表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/55

第1話:ぬくぬく生活、強制終了――俺、何かした!?

――君はどこに住んでる?


都会?それとも田舎?


都会なら、夜空を見上げても星はあんまり見えないよな。

祖母の家では星がよく見えた。


祖母がくれたアイスを舐め、虫の音を聞きながら、星空を見上げた。

世界の半分が満天の星におおわれて、体が夜に溶けていきそうだったよ。


今も、俺は星に囲まれている。


この星々――

目を凝らせば無数の星が輝き、手を伸ばせば届きそうなほど近くに感じる。

けれど、俺のまわりには何もない。ただ空間があるだけだ。


やがて、その星々がぐるりと回りはじめた。

胃が持ち上げられるような感覚。


俺が動いているのか、それとも星々が回っているのか……


いや、おそらく動いているのは俺だ。

その証拠に、視界に惑星が入り込んできた。


見る見るうちに大きくなる。


緑と青の惑星――水の星。

地球か?


――違う。


大陸が見たことのない形をしている。

ここは、俺の知る星じゃない。


そして、変わる。

何が?

心が。感情が。


突如、星々の輝きをさえぎっていた巨大な影が崩れ落ちた。

黒い塊が弾け、割れて、それぞれに散っていく。


ここは理想郷【アルカディア】ではなかった。

なぜなら――奴らがいた。


闇に蠢く、言葉を持たない異形のものども。

心の闇と宇宙の深淵をつなぐ、未知のエネルギーを操る存在。

俺たちは奴らを理解しようとしたが、知るほどに恐怖もまた増していった。


この恐怖には覚えがある。

いつも見る夢――。

何者かの影がゆっくりと階段を登ってくる、あの悪夢と同じだ。


<……どこだ……どこにいる……>


勘弁してくれ。


<……我の……守って……>


◆◆◆


目が覚めた。


ガバッと飛び起きる元気はない。

心臓を鷲掴みにされたような冷たい感覚が、まだ体を支配していた。


天井が遠い。空気が冷たい。

汗のせいか皮膚感覚が鋭敏で、世界が妙によそよそしい。


――今のは、なんだ?


俺――景山汝カゲヤマナレは、ただ仰向けに横たわったまま動けずにいた。


その時、スマートホンが鳴った。


心臓が痛いほど跳ねる。

このアラームの音は目覚ましだ。


俺はひとつ深呼吸をしてから、のっそりと1日を始めた。

夢の感触は、出勤の準備を進めるにつれて薄れていった――。


◆◆◆


「景山……」


――もう一度シミュレーションしてみるか。

 ちょっとパラメータを振りすぎたかもしれない。


「景山」


――100?いや、95まで戻すか……


「景山!」


顔を上げると、杉崎課長がパーティション越しに俺を見ていた。

呆れたように笑っている。


「お疲れさん。お前、夕飯も食ってないだろ。もう帰れ」

「……え、でもまだデータが取れてなくて」

「いい、いい。明日やれ」


腕時計を見る。まだ19時半じゃないか。


「……まだ19時半だ、とか思ったな。定時は17時半だよ」

「そりゃそうですが……」

「大丈夫だ。データは明日でいい」


「……分かりました」

俺はちょっと考えて、うなづいた。


「杉崎さんは帰るんですか?」

「いや、俺はもうちょっとやってく」

「……ずるいじゃないですか」

「俺は課長だからな」


よく分からない理屈を言ってニヤニヤする杉崎を見ながら、俺は帰り支度をした。


「今度、またバーに行こうな」


一瞬、ゾッとする。入り込まれるような、変な感覚。


――なんだ? 杉崎さんはプライバシーを侵害するような人じゃないぞ。


「……次は色んなジンに挑戦したいです」

「任せとけ」


お疲れー、お疲れさまー、と同僚が声をかけてくる。

真島と心谷さん。なんだ、2人もまだ残ってるじゃないか。


俺は釈然としないまま職場を出た。


◆◆◆


会社近くの駅への夜道。


――未読7件。

スマホには彩奈からメッセージが来ていた。


いつの間に?

