派閥を越えて
さて、取り敢えずの用事を終わらせ、今は部屋にルーシーが来るのを待ってる……と、言うよりエリスを使いに出しているわけですが……。
「もうなんだかんだで、ここに2ヶ月暮らしてるわけですが、未だ慣れませんわねぇ……」
部屋を見渡して嘆息します。
なんというか、部屋。というのは間違いないのですが……。
天井を見ると、豪華なシャンデリア。壁を見ると、いかにも金が掛かっていそうな絵画やシックな家具。そして、いまわたくしが腰掛けているのは天蓋付きのキングサイズベッド。
いったい、どこのロイヤルスイートなのか、と突っ込みたくなる有り様。これが個人の部屋――一応、世話役としてエリスと同室ですけど――とか、なんの冗談なのか……。
「むしろ、冗談の方が良かったのですけど、ね……」
思わずまた、はふぅ、と嘆息が漏れる。いくらなんでも、こんなことになるとは想像もしてなかった。とはいえ……。
「3割、いえ。半分くらいは自業自得、なんだけど。いや、でも。こんなことになる想像しろ、なんてのが無理でしょうに……」
なんというか、本当に想定してなかったのだ。いくら、生徒は平等というのが建前でしかないとはいえ、まさかここまであからさまに媚を売ってくるなんて事態は。
「こんなことになると分かっていたら、資金援助じゃなくて、別の方法を模索してましたよ」
そう、資金援助です。もともと学院に通うあいだ、色々な工作を行うつもりでありましたから、便宜をはかってもらうつもりで、ハミルトン公爵家名義の資金援助を行わせていました。もちろん、わたくしが勝手に、なんて事はなく、ご当主であるお父様の手によって、ですが。
……いくら、わたくしが色々な内政での功績をあげて税収を増やしていたとはいえ、お父様を説得して学院に資金援助。悪い言い方をすれば袖の下を渡すよう、話を付けるのには本当苦労しました。もともとお父様は、そういった政治的な駆け引きがお嫌いな方ですし。まぁ、あくまで嫌いなだけで、出来ないというわけではないのですが。
でなければ大貴族。ハミルトン公爵家の家長を継ぐこと叶わず、最悪御家断絶になっていたことでしょう。まぁ、それだけ考えればお父様がちゃんとしていて良かった。と言うところでありますが……。
「まぁ、そこを考えていても仕方ないですね。それよりも――」
それよりも重要なのは、ルーシーに力を借りたいという事柄についてです。
なにしろ、動くのが早ければ早いほど良い、という案件ですし。そうでなくとも、こちらの動きが遅ければ最悪、カルディア王国が詰んでしまいます。……早い話が滅亡しかねない、ということです。
以前、わたくしが暁プリというゲームは二部構成である、ということは話したと思います。その第一部でわたくしこと、アンネローゼ・フォン・ハミルトンは婚約破棄されるわけですが、その後断罪されたり、ましてや処刑されたりなんて事はありません。
……恐らく、ですが。この婚約破棄。出来レースだったのではないか、と予想しています。
そも、今回の婚約。当たり前の話ですが王家と公爵家の間で取り決められたもの。当然の話ながら、わたくしやジュリ坊が騒いだところで、本来簡単に解消できるようなものではありません。
なにしろ、この婚約は恋愛的なものではなく、王国内に於ける政治的判断によるもの。それを好いた惚れたで解消されていては、最悪、国が崩壊しかねません。
そういう重要なものなのです、本来は。だからこそ、わたくしも代役として異母姉妹のクロエ。彼女を用立てようとしているわけですから。もちろん、彼女の幸せも考慮して、の判断ですけどね。
……と、少し脱線してしまいました。それはともかく、婚約破棄が成立した後、わたくし。ゲーム、あるいは史実のアンネローゼ・フォン・ハミルトンはどうなったか。
それは、とある僻地へ飛ばされ、領地の開拓に従事していました。その僻地とは、アルデン大森林。王国の西方に位置する巨大な森林地帯です。
