婚約者候補たちと異母妹
わたくしがそれを知ったのは偶然、いえ、あれはもう必然だったのでしょう。
始まりは知的好奇心からでした。
乙女ゲーム、青空の王子と暁のプリンセス。通称暁プリの主人公、クロエ・クランの攻略対象となるのは五人。メインルートのジュリアン・カルディア以外にエリック・ヴォルフ、ジャック・ヴァレンティーヌ、アルベール・クリスタル、ヴィクトル・ブラッドフォードの四名。
しかも、この四名にはとある共通点があります。それは、すべてハミルトン公爵家麾下の貴族である、ということです。
そして、このヴォルフ、ヴァレンティーヌ、クリスタル、ブラッドフォードの四家。過去にハミルトン家の娘が嫁いだことのある親族衆。
さらに言うと、ゲームの話になりますがプレイヤーが婚約者を選んだ時点でわたくし、アンネローゼ・フォン・ハミルトンの婚約者も変化します。と、言ってもゲーム内でそんな描写がある訳じゃなくて、単純にプレイヤーが選んだ攻略対象の婚約者として出てくる、ということです。
すなわち、どのルートを辿ろうともクロエ・クランとアンネローゼ・フォン・ハミルトンは恋敵となってしまいます。
わたくしはそこが不思議でした。なぜ、絶対に二人は恋敵になるのか。演出上の都合、と言われてしまえばそれまでです。しかし、わたくしはここで生きています。つまり、ここは紛れもない現実。
……結果がある、ということは原因がある。それは当然の話です。ならば、その原因とは……?
――その原因、答えから言ってしまえば、わたくし自身でした。
……ときに、話は変わりますがなぜ現実では近親婚が禁止、忌避されているのでしょうか?
倫理的、というのは今回置いておいて、実利的な部分で言いましょう。単純です、近親婚を繰り返した場合子供、子孫に遺伝的な疾患。あるいは、障害や奇形児が生まれる可能性が高まるためです。
つまり、本来子供を、未来を託す行動である筈なのにそうなってしまえば本末転倒。それを避けるため禁止されています。
……ここまで話を逸らしていましたが、ここからが本題。
わたくしとクロエの婚約者候補たち。彼らには同じ部分があったのは分かるでしょうか?
……そう、カルディア王家、並びに他の婚約者候補たち。そのすべてとハミルトン公爵家は縁戚関係にあるのです。それも、何代に続くほどの。
ここまで言えば察しの良い方は分かるかもしれません。そう、先ほど話した近親婚。それをハミルトン公爵家と攻略対象の五家は繰り返していたということです。
そして、わたくし。というより、本来の公爵令嬢アンネローゼ・フォン・ハミルトンの地頭が良いことは語った通り。それどころか、現実の知識がない状況でそのことへ思い至ることができるほどに。
すなわち、仮にそのまま結婚したとしてそれがハミルトン公爵家のためにならない、原作の彼女は判断したのです。
ですが、だからと言って婚約をしない。という選択肢はありませんでした。
カルディア王家は当然のことながら、ヴォルフ、ヴァレンティーヌ、クリスタル、ブラッドフォードの四家も重要な家だったからです。
そもそもですが、この四家。ゲーム内では四伯爵家と呼ばれ、重要な立ち位置とされていました。
まず、ヴォルフ伯爵家。彼らは優秀な内政家を多く排出しハミルトン公爵家の統治へ貢献していました。
次にヴァレンティーヌ伯爵家。彼らは武断派として知られ、主に兵役。領民は優秀な兵士、領主は前線指揮官として活躍しています。
そしてクリスタル伯爵家。彼らは元々ハミルトン公爵家の御用商人という立ち位置でしたが、彼らが持つ商売の知識、経済の力を取り込むため時のハミルトン公爵が王へ願い、爵位を与えたという歴史があります。
最後にブラッドフォード伯爵家。彼らは少し特殊で対外的には――それこそ、カルディア王家も――普通の伯爵家だと認識しています。しかし、実際には策謀家を多く排出しており、ある時はハミルトン公爵家の相談役。ある時は軍師。そして、ある時は暗部。いわゆる忍者のように情報収集や、場合によっては政敵の暗殺なども行っていました。……まぁ、お父様の代になってから暗殺は行っていないようですが。
と、まぁ、そのように。四伯爵家はそれぞれがハミルトン公爵家にとって重要な、替えのきかない御家だったわけです。
しかし、しかしです。原作の、悪役令嬢のアンネローゼ・フォン・ハミルトンは彼らとの婚約、結婚を良しとはしませんでした。先ほど言った生まれてくる子供の遺伝子疾患、奇形児が生まれる可能性を否定できなかったからです。
そのため、白羽の矢を立てたのが異母妹のクロエ。彼女も間違いなくハミルトン公爵家の血を引き継ぐ私生児。しかも、お父様――原作の方でもそうでしたが――は相手。妾にした女性がクラン伯爵家の血筋だと知りませんでした。……あるいは、あえて目を瞑っていたのかも知れません。なにせ、クラン伯爵家が反旗を翻したのは先々代の頃の話。恩赦を与えてもおかしくはないでしょう。
特にお父様とエリスがお祖父様と呼んだセバスの仲は良好。それもこれも、お父様が家を継ぐ前。教育を任されていたのは件のセバス自身。
わたくしにとってのお祖父様。先代ハミルトン公も思い切った選択をしたものですが、それほどにセバスの能力が優れていた、ということでしょう。それこそ嫡男の教育係に任命するほどに。
セバスの家。アルフォード男爵家が反旗を翻したクラン伯爵家の家臣、ハミルトン公爵家からすると陪臣であることを惜しい、と考える程には。
その結果、ハミルトン公爵家はお父様の代でさらに栄えることに。…………まぁ、少なからずわたくしもそれに関わっていますが。
それはともかくとして、あるいはそういって信頼していたセバスの紹介だから女性に、クラン伯爵家の血筋だと知らずに手を出した。という可能性もあり得ますけど……。
ま、そこは重要じゃないので良いでしょう。重要なのはクロエ・クランという程よく遠くなった血筋の娘がいる、ということですから。