第18話:野良巫女、落ちてくる――なんで、俺の手を握る?
水の神殿内部の円形ホール。下層への扉がある場所。
俺の左右には、巨人の巫女クヴァ=ソンと光の剣を持つ衛士ルスカ。
どちらも自然体で立ち、厳しい眼差しで相手を観察している。
背後には、巨人の放棄派の長ガル=ソゥグと、その仲間たち。
向かいにルスカの部下――衛士らが円陣を崩さず控えていた。
言葉は通じない。 だから、俺が間に入っている。
言葉をクヴァに伝える。 彼女が心波で巨人たちに伝える。
巨人たちが反応する。 クヴァが俺に伝える。 俺が人間に伝える。
コミュニケーションの煩わしさが、事態を悪化させている。
―― 焦るな、俺。焦ったら終わりだ。
「クヴァは、みなさんに敵意はないと言ってます。あくまで、誤解だったと――」
「誤解……?俺の兄は、巨人に殺されたんだ!」
衛士の一人が突然、怒声を上げた。
「バルハ、やめろ」
ルスカの抑制の効いた声。だが、動き出した激情は止まらない。
「こいつらが――兄貴を叩き潰した!何をしたわけでもないのに!」
衛士バルハが一歩前に出て、剣を抜く。
巨人たちが槍を構え、衛士たちも武器を突きつける。
心波もビリビリと震えている。
巨人の若者が、吠えるように前へ出た。
クヴァが何か言おうとして、ガルが片腕で若者の胸を押さえた。
俺は――両手を上げたまま、言葉が出ない。
――まずい。俺になにができる?
「落ち着け、バルハ!手を出したら、全部おしまいだ!」
「おしまい?こいつらと始めることなんてありません!」
そのとき、緊迫の空気の中、俺は奇妙な変化を感じた。
――なんだか、こげ臭い匂いがする。
そう思った、次の瞬間――
ごおっ、と空気が逆巻いた。
熱風が頭上から降りかかってくる。
上だ。ホールの上部に、黒い穴が開いている。
そこから、灼熱の風とともに――
「燃えてるかぁぁぁーーー!!!」
赤金の髪と、白と朱の装束をまとった何者かが飛び降りてきて――
ジュオッ!オオオオ!
さっき俺たちが出てきた、水の穴に突っ込んだ。
蒸気が爆発的に噴き出す。中の水が一気に蒸発したのだ。
真っ白な熱雲が、丸い天井を這って、そこにいる全員の頭上に降りかかる。
「熱っつう!」
「グガアアアアアアア!」
――ロウリュのしすぎ……
いや、そんな場合じゃない。焼けてるぞ、巨人たち。
現実でサウナが大好きな俺。
サウナ室を温めるためにストーブの石に水をかけ、蒸気を出すことをロウリュという。
目の前で起こっているのは、その大規模バージョンだ。
ブンッ!と、槍を振り回したのはガルだ。
三人の衛士が吹き飛ぶ。幸い、しっかり防御して致命傷は避けている。
「やめろ!落ち着け!」
俺が叫ぶと同時に、同じイメージが心波で飛ぶ。
良かった。クヴァは冷静みたいだ。
ルスカが光剣を抜いた。
目は冷静だが、事態の変化に合わせた行動だろう。
びちゃっ――
場違いな軽い音が、騒然とする場の一瞬の隙間に入り込んできた。
「よ……っこいしょ――ふう、ひどい目にあった。ここ、開くことあるんだ」
騒動の張本人が、水の穴からノコノコ出てきた。髪も服もずぶ濡れだ。
「巫女ユリカ……」と、ルスカが言った。
ユリカと呼ばれた少女が、ルスカを見て破顔する。
「おー、ルスカトリ!元気か!」
衛士たちがざわつく。
「ユリカって、炎の神殿の?」
「めちゃくちゃやって辞めたって聞いたぞ」
「うわあ、野良巫女だ……」
衛士たちから、やべえ……って感じの無意識の心波が伝わってくる。
