第32話:暗殺少女の復讐と巫女の決別
暗殺少女が男と戦っている。
彼女がなぜアマヤを助けてくれるのか、なぜここにいるのか。
疑問はいくつもある。しかし、いまアマヤがすべきことはひとつだ。
「オク……シ……ト……」
声が出ない。
咳き込み、口元をおさえた手に血がついた。
でも、そんなことは問題じゃない。
早く回復しなければ、オクシトが死んでしまう!
立ち上がり、倒れて動かない巫衛士の元へ駆けよる。
ひどい出血だ。針もようなものが突き刺さっている。
――いったん回復、そのあと抜いて、傷を塞いで……
治癒のことしか考えていなかった。
だから、いきなりタックルされるまで、気配に気づかなかった。
アマヤはあっという間に床に押し倒され、口に布を突っ込まれた。
手を力いっぱいねじ上げられて、くぐもった悲鳴をあげる。
灰色の服の男たちが、アマヤの上にのしかかっていた。
暴れる足が押さえつけられる。
(やめて!オクシトが死んでしまう!)
粗野な腕がアマヤの喉をつかみ、その痛みで心の叫びまで圧殺した。
◆◆◆
バユは流星垂をゆっくりと回しながら、悟られない程度に重心を移動している。
水の巫女が気を引いてくれたおかげで不意を打てたのは大きい。
しかし、ロクヤほどの強者を相手にすれば一分の隙も許されない。
――勝負は一合。
片手を失い、半身で構えるロクヤは一見無手に見える。
しかしバユには分かっている。体を陰にして愛用の短刀を逆手に構えている。
高周波刃――影手の遺跡から発掘された全てを断つ刀。
影手の頂点に達した使い手が、防ぐことのできない武器を振るってくる。
バユの武器も遺物を用いた特別な流星垂だが、殺傷力では叶わない。
だが、それでも負ける気はしない。なぜなら――
――オレは女だから。
気も、技も、知識も、心も、もはや大差ない。
最小の力、最短の動きで敵を殺すことのみを磨き続けた達人同士。
この地点まで登った者同士の戦いでは、
最後にものをいうのは、フィジカルだ。
――軽さ。
――柔らかさ。
――どこにも無理を生まない、合理の極み。
それは女の体にしか備わっていない。
だからこその「影」の称号。影手最強はバユだ。
バユは、ぬるりと流星垂を走らせた。
自らの放った武器に引っ張られるように、あまりにも自然に距離を詰める。
ロクヤは、まるで迫り来る流星垂に動かされるように、かすか動きでかわす。
いつの間にか眼前にある高周波刃が、テグスを切断しようとする。
だが、バユの気が通ったテグスは簡単には切れず、一瞬だけ粘る。
その一瞬で、バユは流星垂を操作し、流星の先端が背後からロクヤを襲う。
ロクヤは流星を捨ておいて、バユに向かってまっすぐに刃を突き出す。
バユは首だけでかわし、炎の気を打ち込むべく下から金的を狙う。
刃は最初から下向きに振るわれていたかのように、すでにバユの左手を迎え打っている。
その刃をバユは肩と肘の柔軟性だけで、ロクヤの眼球めがけて跳ね上げる。
ロクヤは首を傾けて、目突きと背後からの流星を同時にかわし、その頬が裂ける。
バユはその手で流星をつかみ、首に襲いきた必殺の刃を、遺物の特殊な金属でできた流星で受け――
否、バユの手はそのまま高周波刃に着いていった。
刃の軌道のままに腕が運ばれ、さらには体全体が回転する。
そのままの勢いで、バユは姿勢を低くしてロクヤの足を払った。
ロクヤは仰向けの状態で宙に浮いた。
床に落下するのと、彼の顔面をバユの足刀が踏みつけるのが同時だった。
ボッと音がして、ロクヤの頭蓋骨の穴という穴から炎が噴き出た。
だがそれも一瞬、炎は煙に変わり、ロクヤの足がどたりと落ちた。
「…………。」
バユはロクヤの腰から鞘を取り、高周波刃を納めて腰に巻いた。
ロクヤは無事な方の手を懐に入れていた。
探ると、父親の梟の仮面をしっかりと掴んでいる。
バユは無表情で指を剥がし、仮面を取った。
「……あの人に何を求めていた?」
問いに答える声はない。
斜めがけにしている薄い背嚢に仮面を収める。
そのとき、破裂音が聞こえた。
あの白い巫女が、真っ赤に染まって立ち尽くしていた。
◆◆◆
「魔影使いを早く!」
アマヤの頬を思い切り床に押し付けている男が叫んだ。
手加減などあろうはずはなく、頬骨がミシミシと音を立てている。
禁忌の術の犠牲者を見たのかも知れない。
アマヤの目に映るオクシトの像が涙でボヤけていく。
――ごめんなさい、ショロトル様。
「うわ、なんだこいつ!」
「口を押さえろ。魔術が使えなければ、ただの小娘だ!」
アマヤの体が変わる。
見た目はほんの少し、手足の水かきと耳の後ろのエラ。
だが内部では、呼吸のシステムと関節の柔軟性が劇的に変化している。
エラが震えた。
金冠の瞳が光り、後頭部に光輪が現れる。
「ちくしょう、なんかしてるぞ!」
「やめさせ――」
次の瞬間、アマヤの体を押さえていた二人の男が破裂した。
真っ赤な肉と白い骨、それから中に詰まっていたものが床に落ちた。
血まみれのアマヤが立ち上がる。
「ひいいっ、化け物!」
残された二人は後ずさりすることしかできない。
アマヤは識心を二人に向けた。
「……クッ!?」
アマヤはまた、動けなくなった。識心も止まった。
何者かの影が、自分の影に触れているのが見える。
その影の先に女が立っていた。
「ロクアさんが刺客を押さえている内に、巫女を運ぶよ」と女は言い、吹き飛んだ。
暗殺少女が女の首を刎ねたのだ。
「一緒に来るか!?」と、少女は言った。
アマヤは答えず、オクシトに駆け寄った。
「生きてる!」
残った識心を振り絞り、回復術をかける。
アマヤの後頭部に、水滴型の光が現れて輝く。
「……やめろ……」と、オクシトが言った。
「今では……ない……俺を……置いていけ」
「だめ!」
叫んだ直後――
バシュッという音がして、アマヤが吹き飛んだ。
「どう……して……?」
バユの足元で、ようやくそれだけ口にした。
細い腕が背中に回された。複数の足音が聞こえてくる。
森の中で触れた少女の体を再び感じながら、アマヤは朦朧とした意識でオクシトを見た。
彼は穏やかな笑顔で、遠ざかるアマヤを見ていた。
「地上へ出るぞ」と、暗殺少女が言った。




