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王国の剣と盾

 とにもかくにも、まずこれからのために模範的な学生を演じる必要があるのは確か。つい今し方のような、側付きメイドの声すら聞こえていない、なんて言う失態を演じるわけには参りません。

 なにせ、わたくしはハミルトン公爵家の令嬢。一挙手一投足すら我が御家の評判に繋がるのですから。


 すぅ、はぁ、と深呼吸してまずは落ち着いて――。


「……あら、お久しぶりです。アンネローゼさま」


 聞き覚えのある、しかして吐くとは思えない台詞が聞こえてきて、ぎょっ、と目を見開き驚きそうになるのを堪えます。

 慌てているのを悟られないよう慎重に、かつ素早く声が聞こえてきた位置へ視線を向けました。そこには予想通りの、そしてある意味予想外な子女の姿。


 そこに居たのは褐色の肌で、赤い髪をポニーテールにまとめたわたくしもよく知るご令嬢。ドラクロワ伯爵家のソフィー・ドラクロワの姿がありました。

 もっとも、その顔は慣れない微笑みを浮かべようとしてひきつり、頬が痙攣していました。

 それとなく、周りを確認します。すると、いつの間にかわたくしを観察していたであろう生徒たちの姿が消えていました。

 ……これならば、問題ないでしょう。


「周りに人は居ないようですし、いつもの調子に戻られては? 慣れない敬語と表情で大変なことになってますわよ?」


 わたくしが指摘すると、やっぱりそう? と、でも言わんばかりに苦笑いになりました。そしてすぐにカラカラとした気持ちの良い笑みを浮かべると――。


「さっすが、姐御。話が分かるぅ!」


 我が意を得たり、とばかりに指をパチン、と鳴らしています。

 後ろで、はぁ、とため息が聞こえてきました。きっと、エリスが頭を抱えていることでしょう。


「いやぁ、やっぱりオレってば、堅っ苦しいの苦手でさあ……」

「……ソフィーさま」

「いや、あの、あはは……」


 エリスに詰められ、タジタジになっている彼女。本来の乙女ゲーム。(あか)プリの世界ではわたくし、アンネローゼ・フォン・ハミルトンの取り巻きの一人として登場していました。最後の方ではこちらを裏切り、クロエの方へ付くことになる、というシナリオ展開でしたが……。

 まぁ、この世界へ転生して、いま思うともしかしたら、彼女たちは――。


「…………姐御?」

「うひゃっ!」


 いつの間にか、目の前にソフィーの顔。きらきら、とした青空のような蒼く、勝ち気さを感じさせる瞳。鼻はツンっ、と伸び、しゅっ、とスマートな形。ぷっくりとした唇は適度に湿っているのか、つやつや、と輝いています。

 そんな彼女の整った顔が心配そうに歪み、こちらを見つめています。……というより、前屈みになるのはやめなさい。たわわに実った果実(おっぱい)が、ぎゅう、と潰されてたぷたぷと存在感を主張しています。

 ……あぁ、潰された果実(おっぱい)を見たエリスの顔が、怨敵を見るような鬼気迫るものに……!


「ソフィーさま……!!」

「えっ、あれっ? エリス、ちょっ――!」


 ……あぁ、とうとうキレたエリスが、どこ、とは言いませんがソフィーのものを鷲掴みに。これでもか、と言わんばかりに揉みしだいてますわね……。

 あの娘の()()だって小さい訳じゃないし、形だって良いんですが。それでも仲間内で比べると――将来性も含めて――勝てるのはクロエだけ、ですから完全にコンプレックスになってるのね。


「このっ、このっ! ――こんなものぉ!」

「ちょっ、んんっ! エリ――ひぁ! 痛、ぁ――!」


 ……ちょっと、これは不味い、かな? エリスは気付いてなさそうだけど、ソフィーの声に艶やかな色が付きはじめて……。ここに男子生徒がいたら目と耳に毒といいたくなる状況ですし、いい加減止めないと――。


 ――パコン、と軽く何かを叩く音。って、か――。


「痛っう……!」


 頭が、頭が痛ぁい……!


「まったく、貴女たち。何をやってるの?」

「わたくしは何も……。というか、止めようとしたわたくしまで巻き込まないでっ!」

「あの時点で止めてなかったのだから同罪よ」


 はぁ、とため息を吐いている少女。

 銀髪の長い髪をストレートに伸ばし、全体的にスマートな、スレンダー体型の彼女の名はマリア・エルミナ。エルミナ侯爵家の令嬢であり、原作ではプレイヤーがメイン攻略キャラ、ジュリアン・カルディアを選ばなかった場合。彼の婚約者として登場する娘です。

 また、すべてのルートでクロエを陰から支援する存在でもあり、彼女の援けがあったからこそクロエは原作のわたくし。アンネローゼ・フォン・ハミルトンに勝てた、と言っても過言ではありません。

 もっとも、彼女自身。エンディング後に意味深な言葉を残したことで、ファンの間で物議を(かも)しだしたキャラでもありました。


 ――その台詞とは、『約束、果たしたわよ。アンナ』と。


 そして、アンナとは親しい人がわたくしを呼ぶときの愛称。すなわち、彼女と約束したのは敵対した筈の悪役令嬢。アンネローゼ・フォン・ハミルトンだったのではないのか。ということです。


 ――すなわち、青空の王子と暁のプリンセス。原作としてはシナリオライターですが、作中の設定では、もしかしたらアンネローゼがすべての筋書きを書いたのではないか、という疑惑です。


 その証拠、と言うわけではありませんが今世でもわたくしとマリア。二人は親友、と呼べる間柄です。双方の領地は遠いので、頻繁に遊びへ行く。何てことは出来なかったんですけど。

 それというのも、わたくし。ハミルトン公爵家の領地は王国の東に位置する穀倉地帯。いわばカルディア王国の食糧庫、とも呼ばれる場所です。

 そしてエルミナ侯爵家の領地は王国の北方。さらに北西にはエルフやドワーフ。モンスターの根城が密集しているダンジョン、ならびに原作では設定だけですが魔王と呼ばれる存在が君臨する国土があることから、主に軍事。要塞や武器工場が乱立し、王国の武器庫と呼ばれている場所です。

 そのことから王国ではハミルトン公爵家を王国の盾――兵站や食料事情を管理する、という意味で――、エルミナ侯爵家を王国の剣と呼んでいます。


 この王国の剣と盾。2つの大貴族が協調しているからこそ、カルディア王国は大国として版図を拡大できている、と言っても過言ではありません。

 もちろん、それは王族自体が力を持ち、2つの大貴族を制御できている、という前提があればこそ、ですが……。

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