第22話:霊獣、そして霊獣!
――速い。
いや、速いとかじゃない。焼ける。
俺――景山ナレは、たぶんいま人類最速を更新している。
――これ、空気燃えてないか?
「ちょっと待っ――熱ッツ、熱ッツ!!」
「アッ……ガ……アアアアアアッ!!」
周囲で巨人たちが叫んでいる。ほとんど断末魔だ。
一方、隣では――
「すっごい!なんなのこれ!あたし、夢過ぎるよ!」
ナティラが、髪をボーボーなびかせながら笑い続けている。
顔中から色んな液体が出ていて、弾けてしまいそうだ。
俺は、ヒーちゃんの長い脚がつくり出す『加速層』に必死にしがみついている。
前を走るのは黒炭色の針金馬――霊獣アーマ=ヒ。
通称ヒーちゃん。「あたしの親友」と、ユリカがドヤ顔してた、あの獣だ。
火花を撒きながら地面を焼いて、化け物は走っている。
その周囲10メートルほどに加速層を形成しながら――
この加速層に入れば、だれでもヒーちゃんと同じ速度で走れる。
――てことなんだが。
加速層を作ってる影響なんだろうけど、ヒーちゃんのまわりが熱くなるのだ。
熱に弱い巨人たちには、あまりにも厳しい。
でも、巨人たちは地上で足が遅いことを自覚しているから、頑張っている。
神殿都市は、走り出してすぐ視界の彼方へ消えた。
湖を左に見ながら進み、やがて黒い森が前方に現れた。
――ここだ、あの森だ。アマヤがまだいるといいけどッッッ!
いきなり、頭から吹っ飛ばされた。
そのまま森の下生えにダイブ。
「ぎゃああああッ!」
「グガアアアアアアアアアア!!!」
「ギョゴオオオオオオオオオ!!!」
巨人たちの魂の叫びに、俺の悲鳴は飲み込まれた。
危なかった。もう少しで、目に枝がブッ刺さるところだ。
巨人たちが突っ込んで、森にちょっとした広場ができていた。
「おいっ!」
俺より先に、ガルが怒鳴り、大笑いしているユリカに詰め寄っていく。
クヴァも髪を振り乱して続く。
「あたたたた……」
隣で、ナティラが起き上がった。
「……まあ、君は勝手に治るでしょ」と言って、近くの巨人の方へ行く。
「あらーひどい火傷。でも……やっぱり回復力がすごいね」
青黒い巨腕の若者が、ナティラに触れられて照れている。
――表情で隠しても、心波が漏れてるんだよなあ。
「これが済んだら、もっとお話しましょう。あなたたちから学ぶことがたくさんある」
ナティラに若者がうなずいた。ちょっと笑っていた。
「うるさいなあ。文句言うなら、自分で走ってくれば良かったでしょ!」
ユリカだ。
「我らを殺す!」と、ガルが上から覆い被さるように怒鳴る。
モンスターに襲われている子供にしか見えないが、ユリカは動じない。
「うんうん、がんばったねえ。次も楽しみにしてるよっ」
ユリカは、ひらひらと手を振って、にべもない。
クヴァが、俺に気づいてやって来た。ぼさぼさの髪が汗で濡れて、顔中が真っ赤。
神殿での激熱ロウリュのときほどではないが、結構な火傷だ。
「加速層……恐るべし……」
ぼそっと言って、地面に突っ伏す。
俺は、そっと頭を撫でてやった。甘えたような心波が伝わってくる。
――ますます妹みたいだ……でっかいけど。
ガルは、まだユリカとやり合っている。
ぺしぺし、とユリカがガルの腕を叩く。
「ヒーちゃん、すっかり調子に乗ってるからさあ。ほら、鼻から煙が出てるでしょ?楽しかったって」
ヒーちゃんは森の闇に溶けるようにじっと佇んでいる。
その鼻からは、たしかに煙が上がっていた。
「あれはね、上機嫌ってこと」
ガルが目をむいて呻いている。
――もう諦めろ、ガル。
俺は心波を飛ばしてみた。届いても無視されそうだったが。
「はいはい、あなたの番ですよ」
そんな心波でのやり取りを知ってか知らずか、ナティラが二人の間に割って入った。
ガルはむっとしつつも、ナティラに言われるがままに、どかっと座った。
ナティラの後頭部あたりが光り、ガルの表情が緩む。
俺は立ち上がった。クヴァはまだうつ伏せに寝ている。
――そろそろ、ルスカたちが追いついてくるだろう。
