第26話:治安最悪の街に突入――俺、怖いです……
心都――神の都のなれの果てに、俺たちは潜入しようとしていた。
ナレ班は、三人。
俺――景山ナレ。異世界転移者、サラリーマン。
炎の神殿の野良巫女――ユリカ。常識ハズレの暴れん坊、見た目子供。
水の神殿の技術者で癒し手――ナティラ。人のいい姉ちゃん、好奇心の奴隷。
俺たちが選ばれたのは、落ちぶれた遺跡探索者に見えるという理由。
でも、問題があった。それは、俺たちの服装だ。
俺は、巨人の巫女クヴァ=ソンの幼い頃の服を着ている。
ユリカは、白と赤の炎の巫女服。
ナティラは、技術者の黄色いつなぎ。
どれも目立ち過ぎる。
「どうするんだ、これ?」と心配する俺にひらひらと手を振って、ユリカは城門へと進んだ。
ほどなく、風に乗ってひどい臭いがやってきた。
最初は生ゴミかと思った。けれど、すぐに鼻を押さえずにはいられなくなった。
まるで質量でもあるみたいな強烈な腐臭の源は、人間や馬の死体だった。
馬車や荷車の残骸と一緒に街道に転がっていた。
ユリカはひょいひょいと死体に近づいて、服を剥いだ。
「まじかよ……」なんて、言うだけ無駄だった。
そうしてここに、三人のド汚い遺跡探索者が出来上がったわけだ。
俺たちは街道脇の岩の下に自分の荷物を埋めて、心都の城門に近づいていった。
堀は、水の代わりに死体やゴミで埋まっていた。
朽ちた跳ね橋が、45度くらいの中途半端な角度で止まっている。
「おい!おい!入れてくれ!」と、俺は叫んだ。
城門の上に黒い影が現れて引っ込み、跳ね橋が降りた。
そこには、槍を構えた男が二人、待っていた。
「10銀貨」と、ぶっきらぼうな声。
「一週間どころか、下手したら十日分よ……!」
ナティラが目を丸くして俺の袖を引いた。
もう一人が槍を水平に構えて、前に進み出た。
月は落ち、星は消えつつあるが、かわりに空の底が青く光っている。
未明の明かりが、男の赤黒い顔と額の黒い二本の角を照らし出した。
「嫌なら帰りな。だがよ、跳ね橋を下ろしてやった代金は払っていけよ」
「……いくら?」
「5銀貨」
「そんな……っ!」
喉に槍を突きつけられて、ナティラは口をつぐんだ。
ユリカが懐から小袋を出しながら進み出る。
小袋はしぼんでいて、何も入っていないように見えた。
小さな手が、銀貨を数枚取り出す。
「これしかない」
男はユリカの手から、硬貨を全て奪いとった。
「行け」
「ちょ……それじゃあ10枚より多い――」
ユリカが無言でナティラをさえぎり、服の裾を引いて歩き出した。
あとからついていく俺の足を、赤い男が槍の柄で払う。
無様に倒れた俺をみて、男二人が笑った。
俺は無言で立ち上がり、ユリカとナティラのあとを追った。
通りを三つほど抜けたところで、ユリカが立ち止まった。
ナティラも黙って歩を止める。俺は少し遅れて追いついた。
暗い路地の奥、誰もいないのを確認してから、ユリカがひとこと。
「……ま、こんなもんでしょ」
笑っていた。
ナティラはまだ口をつぐんでいたけれど、怒っているようには見えなかった。
「あれで良かったのか?」と俺。
ユリカがふり向いて、肩をすくめた。
「あたし、金持ちだし。あんなの、おやつ代よ」と、薄い胸をそびやかす。
「それに、ああして貧乏くさく入るのが一番安全なの。ようやく街に辿り着いて、
なけなしの金を衛兵に取られて。そんな奴のこと誰も覚えてないでしょ」
「……なるほど」
――現実の倫理観なんて通用しないって、分かってたはずなのにな。
ナティラが溜息をひとつついた。
「わかってたけど、やっぱり気分は悪いよ」
「いいじゃない。奴らは、ここじゃ真面目に働いてる方だよ。美味い飯くらい食わせてやろうよ」
そう言って、ユリカは路地の先を指差した。
黒い建物の影が重なっていて、その向こうに明かりが見える。
「こんな街で、夜でも明るいところなんて、あの辺りくらいよ」
目的地――遺跡探索者ギルドは、あの先にある。
「行こう」
ならず者たちが、なけなしの金をはたいて羽目を外す歓楽街へと、俺たちは足を踏み入れた。
◆◆◆
俺たちは、暗い路地を歩いている。
脇道から足が突き出している。寝ているのか、それとも死んでいるのか。
喧騒に近づくにつれ、灯りが増え、声が増え、匂いが強くなる。
――正直、引き返したい。
心都の歓楽街。建物の影に、女が立っている。男も立っている。
笑い声と叫び声が、ほとんど区別できないまま混ざり合う。
この街に入ってから、人以外の亜人をよく見るようになった。
否、俺たちも猿の亜人ということかも知れない。
獣のようなもの、爬虫類や両生類のようなもの。大きいもの、小さいもの。
でも、クヴァたち湖の巨人ほど大きい種族はいないようだ。
兎男に手首をつかまれかけて、ナティラが相手を睨みつける。
「ほら、もっと肩の力を抜いて」
ユリカは余裕だ。にやにや笑っている。
どこかで一杯やっていこう、と言い出しそうな場慣れ感を醸し出している。
その建物は、明らかに他と違っていた。
扉の左右にハルバートを持った男が突っ立っている。
装飾のない鉄扉。黒い壁。二階の窓は鉄格子でふさがれている。
「あれだよ」とユリカ。
遺跡探索者ギルド。
要はただの組合のはずだ。でもこの街では、神殿よりもよっぽど力がある。
酔っ払いが近づこうとして、門番の視線ひとつで逃げていった。
俺たちが近づくと、その門番が目を細めた。
「ギルド証紙」
ユリカが胸元から黒ずんだ札を取り出す。角が折れて、紐がほどけかけている。
それでも、それは通行証だった。
無言でうなずいた門番が、扉の一枚を押し開ける。
中は、思っていたより明るかった。
木と石。鉄と油。
無骨な素材だけで作られた広い空間に、重くて静かな声と、火と、視線が集まっていた。
長テーブルが十数本、壁沿いには掲示板。その前で誰かが契約書のようなものを書いている。
通路を歩くと、椅子に座っている連中のうち、何人かが顔を上げた。
刺すような視線もあれば、値踏みするような視線もある。
そのどれにも応えず、ユリカはまっすぐカウンターへと向かっていく。
「……なんか、軍の駐屯地みたいだな」
小声で言ったら、ナティラが苦笑いを漏らした。
カウンターにはカエルのような頭の男が座っていた。
「キーマンに、ユリカが来たと伝えて」
その一言で、男の顔が緑から青に変色した。たとえではなく、文字通りに。
両生類の亜人種族の特徴だろうか。
「……」
無言の男の前に、ユリカが金貨を一枚差し出す。
大きな目に半透明の膜が被さり、もどった。
「……少し待て」
男は金貨を取ると、くぐもった、ケロケロした声で言った。
「神殿金貨なんて……どれだけ持ち出してるの?」
奥の階段を登っていく背中を見送りながら、ナティラが小さな声で言う。
「必要経費よ」と、ユリカは悪びれた様子もない。
――どのくらいの価値なんだろう。現実に持ち帰ったら、ひと財産になるかな。
と、俺はふと考えた。分かってる、これは現実逃避だ。




