるような轟音へと変わった。

思わず身をすくめたとき、背後から声が飛んだ。


「バユ!」


クガツの声に、振り返る。


視線の先、闇の中心で――

黒く焼け焦げ、真っ二つにされたはずの男の上半身が、ゆっくりと浮き上がっていた。


男は、二階建てよりも高い場所から、ぼんやりと辺りを見下ろしている。

その顔に、焦点が戻ってくる。

ゆっくりと目が動き、青い巨人と炎の巫女に視線を向けた。


男の体が震えた。

ぞくりとした。恐れに見えたが、違うと気づいた。


――悦びだ。


男は笑った。


闇が、男の周囲で渦巻いた。

それは、もはやただの腕ではなかった。

全身を模したような、黒く巨大な人形。


闇の塊が次々と男の身体にぶつかり、溶けて取り込まれていく。

そのたびに、体の輪郭が肥大していく。


「離れるぞ!」


クガツが怒鳴る。バユはうなずき、宙へ跳んだ。


その瞬間、地面が爆ぜた。

瓦礫の隙間から、真っ黒な棘が何本も突き出してくる。

一瞬でも遅れていれば、串刺しだった。


振り向いたとき、クガツが下腹を貫かれて倒れていた。

暗虎トカゲは頭を突かれ、動かない。


「クガツ!」


そのとき、闇が爆ぜるように噴き上がった。

巨大な花のように広がったそれは、炎の巫女ユリカと、青の巨人クヴァを丸ごと飲み込んだ。


黒が世界を覆い尽くし――


強烈な気の波動が押し寄せた。


『原初の大神よ、御前に参ります。どうか御心のままに、我が身に宿りたまえ』


はっきりと、そう聞こえた。

音ではない。流れ込んできた。


『ミオールよ――ショロトル、ヴァラム、グルーヴァの認可を得た。浮上しろ』


その言葉が、意識の奥に直接、焼き付けられる。


ショロトルは水の神。ヴァラムは火の神。グルーヴァは大地の神――

いずれも神殿に属する存在であり、バユにも馴染みがあった。


だが――ミオール。

それだけは、聞いたことがなかった。


地面が揺れた。

小さな鳴動はすぐに立っていられないほどの地震に変わった。


四つん這いになり、揺れに耐える。

しかし、地面そのものが滑っていく。


どこへ――?


バユは見た。

心都全体が浮き上がろうとしていた。

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