三ツ者衆
ルーシーはあの後、わたくしの質問へ良く答えてくれました。なにしろ、西方の有力貴族だけではなく、零細。それこそ、貴族位に就いてはいるものの、実態は限りなく平民に近い貴族のことまで教えてくれました。
正直、これにはわたくしも驚かされました。……まぁ、そんなわたくしを見てどや顔をしていたルーシーは可愛かったですが。
ともかく、これで情報は集まりました。後はこれをどう有効活用するか、ということですが……。
情報を聞き出したのち、しばし談笑してルーシーを帰らせると、わたくしは情報を元に、色々なことをさらさらと紙に書き出していきます。
「これで少しでも時短になれば良いのですが……。しかし、手書きというのも不便ですわねぇ」
なにしろ、この世界にタイプライターはもとより、印刷機やパソコンなんてものは望むべくもありません。そんな状態で同じものをいくつも用意するのはさすがに面倒くさいです。
……必要なのでやりますが。
「…………お嬢さま?」
「わ、ひゃぅ……?!」
びっくりした、急に後ろから話しかけられたから、思わず身体が跳ね上がりました。……良かった、どうやら書き損じはしなかったようです。
ホッ、と息を吐き出すと後ろを見ました。そこには、苦笑いを浮かべるエリス。そう言えばそもそも同室ですし、退室も促した覚えはありませんでした。
しかし、エリスが集中している時にわざわざ話しかけてくるのはどう言うことでしょうか?
「あの、お嬢さま。必要ならわたしがしますけど……」
どこか言いづらそうに提案してきました。……そういえば、この娘。魔法による時間停止ができるから、止まった時間で書き上げてしまえば、時間の節約にはなるのよね。あくまで、時間が経過しないだけで手間は掛かるのだけど。
……まぁ、それでも時間が短縮されるのは事実で助かるのよね。それにこれ、別にメモという訳じゃなくて、書き終わった後のことを考えるとむしろ、エリスの手にあった方が良いまであるし……。
そこまで考え、頭の整理をしたわたくしはエリスへ後は託すことにしました。
「それじゃエリス、お願いできます? あぁ、それと――」
一瞬にして指に握っていた筈の羽根ペンの感覚がなくなりました。そして、目の前にあった筈の紙の山も……。
「――急いでする必要は……。って、もういないじゃないの」
思わず、がくりと肩が落ちました。相変わらず変なところで忠義心あふれる娘なんですから。一応、あの紙をどこに持っていくか、あの娘なら分かっているでしょうけど……。
心配する必要ない、と思いながらも万が一を考えて心配してしまう。自身の事ながら、難儀な性分にため息が漏れてしまうのでした。
お嬢さまから仕事を受け取ったわたしは自身の魔法である時間停止も使い手早く内容を書き上げると、次の行動に移りました。
「さて、書いていた内容は4通。いつものところに持っていけば問題ないようね」
しかもそのうち3つはほぼ同じ場所へお届け。それというのも、その3つはお嬢さま。アンネローゼさまが抱える私兵集団、というのは聞こえが悪いですか。配下の者たち宛です。それに――。
「……彼らとの連絡役の筈のわたしが、なぜか実質的なトップになってるのは何かの間違いだと思うんだけど」
はぁ、と思わずため息が漏れます。そう、なぜかお嬢さまはわたしにその私兵集団の統率を任せているんです。
まぁ、統率といっても、実際にはちゃんと率いる長がいて、わたしはお飾りみたいなものなんですけど。
その私兵集団の名は三ツ者衆。主に情報収集、間諜とでも言えば良いでしょうか。それを専門とする者たちです。
……ハミルトン公爵家は既に間諜としてブラッドフォード伯爵家を従えているのに、なぜ別の組織が必要なのか?
