第19話:炎の出撃――なんか色々混成部隊!
炎の巫女ユリカが、俺の三本の指を握っている。
――なんなんだ?
周囲では、衛士と巨人たちがまだ緊張を保っている。
一触即発ってほどじゃなくなったけど、目つきは戦場のままだ。
「じゃ、ひとまず預かるねー」と、ユリカが大声で言った。
みんながこちらを見る。巨人たちも、衛士たちも。
繋いだ手を凝視されてる――ような気がしないでもない。
「預かるって……何を?」と言ったのは、巨人につっかかった衛士バルハだ。
ユリカは、楽しそうに言った。
「お互いのお互いへの怒りと、偏見と、憎しみ――そういうの、ひとまとめで」
「いくら巫女でも、そんな一言で――」
すっと、ルスカが手でバルハを遮った。
「……巫女ユリカ。それは炎の神殿の言葉と受け取っていいか」
「いいよ!」
――軽すぎ!
「……では言質とさせてもらおう」と、ルスカ。そして、声を張って続ける。
「この場は、炎の巫女ユリカとルスカトリ・カスティナが預かる!さきほどの指示に従って行動開始。
意見のあるものは、ことが終わってから、上へでもどこへでも報告しろ!」
その声に、場が動いた。
衛士たちが、互いに目を合わせながらも、それぞれの位置へ移動していく。
巨人たちは、まずクヴァが動いた。長身の体をゆっくりと伸ばし、周囲に目を配る。
そこへ、ナティラと呼ばれたつなぎ姿の女性が近づいていく。
なんと彼女は巨人の言葉を話せるようだ。
「我らも動く」と、ガルが唸るように言った。
立ち上がる気配のない者に目をやり、「歩けないなら、運べ」と短く指示を出す。
いつの間にか、あの空気を引き裂くような緊張は消えていた。
……いや、厳密には違う。
緊張は、みんなが少しずつ飲み込んで、それぞれのポケットに入れたのだ。
「……あのさ、そろそろ離してくれない?」
ユリカはにっこり笑って、軽く首を傾げた。
「んー、だめ。今ちょうどいい感じなの」
「感じって、何の?」
「識心」
さらっと言われたけど、意味が分からない。
「えっと、俺の識心って、何が?」
「深いのに動かない。ぎゅうぎゅう押し込まれてる。ショロちゃんの修正が効かないのはそのせいかも。
とっても面白い。ちょっと観るだけだから。ほんの、あと、十五分くらい?」
「長ぇよ!」
「なにぃ、美少女と手を繋げて嬉しいだろうがい!」
言い捨てて、ルスカの方へすたすた歩き出す。
俺も、手を引かれて連れて行かれた。
ルスカは、いつもの無表情でこちらを見ていた。
だけど、たぶん、ほんの少しだけ眉が上がってる。気のせいかもしれない。
「そちらは動けるか?」
「動けるけど、引きずられてます」
俺がそう言うと、ルスカの視線が、ユリカと俺の手元に落ちた。
「そうか」とだけ言って、少しだけ目を細める。
「体を休める部屋がある。巨人側も案内する予定だ」
ナティラが、大きく息をつきながら戻ってきた。
後ろで、クヴァが巨人たちに指示を出している。
「いや~、やっぱり母語話者と話すの、違うわ」
――彼女は、なぜ巨人の言葉を話せるのだろう?
折りを見て聞いてみようと、巨人の所へもどる背中を見ていると、
「こっちだ、すけべ」
言われのないことを言いながら、ユリカが通路のひとつに向けて歩き出した。
足が、少しもつれる。
――ああ、そうか。疲れてるんだ、俺。
歩きながら、自分がどこに向かっているのか、よく分からなくなっていた。
◆◆◆
案内された部屋は、神殿の――たぶん大ホールの脇にある区画だった。
円筒形の広間だ。床には絨毯のような柔らかい敷物。
座ると心地良くて、俺は正直、寝落ちしそうになった。
神殿から供された軽食は、白い円盤のような皿に、三角のパンと、小さな果物、淡い黄色のスープ。
「味はあまりないが、栄養価は高い」と言って、ルスカがパンを食べて見せる。
俺も遠慮なく頂いた。
――いや、これはいけるぞ。
優しい自然食という感じだ。現実世界で食べようとしたら、けっこう値が張るだろう。
衛士たちが食べはじめ、クヴァとガルたちは警戒しつつも受け取った。
他の巨人たちも、少しずつ、でも確実に口に運んでいる。
俺は、クヴァの肌がすっかり元に戻っていることに気がついた。
「……回復、早くないか?」と、つい呟く。
「識心がよく働くみたいなんだよ」と、ナティラが飲み込んでから答えた。
「回復術のなじみがいいんだ。でっかいしね!」
ユリカが、「うん」と応じる。
「死ぬまでは異常にタフ。死ぬと一気に終わる」
「まあ、誰でもそうだけどな」俺を見るユリカの目に、微かな軽蔑の雰囲気。
「……なあ、もういいだろ。食べにくいんだよ」
返事はない。
ユリカはしばらく手を見て、それから首をひねった。
空気が、張りつめたように変わった。
いや、違う。空気じゃない。俺の中だ。
何かが触れた。胸の奥――そこでもない、もっと深く。
今まで自分の一部じゃないと思っていた何かに、誰かの指が触れたような、そんな感覚。
「……ショロトル……?」
口が、勝手に動いた。なぜその名前が出たのか、分からなかった。
でも、その名前を言った瞬間、神殿が鳴った。
ぐぅぅぅぅぅん……という低い振動音が、床から響いてきた。
内臓が撫でられるような、奇妙な気持ち悪さ。
さっきまで穏やかな空気が流れていた部屋が騒然となる。
「落ち着け、いつもの鳴動だ」と、誰かが言った。
「やっと繋がった」と、ユリカが笑う。
――繋がった?
