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第3話:神の加護は回復だけ!?無茶振りじゃん!

賊の剣が俺の胴体を斜めにぶった斬った。


外から見れば、おそらく一瞬の出来事だろう。

だが俺の中では、全てがゆっくりと訪れた。


骨の砕ける音、冷たい金属が入ってくる感触――そして激痛。

圧縮された時間の中で、俺の体がぶっ壊されていく。


切断面から熱いものがあふれるのが分かる。

血だけではない。俺の命を支える大切な臓器までも。


――何もかもが流れ出てしまう!


だが、俺は何もできない。

自分がどうなったか見ることも、触ることもできない。


世界が急速に閉じていく。

世界が消える。

世界の終わりがやってくる。


視界も聴覚も嗅覚も味覚も触覚も真っ白になって、俺はゆっくりと消えて――


ああ、もう何もない。何も感じない。

いつ終わる? いつ消える?


――いや。どこかで、何かが始まっている。


戻ってくる――

高速カメラで撮影した植物の芽が立ち上がるように。


存在としての俺の中に流れ込むもの。

それは、宇宙であり世界であり星々であり――神の力だ。


俺は目を開いた。

賊の顔が目の前にある。


なんだ、俺と同じくらいの背じゃないか。

それに、意外に若い。


賊の剣の柄を両手で掴む。

びくりと俺を見上げた目に驚きが宿っている。


両手を引きながら、そいつの頭頂部に思い切り頭突きを叩き込む。


ガツンッ!


――痛ってえ!こいつ兜かぶってるじゃねえか!


俺はなんて馬鹿なんだ。見れば分かるだろうに。

頭の芯が痺れるようなショックにクラクラする。


賊がグッとかギュッとかうめいて、片膝をついた。

見れば兜の頭頂部がへこんでいる。


――火事場の馬鹿力が出たのか?


俺はパニック状態のまま賊の体を引き剥がした。


俺の体――


妙な違和感がある。

体の中に何かがある。


待てよ。俺はどうなった?

こいつの剣が、左肩から右腰に抜けて――


剣が腰に深々と刺さっている。

驚愕の光景だった。


俺の腹に剣が刺さってるんだぞ!


これはどうすればいいんだ。

抜くべきなのか?


否、そんなことしたら痛いだろうが!


途方に暮れて辺りを見まわす。


アウラニスが両手を前に突き出している。

その後頭部が光を放っている。


賊どもは倒れていたり、水に包まれて苦しんでいる。


――どうする?どうすれば……!?


スー……と、意識が遠くる。

視界が真っ暗になり、膝がかくんと抜ける。


――ああ、これ。朝礼で見たことがある。


何度か、女の子が倒れたのを見た。

貧血ってやつだ。


硬い尖ったものが頬に当たる。


石だこれ。倒れたんだ。

星が綺麗だなあ……ああ、また俺、呑気なこと考えてるよ。


――と、冷たいものが体を包んだ。


冷たい――でも、温かい。

水が口から入ってくる。

苦し――くない。


<――受け入れろ>


――誰だお前は?


アウラニスがこちらを見ている。

輝く金縁の瞳。頭の後ろの輝きがいや増している。


意識が戻ってくる。

闇の中から立ち上がってくる。


俺が体を起こすと、体のまわりから水が流れ去った。

俺を見つめる神秘的な目に、微かに安堵の色が滲んだ。


だが次の瞬間、別の賊がドレス姿に斬りかかっていた。

アウラニスは俺に集中していたせいで無防備だ。


間一髪、水の塊が賊の顔に飛んでいき、彼女が体をかわす時間ができる。


それでも、剣先は美少女の細い肩を裂いた。

アラウニスはしかし、悲鳴を上げず、足を踏ん張って賊を睨みつける。


そのとき――


湖の中から何かが飛び出してきた。

水をまとった弾丸のようなそれは地を蹴り、剣を抜いて賊に突進する。


それは一人の騎士だった。

流線型の繊細な鎧に身を包んだ青年が賊を切り倒す。


「巫女アウラニス!」


騎士が叫んだ。


「オクシト!」


美少女も応える。


水の繭が崩れて、賊たちは体勢を立て直しつつあった。

そこへ単身、騎士オクシトが突っ込んでいく。


「お前は……なんなんだ!?」

不審に満ちた掠れた声。

俺が頭突きした賊が立ち上がろうとしている。


顔の半分は鼻血で真っ赤。

その目は俺の腰に根元まで刺さった剣を見ている。


俺は夢うつつで、いまだに目の前の出来事を幻のように感じていた。

あの嵐のような激痛と破壊の経験の後なのに――いや、だからこそか。


賊が石を蹴り上げた。

俺は反射的に目を伏せ、顔の前に手を上げた。


賊はその隙に間合いを詰めて、俺の腰の剣を掴み、引き抜いた。


「があああっ!」


焼けるような痛みに悲鳴を上げる。


「死ねっ!」


賊が、返す刀で首を薙ぎにくる。


俺は恐ろしくて後ろに飛び下がった。


――飛んだ……!?