「君さ、お腹すかないの?」と、ナティラ。目線はガルに向けたままだ。
「いえ、さっき頂きましたから」
「そう……その回復の力は、どこから絞り出してるんだろうね」
「……さあ、なんとも。俺も不思議です」
たぶんショロトルが与えているんだろうが、説明はなしだ。
と――
湖の方から蹄の音が聞こえてきた。
音がみるみる大きくなり、騎馬の集団が現れる。
先頭は、栗色の髪に琥珀の瞳の美貌――ルスカだ。
「遅くなった」
「無事ですか?」と声をかけてきたのは副官のカオリオ。気のいい男だ。
「無事……っちゃあ、無事ですけど」と言って、俺は巨人たちを指差した。
ルスカの口元が、わずかに緩んだ気がした。
「もの凄い速さだったな。炎の神殿が霊獣を伏せていた理由がわかる」
ルスカは、森の入り口で草を食んでいるヒーちゃんを見た。
カオリオが無言でうなずく。
「まったく……」と、後ろからユリカが割り込んできて、
「あたしがこんなに働いてるのに、文句ばっかりだよ」
ルスカが馬から降りた。
ひざまずいて、ユリカと目線を合わせる。
「巫女ユリカ、協力してくれてありがとう」
ユリカは唇をとんがらせて、そっぽを向いた。
「で、これからどうする?」と、ルスカが俺に言った。
「状況から、お前の見た森はここだと判断したが……ショロトルは何か言ってこないか」
「いえ、なにも。すみません」
――森で襲われるアマヤを見せられ、助けに行けと言われた。それだけだ。
「識心を追跡するとか、そういうのないんですか?」
「足跡を追うことはできる。だが相手は影手と暗虎だ。どこまで痕跡を残しているか」
そのときだった。
森の奥から、がさがさと枝が揺れる音がした。
一行が一斉にそちらを見る。
「ルスカさん、あれって」
木々の陰から、淡い霧のようなものが湧き出ていた。
そして、ゆらゆらと揺らぐ影が現れた。
水そのものが歩いているような姿。
もたげた鎌首は巨人よりも高く、現れたり消えたりしていて存在が危うい。
いま月光のもとで見れば、昆虫のような足が鞍の下から伸び、体を支えているのが分かる。
「水馬が森から出てくるって、異常事態だからね」と、ユリカが言った。
ルスカと衛士たちが集まっている。
水馬が顔を近づけ、ルスカが顔の中に手を突っ込んだ。
――あれで撫でているみたいなものなのか?
ヒーちゃんの異質さはいうまでもないが、この水馬も負けてはいない。
どちらも、生物の常識を超えた存在だった。
馬でも竜でもない、水の顔がこちらを向いた。
そのまま滑るようにやってきて、俺を見下ろす。
「な、なんだ……?」
「まあ、そうだろうな。こいつはショロちゃんの使者だよ」
水馬の頭が迫ってきた。
「動くなよ。受け入れるんだ」
「いや、そんなこと言っても――んんッ!」
俺は水馬の口に首まで飲み込まれた。
冷たいゼリー状のものが、口から入ってくる。
――ちょ、これ、受け入れるっていっても息が……できる?
ゼリーに満たされた肺が、呼吸しなくても酸素を受け取っている。
そして、イメージが流れ込んできた。
――きのこのような化け物を前脚で切り払う。
アマヤがやってきて、ウユの体を撫でる。
沼の水が心地よく体を包む。
アマヤが黒装束の連中と森の奥へ去っていく――
……なるほど。
「ありがとう、ウユ」と、俺は言った。
ウユは俺を解放した。
「お前はどうする?湖に戻るか?……そうか、ありがとう。じゃあ頼むよ」
ウユ――この水馬の名だ――も、心波で会話する。
人間のように明瞭ではなく、考えていることがぼんやり分かる程度だが。
「行きましょう」と、俺はルスカに言った。
「なにか分かったのか」
「はい。アマヤと別れた場所まで、ウユが案内してくれるそうです」
「よし!」
ユリカが、自然に歩みよってウユに触れる。
「ウユ、ヒーちゃんを紹介するよ!」
巨人たちも、癒しを終えた身体で、ゆっくりと動き出す。
夜は深く、夜明けの匂いはまだ遠い。
俺は、大きな生き物の体内に誘い込まれているような錯覚を振り払って、森に足を踏み入れた。