いきなり、照明が落ちた。
真っ暗。
誰かが息を呑む音。椅子が引かれる音。皿が小さく鳴る。
だが、誰も叫ばない。全員が、黙って何かを待っていた。
十数秒後、光が戻った。
「ナティラ」と、ルスカが言った。
ナティラがうなずいて、立ち上がる。
彼女はクヴァに二言三言話し、部屋を出ていった。
俺は、心の芯を抜かれたような不安をおさえようと、胸に手を当てた。
ルスカが立ち上がった。
「神殿の鳴動は巫女を求めるショロトルの神託と受け取る。
食事が済んでいないものは早急に終えよ。行動を開始する。巫女アウラニスを取り戻すぞ!」
みんなが、一斉に立ち上がる。
神殿の外へ――あの森へ行くんだ。
◆◆◆
外は夜だった。星が出ていて、月は――でかい。
水の神殿の周囲は、大きな街になっていた。放射状の道が四方に伸び、石作りの建物が並んでいる。
「これが……神殿都市か?」
俺の言葉に、返事はなかった。
衛士たちは選別され、ルスカと他12名が馬に乗る。
巨人は10名。さすがに馬には乗れない。
俺は――ユリカに待てと言われて、突っ立っている。
――犬じゃあるまいし。
「急がないと。アーちゃん、あいつらに何かされちゃう」
「あいつら?」
「ぶうーん、て唸る不気味な神がいてね。それを呼び出そうとしてる奴らがいる」
「……アマヤを連れ去ったのは、そいつら?」
「うん。多分、ね」
――初耳だ。
でも、ユリカが乗り出してきた理由がそれなら、ショロトルが言っていた『世界の破綻』と関係があるだろう。
「それ、ルスカたちは知ってるのか?」
「『言葉なき信者の会』は、けっこう有名だよ」
――心に留めておこう。
いま目の前では、問題が持ち上がっている。巨人が遅いのだ。
怪我とか疲労ではない。足の運びそのものが重たい。
陸上で動くのは不得意。それで、馬についていけるわけがない。
ルスカが頬に手を当てている。
衛士が先行、俺とユリカが巨人を連れて後から合流。
そんなところだろうか。
「はーい!」と、ユリカが能天気な声とともに手を上げた。
「あたしに任せなさーい!」
そう叫んで、指笛を鳴らす。
――その音が鳴り終わる前に、何かが来た。
キィィィ……
焼け焦げた鉄をこするような音が、上から降ってくる。
周囲の空気が熱を帯びる。
月と星を背景に、それは俺たちの前に降り立った。
黒い、ねじれた、細い胴体。オレンジ色の短い毛がびっしり生えた、針金のような脚。
背は高く、俺なら脚の間をくぐれそうだ。動きは音もなく、忍び寄るよう。
「……なんだ、あれ……」
ユリカが振り向いて、にこっと笑う。
「紹介するよ。あたしの親友。あんたたちを加速する、ヒーちゃんです」
「……霊獣アーマ=ヒ」
ナティラの瞳が輝いている。
「神速の霊獣……絶えたはずじゃ?」
「炎の巫女の騎獣だったか?」
衛士たちがざわめく。
焼けた鉄線のような獣が、得意気に顔を上げた。
――誇り高い、地獄からの使者って感じだな。
だが、それでいい。
わけのわからん霊獣に導かれた人間と巨人の混成舞台。
「よし、行こう!」と、俺は思わず声にしていた。
ユリカが満面の笑顔で俺を見る。
俺はどうだろう――きっと、悪くない顔をしてるはずだ。