それは一重に、ブラッドフォードがハミルトンお抱えだということにあります。
それならば問題ない、と思われるかもしれませんが、このハミルトンお抱え、というのが問題になりまして……。
「あくまでお嬢さまはハミルトン公爵家令嬢。ご当主ではないんですよねぇ……」
少し憂鬱になって、頬に手を当てると、はふぅ、とまたため息が出てしまいました。
確かにお嬢さまは女の、しかもまだ令嬢の身でありながら公爵閣下。ハミルトン公爵家当主、ルキウス・フォン・ハミルトン閣下から内政に辣腕を振るう権限を与えられておられます。
そのこと自体驚くべき事です。ですが、それとブラッドフォード伯爵家を使うことはまた別の話。いくらお嬢さまとはいえ、頭ごなし。横紙破りのように伯爵家へ命令できる権限なんてありません。
ですが、何をするにも情報が必要なのは間違いないことです。それゆえ、独自に動かせる駒が必要でした。
「もっとも、ルキウス閣下はその辺り、理解されておられたわけですけど……」
実際、最初からお嬢さまに請われれば、ある程度の権限を委譲するつもりだったそうです。ですが、まさかの自身の私兵設立。しかも、ハミルトン公爵家の常備兵を設立するついでに捩じ込まれたことで唖然とされていました。然もありなん、という話でしょう。
「さらに教育はブラッドフォード伯爵家に一任するという徹底ぶり。お爺さまも頭を抱えたと言いますし……」
まぁ、少なくない費用を返礼として、私費でブラッドフォード伯爵家へ納めたので、あちらからすると、臨時収入が入ってホクホク顔だったそうですが。
「それに、それだけじゃないんですよねぇ……」
公爵家の常備兵は貴族の家を継げない、また入婿できない次男、三男や、平民でも同じように耕作地を継げない子供たちの受け皿となっている訳ですが、お嬢さまの私兵は違います。そんなことをすると常備兵の兵力が減ってしまいますからね。
だから、お嬢さまが目を付けたのは――。
「よりにもよって奴隷……。しかも若ければ若いほど良いけど、大人だろうと問題なく買い取る徹底ぶり。まぁ、そのお陰で副次効果もあったのは意外――。いえ、お嬢さまの事だから計算の内だったのかもしれませんね」
なにせ奴隷として売られた身。逃げ出したところで行く宛もなく野垂れ死ぬのが関の山。仮に生き延びたとしても野盗として周囲の治安を悪化させるので、討伐軍を組織する必要があるなど、余計な費用がかかります。
それに比べれば訓練は厳しいとはいえ、きちんと衣食住が確保でき、給金まで手に入る。さらにちゃんと働けば奴隷からも解放されるとなれば、どちらを選ぶかなど考えるまでもありません。
それ以上に悪辣なのは――。
「子供の奴隷なんて、その生き方しか知りませんからね。そこに忠誠心を教育すれば……」
まさしく鋼の結束を持つお嬢さま至上主義の軍団の出来上がり、です。そうなれば、もはやお嬢さまを裏切る、などと考える不届き者なんて現れる筈もありません。
「それこそ、裏切ろうとすれば仲間たちによる私刑が待ってますから」
それはともかく、お嬢さまは彼らを使って何かをしようとしてるのでしょう。その何かが何なのか、は分からない、というより分かりたくないですが……。
「あまり、お嬢さまにそういう汚い手を使ってほしくないんですけど……」
考えられる可能性は西方貴族と友誼を結ぶ、あるいは後ろぐらい部分を見つけて、こちら側に付くよう脅す。そんなところでしょう。
まぁ、そちらは結局彼らに任せてしまえば良いでしょう。それより、わたしが今すべき事。それは……。
「ふぅ……」
呼吸を整えるとともに魔力を体内に巡回させる。全身がぽぅ、と輝く。足下に複雑な紋様が描かれる。わたしが本格的な転移。長距離、超長距離を移動する時、補助として使う魔法陣だ。
思い描くは懐かしき――というにはよく見た景色。ついこの間まで暮らしていたハミルトン公爵家領。懐かしき我が故郷。
「……ジャンプ」
その言葉とともに、一瞬の浮遊感。そしてわたしの意識もまた反転したのでした。