景色が瞬間的に流れ、一気に距離が開く。


「ちぃっ!」


剣が空を切る。

意外なほど、ゆうに5メートルは跳躍した俺は、バランスを崩して尻餅をついた。


「ひゃあああ!」


そのまま四つん這いで逃げる。

その背中に、賊が剣を突き刺した。


痛みよりも先に、金属の異物感がやってくる。

さっきは斜めだったが、今度はまっすぐ。背中から腹へ。


直後にやってくる焼けるような激痛。

俺は白目を剥いて突っ伏した。


「……もう治ってやがる」


剣を引き抜いた賊が、俺を爪先でひっくり返して言った。


「お前がなんなのか知らないし、依頼もないが――ッ!」


俺の目の前で賊の上半身が吹き飛んだ。

大量の水が降ってくる。


――しょっぱい?海の匂いだ。


だが、そんなことを気にしている暇はなかった。

上半身を失って倒れた賊の向こうに、巨大な影が佇んていたのだ。


人間?――否、でかい!


そいつは、たしかに人型をしていた。

ただ、とんでもなくでかい。

頭が大きく、胴が短く、手足が長い。縮尺が歪んでいる。


身長はどのくらいあるだろうか。

天井の低い部屋なら、首を曲げないと立てないだろう。


月光が照らす肌が青黒く濡れ光る。

のっぺりと長い顔と、ものすごく離れた目は、まるで魚みたいだ――


「うわ……っ!」


――よく見ると服を着てる!


まるで人間のような、シャツとズボン。

ボロボロのそれが体に張り付いている。


人間に見えないものが人間のフリをしている。

それが、一番不気味かもしれない。


俺は立とうとして、立てないことに気がついた。

腰が抜けている、というやつだろう。


さっき、賊の上半身を吹き飛ばしたのはこいつだ。

俺にも同じことをするのか――分からない。


でも、逃げた方がいい……逃げなくては!


ズル……ペタリ、ズル……ペタリ。


そいつが近づいてくる。

しかし、思った以上に動きが鈍い。


――これなら助かるかもしれない。


いきなり悲鳴が聞こえてきた。

賊どもが巨人に襲われている。


巨人は湖からミサイルのように飛び出してくる。


湖面が、ぐうっと盛り上がる。

水が沖に向かって逆流していく。


そして、水の膜を破って幾本もの塔が出現した。

黒い硬質な何かで出来ている、明らかな人工物。

それらが、20メートルほど沖に見上げるほどの高さに聳え立つ。


塔のあちこちに光点があった。

その光には見覚えがある――湖の水底に見えた光だ。


――あれは、この建物の光だったのか!


でも、あのとき光は生き物のように蠢いていた。

ならば、これは建物ではないのか?


これらの思考は一瞬で頭の中を通り過ぎていった。

そして俺は、2匹の巨人に追い詰められている美少女を目の端に捉えた。


オクシトと呼ばれた騎士がアウラニスを背中に庇って剣を振るっている。

しかし彼の剣では巨人を怯ませることしかできない。 


アウラニスは半身を自分の血で真っ赤に染めている。

ドレスはもう白い部分の方が少ない。

まだ立っているが、その姿はまるで幽霊のように儚く見える。


夜を割く黒い塔を背にした、神秘の瞳が俺を見た。

瞳の奥に恐怖があった――ひとりの女の子としての。


――俺には神の加護があるらしい。


途中で聞こえたあの声も関係あるんだろう。

だが、回復能力だけでどうしろというんだ?

俺が駆けつけたところで、今度はあのぶっとい腕にぶん殴られるだけだ。


死なない、回復する。

そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。


でも――あの激痛は絶対に味わうことになる。

体を破壊される、あの絶望も。


「ちくしょう……」


弱々しい声だが、これでもなんとか絞り出した。

立ち上がれない。


――もう痛いの嫌なんだ。


美少女が小さくうなずいた。

しりごみする俺を許すような眼差しだった。


そのとき――


一条の光が空間を貫いた。

音もなく唐突に、辺りを一瞬、純白に照らし出す。


異様な叫びが響き渡る。

巨人どもが喉の奥から、聞くものを狂気に誘うような叫び声を上げている。


塔が破壊されていた。

十本近くあった塔のうち3本が崩れて、湖に瓦礫が落ちていく。


俺の目の前に、また別の人物が降り立った。

さっきの騎士とよく似た優美な軽装鎧に身を包んでいる。

背が高く、しなやかで流れるようなシルエット。


その右手には、光をそのまま剣にしたような武器を握っている。


――女だ。


自信と覚悟を感じる強い背中。


女騎士が横を向き、目の端で俺を見た。

その横顔だけで、凛とした美人だと分かる。

まっすぐな心を表すような、直線的な鼻筋が印象的だ。


俺への一瞥は一瞬。

女騎士は滑るように、巨人と対峙する美少女の方へ歩き出した。


その気迫に気押されたように、星々は薄いヴェールに包まれていた。

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