そして、このアルデン大森林。こここそが重要となります。なぜなら、暁プリ第二部で判明することですが、王国の西方。ちょうどアルデン大森林を抜けた先に帝国、と呼ばれる巨大国家があるのが分かります。
その国力は王国と同等、ないしわずかに上回る程度、なのですが……。
問題はその立地。なにせ、帝国の首都。帝都は大森林を抜けたすぐ側にあるのです。
なぜ、そんな状態なのに、帝国が大森林方面に拡張しないのか。それは、帝国の西方に小国家郡があったから。
もしも、国家郡を無視して大森林方面に拡張しようとした場合、背後を攻められる恐れがあります。なので、先にそちらを併呑する必要がありました。
……メタ的なことで言えば、単純にプレイヤー国家である王国が拡張する時間を与えるモラトリアム的設定、ということです。
事実、小国家郡。ならびにアルデン大森林を開拓した帝国の国力は王国の倍以上になり、シナリオの都合上、最終的にどうしても敵対関係になるので、そうなってしまうと王国では太刀打ちできません。これが、先ほど王国が詰む、と言った理由です。
なので、可能な限り早くアルデン大森林方面に領土を拡張する必要があります。国力的な意味でも、国防的な意味でもです。
「まぁ、そう言ってすぐできるのなら、なんの問題もないのですが……」
頬に手を当て、嘆息します。……ため息が漏れてばかりですね。古人曰く、ため息をすると幸せが逃げる。らしいですが、実際は幸せが逃げてるからため息が出ているのだと思います。
それはともかく、いくらわたくしが東方の有力者。ハミルトン公爵家の令嬢であるとはいえ、さすがに西方の貴族へ干渉することは難しいです。なにしろ、西方は西方で派閥があるのです。
そこでハミルトン公爵家が無理やり進駐してきたら、徒党を組んで反抗されるのは火を見るより明らか。
そのため、まずは西方貴族と誼を通じる必要がありました。その鍵となるのが、ルーシー。ルーシー・セント・クレアというわけです。
――こん、こん、こん。
……どうやら、考え込んでいるあいだに到着したようです。
「お嬢さま、ルーシーさんをお連れしました」
「エリス、ありがとう。内に入ってもらって」
「……失礼します」
がちゃり、と扉が開きエリスの姿が見えました。その後ろには、斬新すぎる部屋を興味津々の様子で覗いている目的の人物、ルーシー・セント・クレアの姿もありました。
「良く来てくれたわね、ルーシー」
「……ん」
控えめに、こくり、と頷いたルーシー。
わたくしは、セッティングしていた席へ案内すると同じく席へ座る。
「エリス、帰って早々悪いけど、お茶を用意してもらえる? ……あぁ、急がなくても良いからね」
念のため、エリスへ指示を飛ばします。言わなくてもエリスは用意するとは思いますが、先に言っておかないと、時間停止の魔法を使って一瞬で持ってきますからね。
わざわざ、お茶を淹れるためだけに使うような魔法じゃないですし、こちらとしても落ち着かないのです。
さて、エリスが用意している合間に用事を済ませてしまいましょう。
「さて、ルーシー。早速、お願いの話をしても良いかしら?」
「……アンナさま、せっかち?」
首をかしげて、そう告げるルーシー。その指摘にわたくしは苦笑いになります。決して、せっかちというわけではないのですが……。
わたくしが苦笑いを浮かべると、ルーシーは、ふっ、と表情を和らげる。
「……冗談」
「あなたねぇ……」
頬がひきつってるのを、いやでも感じます。。本当、この娘、良い性格しています。
そこでようやくルーシーの顔に真剣身が増します。
「……それで?」
言葉っ足らずな問いかけ。他の、ルーシーをよく知らない人間だと、ちんぷんかんぷんでしょうが、こちらはもう何年も交流を続けているのですから、どういう意味なのか理解できます。
「あなた、国内の貴族相手だと、ほぼ顔が利くでしょ?」
「……うん」
わたくしの問いかけに肯定するよう、首を縦に振りました。ならば、わたくしがお願いすべきはただひとつ。
「実は、王国西方の貴族を紹介してほしいのです」
わたくしのお願いに、ルーシーはなんで? と首をかしげていました。




