第17話:人と巨人、最悪の対話スタート!俺が間に入ります!
――この部屋には空気がありそうだ。
ずっと泳いで登ってきた。
湖底の都ミマルグチャの、その天井にある水の神殿。
底部の球状の部屋「接点」の上に、小さな扉があった。円い、重なりあったハッチ。現代人ならそう呼ぶやつ。
そこから先は、クヴァ=ソンから空気を分けてもらいながら進んだ。
静かな水中。動いているのは、俺たちだけだった。
時々、部屋の上部に空気が溜まっていて、そこに顔を出して呼吸した。
今はもう、クヴァの手を離れて自由に泳いでいる。
酸素の節約も慣れてきたし、浮いてるのがちょっと楽しくなってきた。
クヴァが、俺の少し下を心配そうについてくる。
――なんか、妹みたいになってきたよな。
ゆっくり水をかいて昇る。
頭上には先に出た巨人たちの足が見えた。
やがて頭が水面を抜けた。黒茶色の天井。細く光る青のくぼみ。
中央にあるのは、見慣れた円形の扉――ただし、何倍も大きい。
パネルを探す。あった。扉の外縁に、丸く平らな板。
天井までは1メートルくらいあって、俺じゃ届かない。
「我の肩に乗れ」と、クヴァ。
肩車してもらって、手を伸ばす。
手を当てると、板が青く光った。なにか音声が流れた。意味は分からない。
他の扉で試したが、反応したのは俺だけだった。
――やっぱ、俺だけ通れるようになってるんだよな。
クヴァたちの「神の代弁者か……」的な心波が伝わってくるけど、俺としては単にシステムの問題だと思ってる。
扉が動き出す。
半円形の板がスライドし、羽のようなハッチが何枚も回転。最後の隔壁が開いていく。
壁の質感は陶器に近い。金属じゃない。
通路の構造も、開閉の仕組みも、閉塞感も――
――宇宙船みたいだ。
仮説だけど、もしそうだとしたら、ショロトルの正体は……
そのとき、巨人たちの心波がざわついた。誰かが声を漏らした。
上から空気が流れてくる。乾いた、地上の匂いがする。
そして、大きな布が落ちてきた。巨人たちが蜘蛛の巣でも払うようにどける。
広い。静か。音が吸い込まれていく。
暗いけど、真っ暗じゃない。青ではなく、白い光。
クヴァが鼻を鳴らした。ぴり、と心波が引き締まる。
そのとき――
上の縁から、誰かがこちらをのぞき込んだ。
「あっ!!」と叫んで、影が引っ込む。走り去る足音。
「……上がるぞ」と、ガル=ソゥグが言った。
俺たちは、最初から侵入者だった。
◆◆◆
そこは丸天井の大ホールだった。
俺たちが通ってきた穴は中央にあって、祭壇っぽいものが周りに置かれている。
落ちてきた布は、たぶん扉を覆っていた飾りだろう。祭壇の雰囲気からして、そんな感じがする。
水から出たばかりの巨人たちは、濡れた身体のまま、ほとんど動かずに立っている。
俺の足元もまだ水でぬるついてる。冷える、というより、重い。
四方に通路が伸びていて、そのひとつから駆けてくる足音がした。
俺は、クヴァとガルに目配せした。
――さて、ここからだ。
衛士たちが駆け込んできた。
何人いるのか分からない。装備はバラバラ。槍を構えて俺たちを取り囲む。
「待ってください、話をしましょう」
俺は努めて冷静に言った。
だが、目線すら合わされない。まるで、俺が見えていないみたいだ。
そばのクヴァが何かを言った。低く、短く。だが反応は同じく、ない。
衛士たちがひるむ気配もない。
――言葉が通じないはずはないんだけどな。
アウラニスには通じていた。共通語と言ってたっけ。
俺はたぶん、それをしゃべっているはずだ。
――聞くつもりがない、ってことか。
一人、衛士の槍が前に突き出された。
心波が揺れる。クヴァがそれをゆっくりと片手でいなす。
槍先がずれ、衛士が後退する。
もう、限界だった。
殺す気はないのかもしれない。
でも、この距離感のままじゃ、いずれ誰かが何かを間違える。
「……!」
鋭い足音。
一人の女が歩いてくる。
簡素な鎧。栗色の髪。琥珀色の瞳。切り立った崖のような真っ直ぐな美貌。
すぐに分かった――衛士ルスカ。
彼女は現場をざっと見渡し、俺に視線を寄越した。
「お前、巫女アウラニスの隣にいたな」
良かった。話ができそうな奴がきた。
「ナレです。服が変わりましたけど――あのときのこと、覚えてますか?」
「覚えてる」
即答。少し意外だったが、安心した。
「そちらの状況は分かりませんが――私たちは神と接触しました。名前はショロトルです」
「ショロトルは我らの神だ」
「……もし冒涜されたと感じたなら、すみません。でも、嘘じゃありません」
ルスカの目は、俺の後ろを見ている。巨人たちの立ち姿。
誰ひとり動いていない。だが、彼らの心波が揺れているのが分かる。
気配だ。言葉じゃない。
そして、それはルスカには届いていない。
「伝わってますか?」
俺が尋ねると、ルスカは小さく首を振った。
「意味は取れない。雰囲気だけは、分かる」
「私たちは敵じゃありません……と言っても、難しいですか?」
「判断保留中というところだ」
「十分です。判断を下せるのは、どなたですか?」
「私だけだ。ここでは、な」
衛士たちの視線が、まだこちらに向いている。
槍は下がっていない。けれど、一歩も近づいてこない。
「巨人たちは協力しに来てます。彼らもショロトルの信徒なんです。ご存知でしたか?」
「いや、初耳だ。そもそも、言葉を持たないと思っていた」
「意思はあります。言葉も少し。ただ、心で直接話すことの方が多いんです」
「その意思は、保証できるか?」
「私は、背中を預けられると思ってます」
ルスカがゆっくりと前に出た。
肩の力を抜き、手を見せる仕草で、衛士たちに合図を送る。
「ここは私が預かる。カオリオ、ナティラを連れてきてくれ」
衛士たちがざわめく。
「しかし、神官たちの判断を仰がずには……」と、衛士のひとりが言う。
「老人が起きてくるのを待つ時間はない」ルスカは即座に断じた。
「残念だが、この男には巫女や神との特別な繋がりがある」
……ちょっとルスカさん、残念って。
衛士たちが槍を引いた。これで、ずいぶん空気が変わる。
「……助かります」
「こちらにも時間がない。助力は多いほどいい、お互い構えている暇はないぞ」
「そのつもりで動きます」
「巨人たちにも伝えろ」
ルスカの目が、ほんのわずかだけ細められた。
俺はクヴァとガルに向き直った。改めて、その偉容に圧倒される。
3メートルの青黒い巨人の集団だ。警戒するなという方が無理だ。
俺が心波を受け入れると、巨人たちの疑念と怒りが流れ込んできた。
――あちゃあ、こりゃこじれそうだ。
心をのぞくことができれば、あちらさんも同じ状況だろう。
でも、なんとかなる。これは俺が得意なことだ。
――ただ、時間がない。
それが、この場の一番の問題だった。




