第23話:巫女の痕跡を追え――無茶振り訓練に耐えて!
地面に、丸く焦げた焚き火の跡があった。
「ここだ」と、俺はルスカに言った。
ルスカがうなずく。
湿った灰の匂いが雨に溶けずに残っている。
周囲には、粘液と大きなキノコのような怪物の死体。
菌類でないことは、内臓が溢れ出ていることで分かる。
「ヌマヒルダケの群体に襲われたんだ」と、ナティラ。
「どこかに核がいたはず。倒したのかな、それとも逃げたかな」
ヒーちゃんが、ぬっと鼻先を地面に近づけ、湿った土を嗅いでいる。
すぐ隣で、ガル=ソゥグがそれを見ている。
人の死体はない。
――襲撃を跳ね返して、移動したんだ。
「進むぞ」と、ルスカが言った。
俺は水馬ウユに心波を飛ばした。
◆◆◆
「うりゃっ!」
いきなり、背中に衝撃が走る。
次の瞬間、地面が遠ざかった。
俺は半回転して、びしょ濡れの地面に叩きつけられた。
「がっ……何すんだ!」
目の前には沼。
――あやうく落ちるところだったぞ。
泥まみれで怒鳴る俺に、ユリカがニヤリと笑う。
「通ってないなあ。あんた、バラバラ」
「……嫌がらせじゃないなら、言葉で伝えてくれ」
「そんな暇ないんだよ」
周囲で衛士と巨人たちが、ちらちらとこちらを見ている。
これは訓練ということらしい。
「ここで核を倒してるね。やったのは……」
「ウユだ。水馬がヌマヒルダケごときに負けるか」
ナティラの言葉を引き継いで、ルスカが胸を張る。
ウユはというと、いまは沼の中でじっとしている。
水の中で生きる水馬にとって、地上は長くいられる場所ではないのだろう。
ほっとひと息ついている、といったところなのかもしれない。
「さあ、行くよ!アーちゃんがどうなってもいいの!?」
ユリカが俺の尻を乱暴に蹴った。
◆◆◆
俺は何度目かの「可愛がり」から、ぜえぜえ言って起き上がった。
ただ転ばされているようで、妙に体の芯にくるものがある。
ユリカは、さっきから俺に何かをしている。
他の連中は俺たちには関わらず、黙々と森を行く。
ナティラとクヴァが横を通り過ぎる。
クヴァが心配そうにしてくれるのが、いまの俺の癒しだ。
「ねえ、それ――どこから着るの?」
そう言って、ナティラがクヴァの服の後ろに手を伸ばした。
あの銀色の布。水面みたいに光を跳ね返す材質で、動くたびにうねる。
ひらひらしていて防御力などなさげだが、何か秘密がありそうではある。
クヴァはぴくりと動いたけど、拒絶はしなかった。
「一体。紐も継ぎもない」
「どうやって着るの。ていうか、普通の織物じゃないよね?」
自分の胸より下にあるナティラの目みつめて、クヴァは静かにうなずいた。
「これは、神から託された」
「見るだけ――ね?」拡大鏡を取り出して、ナティラが言う。
「……構わない」
二人の会話を聞いているうちに、俺はまた地面に叩きつけられた。
◆◆◆
ウユが止まった。警戒しているのが伝わってくる。
ぬかるみが深い。草も苔も生えていない地面。
巨人たちが低くうなる。衛士たちは、槍をそっと構え直した。
ヒーちゃんが、ガルの横でじっとこちらを見ている。
「……何かいるのか」
俺が問いかけた瞬間、ユリカが前に出てきた。
何も言わずに、俺の襟をつかむ。
「お、おい、ちょっ……!」
言い終わる前に、体が浮いて――
俺は斜面を転がり落ちていた。
硬い木の根。ぬるりとした苔。粘る泥。
足元が崩れ、視界が反転し、獣のような匂いが鼻に突き刺さる。
上の方で、「ナレ!」と、クヴァの声がした。
でももう、俺は落ちていた。
◆◆◆
――地獄だった。
穴の底にいた獣と、俺は正体も分からずに戦った。
殺されかけ、回復しては立ち向かった。
やっと殺したら、別の獣が出て来た。
そいつを倒しても、また次。次。次。次。
「もういい!」穴の上で、クヴァが叫ぶのが聞こえた。
――本当にいい子だよ。君だけが心の支えだ。
痺れを切らしたクヴァが飛び降りてきたとき、俺は残る獣を一気に吹き飛ばしていた。
それを最後に、獣たちは穴の中に逃げて行った。
クヴァと一緒に穴から這い出すと、そこにいたのはユリカだけ。
「よく頑張ったな!」と、ユリカがにっかり笑った。
「でも、まだまだだ。ショロちゃんが与えた力は、そんなもんじゃないぞ」
炎の少女は、首をほとんど真上に向けて、クヴァと目を合わせた。
「ね!」
クヴァは俺を見て、申し訳なさそうにうなずいた。
◆◆◆
森が途切れた。
霧が晴れるように、視界が開ける。
濡れた地面に、幾筋もの足跡が刻まれていた。
「三つ」
カオリオがしゃがみ込み、指でなぞる。
「大きさも重さも違う。それぞれが別の方向へ向かっていますね」
「集団は……街道だな」と、ルスカが言った。
視線の端で、ガル=ソゥグが懐から何か出している。
干し魚のように見える。これまでも、巨人たちは思い思いのタイミングで食事していた。
ガルの背後から、焼けた鉄のような、どこまでも細い獣が手元をのぞき込む。
巨人は反射的に身を引いたが、無造作に干し魚を差し出した。
ヒーちゃんは鼻先をくゆらせて、それを静かに口にした。
ガルは何も言わず、そのまま前へ歩き出す。
「お、仲良くなってる」と、ユリカが楽しそうに言った。
「二つの足跡は大きな猫みたいな動物だね」と、ナティラが分析する。
「影手が、ここで巫女を依頼主に引き渡した」
ルスカが、頬に手を当てて呟いた。
「巫女は街道か」
一行の進路が決まった。
俺たちは森にそって、銀色の海のような草原を急いだ。
◆◆◆
街道に出た。
濡れた石畳を草原の冷たい風が渡ってくる。
「……足跡はここで消えてるな」
ルスカが言った。
俺たちは進路を見失った。
「東は荒地、西は心都。だけど、これじゃ確証がない」
そう言って、カオリオが俺を見る。
「ウユは何も言ってないよ」
「どうする?一旦戻って……」
そのときだった。
ヒーちゃんが首を上げ、風の中にぴんと耳を立てた。
ガル=ソゥグがそちらを見やり、微かに目を細める。
ウユが静かに街道の先を見た。
俺の中にも、その気配が伝わってくる――
「何かが来ます」
「敵か?」と、ルスカ。
「分かりません。けど、傷ついてる」
やがて、人影が見えてきた。
泥だらけで、顔は黒く煤けている。防具は来ているが、武器は持っていない。
「止まれ!」
ルスカが一喝。男たちは立ち止まり、俺たちを見て凍りついた。
「……あんたら、神殿の人?」
ひとりが言った。目が泳ぎ、ひたすら戸惑っている。
「どこから来た?」
「この先の、荒地の村だ。頼む、行かせてくれ。ここまで逃げてきたんだ」
「どこへ行く?」と問うルスカの声は、どこまでも冷徹だった。