全然覚えがない。


面倒なので電話を掛けることにする。


「もしもし……」

「あー!やっと連絡ついた!」


彩奈のテンションの高い声が鼓膜に突き刺さる。

俺はスマホをちょっと耳から離した。


「ねえ!なんで返信返さないの!」

「仕事中だったんだよ……」

「休憩時間とかあるでしょ!」


――いやいや、メンヘラ彼女かよ。


「今から家行くから」

「は?いいよ、来なくて」

「ご飯は?」

「……まだだけど」

「駄目!おばさんに頼まれてるから。じゃ後で!」


子供の頃はおとなしかったのに、最近どんどんお節介になっていく。


彼女が出来たら、きっと関係を怪しまれる。

かと言って冷たくするのも違うし。


いらない心配だ、と自嘲気味に笑う。

恋人ができる気配は、もう何年もない。


◆◆◆


鍋の湯気ごしに彩奈が俺の顔を見てくる。


「……俺、なんか変か?会社でも上司に早く帰れと言われたんだが」

「うん、変」


彩奈が断言する。大きな茶色の瞳に俺が写っている。

艶やかな茶髪のボブがよく似合うこと。


――こんなに可愛いんだから、さっさと彼氏作ればいいのに。


小さい頃から慣れている俺でさえ、気づけば見つめていたりする。

一緒に街を歩くと、男ばかりか女も振り返る。あれは、さすがに気持ちがいい。


「やばいくらい顔色悪いよ。目の隈もひどい」

「そうかあ?」


疲れているのだろうか。自覚がない。


――自覚がないのが一番まずいか。


「良く寝れば大丈夫だろ」


ふと、昨晩の夢の感覚がよみがえる。

あくまでも感覚で、具体的なことは何も覚えていない。


「――昨日、夢を見てさ」

「ん?言ってみ」


彩奈がしたり顔で先をうながす。


「よく覚えてないんだけどさ、なんか侵入される恐怖っていうか。怖いんだよ」

「……それ、あたしのこと?」


――なんだ、その悲しそうな顔は。


「ちがうちがう!今更、お前に侵入されてるなんて思うわけないだろ」

「でも、深層心理では思ってるかも知れないじゃん」

「ちがうって――そうだ、呼ばれてる感じもしたんだよ。探されてる、みたいな」

「ふーん……」


彩奈の作った鍋は美味かった。彩奈は料理も得意だ。

俺はいつもより入念に礼を言った。今度、飯を奢る約束もした。


洗い物は俺が引き受け、マンション前から彩奈をタクシーに乗せた。

彩奈は何やら不満そうだったが、俺は早く寝なければいけないのだ。

明日はしっかりデータを取るんだからな。


さっとシャワーを浴びて、早々にベッドに潜り込む。


時間は23時半過ぎ。

熟睡のコツは0時前に就寝することだ。健康的だろ?


◆◆◆


――冷て。


夜中に目が覚めた。

部屋は真っ暗、まだ深夜だろう。


足元が冷たい。濡れているみたいだ。


――寝小便?まさかな。


その時、何かが動いた――ベッドの中で。


「ひ……」


変な声が出た。

でも、そのせいで少し冷静になる。

自分がいつもの部屋にいることを実感して、安心する。


ところが――


「うわあっ!」


今度こそ、本当に動いた。


ベッドの中に何かいる!


俺は足を体の方に引こうとした。


でも――


動かない!引っ張られてる!


がばりと布団をめくる。


「――っ!?」


息を呑むとはこのことだろう。

心臓も止まったかも知れない。


そこには白い服を着た、黒髪の女がいた――俺のベッドの中に!


女はずぶ濡れだ。

長い髪で顔は見えない。


蝋のように白い手が、こっちに伸びてくる。


「……****……」


女が何か言った。

日本語じゃない。


ズルリ、ズルリと女は這い上がってくる。

細い指が俺の腕に食い込む。


「……***……」


女が腕をぐいと引き、俺はベッドの中に引きずり込まれた。


「がぼッ――!?」


白い泡が暗闇を昇っていく。

水が一気に鼻腔に入ってきて、目の奥に鋭い痛みが走る。


俺は得体の知れない暗黒の中で溺れていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