最後の取り巻きと、青空の王子と暁のプリンセスという<現実>
わたくしと腕を組んで満足げにしていたレア。だけど、なにか思い出したのか。そう言えば、と声に出していました。
「そう言えばアンナさん。ルーちゃんも会いたがってたよ?」
「ルー? ルーシー・セント・クレア?」
「そうそう。というか、なんで名前全部言ったの?」
こてん、と首をかしげているレアは置いといて。レアが言ったルーシー・セント・クレア。彼女こそが原作暁プリでのわたくしの取り巻き。ソフィー・ドラクロワ、レア・ジョーダンに続く三人目。そして同時にエルミナ侯爵家麾下の貴族でもあります。
とはいえ、彼女の家系。セント・クレア家は少し特殊な貴族。と、言うのも本来セント・クレアは聖職者の家柄、だったのですが……。
良くも悪くも宗教というのは権力の土台となりやすいもので、例に漏れず、彼女の家もカルディアに一定の影響力を得ていました。
そして、それを嫌った王国上層部はセント・クレアに首輪を付けることを考えました。それが、貴族への受勲。いわば飼い殺しだったのです。
「でも、あの娘。ここに来れるの? たしか、少し前にも駆り出されてたって、マリアから聞いてるけど」
ですが、飼い殺しだけだと芸がない。まぁ、品のない言い方をすれば骨の髄までしゃぶろう、と言うわけです。そのため、セント・クレア家に何をさせるか?
それは簡単でした。一言で言えば彼女たちの聖職者としての人脈、それを使おうとしたんです。つまり、顔の広さを利用して外交官に仕立て上げた、と言うわけです。
世界が、理が違えど人は人ということなのでしょう。もっとも、当のセント・クレア家の人間はそこまで気にしてないようですが。
そんなセント・クレア家の令嬢であるルーシーですが、彼女は既に僧侶兼外交官見習いとして各地、とはいっても王国内を忙しなく飛び回っています。
それは彼女が優秀だから――というだけじゃなくて、単純にセント・クレア家の人手が足りない、という世知辛い問題がありました。
なにしろ、先ほども言ったようにセント・クレア家は宗教家。いわば一般から貴族へ引き上げられた身。総じてこういう御家は親族衆が弱い――この場合は親族が少ないの意――です。
しかも、それでいて外交などという重要な仕事を任せられていることから、下手な者を使うわけにはいきません。それこそ、手酷い失敗をしようものなら、一族が連座で縛り首、というのも十分あり得る話です。
なので、年若いルーシーはまず経験を積むため、国内で折衝、という形で仕事を任せられてます。
……まぁ、さすがに陛下も縛り首を許すとは思いません。なにせ、それをやればエルミナ侯爵家と我がハミルトン公爵家を敵に回すことになります。
なにしろ、首輪を付けた飼い主はエルミナ侯爵家で、ハミルトン公爵家、というよりわたくしとも親交があります。その状態で無理やり横紙破りをやろうものなら、我らの面目は潰されたも当然。いくらカルディア王家とはいえ、いえ王家相手だからこそ落とし前を付けなければなりません。そうしなければ、王家が力を持ちすぎてしまいます。
もっとも、中央集権化するにはそれが好都合なのですが、それをやるのはいまではありません。
なにせ、それをやってしまえば……。最悪、婚約破棄が出来なくなってしまいます。そうなってしまえば、こちらの戦略は前提から瓦解してしまいます。
……時に、以前。乙女ゲームであるこの世界のif、青空の王子と暁のプリンセスが色物だ、と言ったのは覚えてますでしょうか?
今回、それが少なからず関わってきます。と、言うのもこのゲーム。実は、二部構成なのです。
第一部が、普通の女性向け恋愛ADVなのですが、問題は第二部。
二部ではなんと攻略した対象によってゲーム制が変わります。例えば、メイン攻略対象であるジュリ坊であれば国家を運営し、領地を開拓。また近隣の国家相手に戦争を起こして領土を拡張する箱庭内政式の国盗り戦略SLG。
軍事色の強いジャック・ヴァレンティーヌであれば、どこぞのロボットたちの夢の祭典や、キャラが撃破されるとそのままロストしてしまう聖戦なゲームよろしく、ステージクリア型の戦術SLG、といったようにです。
そんな感じでいったいどこをメインターゲットにしているのか、まったくもって意味不明なのが青空の王子と暁のプリンセス、というゲームなのです。
……いったい、担当者はどうやってこのゲームの企画を通した、というより通せたのでしょうか?
それはともかく、現時点で王家が力を持ちすぎると婚約破棄の工作を行うことが出来なくなってしまいます。つまり、わたくし主導で国盗り戦略を行うことになってしまいます。
これが前世、ゲームだったらなんの問題もない――というより、それ目当てでゲームを買ったので、むしろもろ手を挙げて歓迎します。
ですが、ここは現実。それをやるとクロエの、腹違いの妹の立場が悪くなります。なにせ彼女は市井に落ちたとはいえ、お父様。ハミルトン公爵家の血を引く庶子。しかも、もう半分はかつて反乱を起こしたクラン伯爵家の血筋なのです。
それが世間にバレてしまえば、あの娘やその母親を処分するしか道がなくなります。まかり間違っても、そのような選択をするわけにはいかないのです。
なので、現状はどうしても王家とこちら側の勢力を拮抗、ないしはこちらを優勢にしなければなりません。そうしなければ、王家に工作するのも難しくなります。
また、その時に力を借りなければいけないのがセント・クレア家。なんと言ってもその立場が良いのです。
こちらと仲が良いがエルミナ侯爵家麾下という別派閥かつ、外交官でありこちらと適度に離れた距離である、という絶妙なバランスに存在する御家が。
……そう考えると、彼女がこの学院に通うのはむしろ僥倖ですわね。工作、というより手回しがしやすくなりますし。
「……まぁ、わたくしもあの娘と久しぶりに会いたいですわねぇ」
その方が都合は良いですし。そう思って、ぽつり、と呟いたのですが……。
「……もう、いる」
「えぅっ……!」
「きゃっ……!」
ぼそり、と聞こえた声で思わずわたくしたちは飛び上がりました。そして、声が聞こえた方を見ると、そこには――。
「やほっ……」
緑色の髪をポニーテールにしてなお腰まで届く長さで、全体的にスレンダーでありながら、それなりに肉付きの良い身体。そして、顔は感情を感じさせない無表情な少女。
プレイヤーの間では電波系だの、無口系だの言われていたセント・クレア子爵家令嬢。ルーシー・セント・クレアの姿がありました。