「その通り! 炎の巫女ユリカ・トゥラン・セント・ハルヒとは、あたしのこと!」
「……どうやって入ってきたんですか?」と、ルスカ。
「アーちゃんのピンチと聞いてね。ショロちゃんに頼んだんだよ」
場にそぐわない気楽そうな口調。
ショロちゃんというのは、ショロトルのことだろう。
だとするとアーちゃんは、アマヤかアウラニス。いずれにしろ水の巫女のことだ。
と――
ブンッ!という音。体が引っ張られる感覚。
俺の横を巨大な槍が猛スピードで通り過ぎた。
槍は一直線にユリカに向かう。ガルの投擲だ。
「――!!」
場に緊張が走る。
――が、槍はユリカが何気なく上げた手の平の手前で止まっていた。
そして、真っ赤に焼けたと思うと、ドロドロに溶けて崩れ落ちた。
「落ち着きなって。巨人ちゃんたちはさ」
ガルは驚愕に両目を見開いている。
そこで、俺は改めて気がついた。
巨人たちの肌は、ケロイド状に爛れて血を流していた。
ロウリュとか冗談ぽく言っている場合ではなかった。大火傷を負っているのだ。
見ると、クヴァの美しい肌も、皮が剥けてボロボロだ。
俺に見られていることに気づいて、クヴァが、すっと目を逸らした。
それが、ひどく痛々しくて、俺は何も言えなかった。
「癒し手、いるでしょ。治してあげて」と、ユリカが涼しい顔で言った。
「……あなたがやったんでしょうに」
ルスカは額に手を当て、短くため息をついた。
衛士の嘆息など気にした風もなく、炎の少女はぴょんっと跳ねて両脚を揃えた。
「それとぉ……」と、まわりをぐるりと指差してから、ぴたりと止める。
「君だね!」
――ダメだ。子供にしか見えない。
遊び相手に指名されたような違和感がある。
とことこと近寄ってくる。身長は、こりゃ150センチないな。
小学生くらいか?いや、ギリギリ中学生でも――
「おい、異邦人!」ぐいっと下から睨め上げてくる。
「お前が修正を受け入れないと、アーちゃんを助けられないんだぞ!」
――こいつは何を言ってるんだ?
「なんですかこれはっ!?」
さっき、ルスカが人を呼びに行かせた衛士が戻ってきた。
黄色い、汚れたつなぎを着た女性を連れている。
「あれれ、こりゃとんでもないことになってるね」と、その女性が言った。
気の抜けたような声だが、人を安心させる力がある。
「ご覧の通りだよ、ナティラ」
ルスカは、すっかり気が抜けたようになっていた。
――かっこいい光の衛士から、隣の綺麗なお姉さんになったな。
「カオリオ、悪いが癒し手を起こしてきてくれ。ナティラも、この大きな客人たちの手当てを手伝って欲しい」
「わかったけど、あとで話を聞かせてよ。神話が終わってるでしょ、これ」
はああああ――と、地獄の釜でも開けたみたいな溜め息が、ルスカの口から溢れ出た。
だが、顔を上げたときには、凛とした衛士ルスカに戻っていた。
「時間が惜しい。まずは巨人の巫女殿とまとめ役の彼を優先して回復。我らが会談する部屋をすぐに用意してくれ。それから軽食だ」
よし、動け!の声とともに、衛士たちが動き出す。
――いいリーダーだなあ。杉崎課長に紹介して雇ってもらいたいくらいだ。
……なんて思った矢先、小さな手が、ぐっと俺の手を引いた。
「で、あなたのお名前は?」
突然の猫撫で声が気持ち悪い。
「……あたしが鍛えてやっからな!」
そう言って、にかっと笑ったユリカのその顔。
見開いた目が、猛獣のように爛々と輝いていた。




