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第20話 さらに加速する妄想

 放課後。マレーゼは寮には帰らず、学園の研究室を目指していた。夕陽の差す廊下を、神妙な顔つきで歩く。


 扉の前に立つと、中には人の気配があった。


 軽くノックして「マレーゼです」と告げると、「入って」と返ってくる。


 引き戸をずらすと、いつも通りフードを被ったアリエル学園長の姿があった。


 ちなみに最近はマレーゼもフードを被るようになっていた。これはマレーゼにとって「仮面の男」の秘密を知る者の共通点であり、「仲間」の証であった。


「ロミオンはどう?」

「今日も授業を休んでいます」

「行先は?」

「冒険者ギルドでリベリウス様と一緒にいるところが目撃されています」

「やっぱりね……」


 アリエルは口角を上げてニタリと笑う。その手には見慣れない本があった。表紙には裸になって絡み合う二人の男の絵がある。


「その本は?」

「異世界から落ちてきた人が所持していた本よ。BL漫画というらしいわ」

「BL漫画……」

「異世界では美しい男同士が愛し合う様子を見て『尊い……』と呟くのが、淑女の嗜みだそうよ」


 ぽっとマレーゼの頬が赤くなる。


「そんな……!? ロミオン君がリベリウス様と……!?」

「ふふふ。二人はモンスター討伐の依頼を受けて森へ行き、きっと野営をするでしょう。テントは一つ。夜になれば気温は低くなり、人肌恋しくなる……」

「や、やめてください……!!」


 感情をぐしゃぐしゃにて、マレーゼは更に紅潮する。


「しかし困ったわ。陛下になんて報告しようかしら」

「陛下に?」

「そうよ。私、陛下から『ロミオンが何を求めているのか探ってくれ。帝国はそれを与える。何としてでも、手懐けるのだ!』と命じられているの。でも、リベリウスは自由気ままなS級冒険者。いつ、帝国を後にするか分からない……」


 やっと赤みが引いた顔でマレーゼは悩み始めた。


「そもそも、リベリウス様は何故帝都にやってきたのでしょう?」

「帝都で魔人が大量発生したからじゃない? S級冒険者は冒険者ギルドの緊急要請に応じる義務があるから」

「となると、ますますリベリウス様が帝都に留まる理由がないですね……。一晩の契りを交わすと行ってしまうかも……。そしてロミオン君はリベリウス様を追いかけて、帝国を後に……」


 最悪の事態を想定し、マレーゼは顔を白くする。


「あまり余裕はなさそうね。とりあえず二人の行方を追いかけるわよ」

「でも、どうやって?」


 マレーゼの疑問に対し、アリエルは板状の魔道具をもって答えた。


「これは魔力反応を検知できる魔道具なの。ロミオンの魔力は膨大だから、すぐに分かるはずよ」

「なるほど」

「さぁ、急ぐわよ。マレーゼは身体強化魔法、得意かしら?」

「それなりに」


 二人は身体に魔力を廻らせると、もう薄暗くなり始めた帝都を駆け抜けていった。



#



 帝都からほど近い森。薬の素材となる植物が大量に生えていることもあり、採取ポイントとして冒険者に人気がある。


 ただ、魔物の数も多い。冒険者ギルドでは森の魔物の討伐依頼が常時張り出されており、駆け出しの冒険者の食い扶持となっていた。



 もう陽が落ち始め、多くの冒険者達が帝都への帰路を急ぐ中、全く時間に頓着しない様子で魔物と戦う少年の姿があった。


 少年の後ろでは偉丈夫が腕組みをしてその様子を眺めている。


「ロミオン。また身体強化魔法に頼っているぞ」

「すみません!」


 珍しいことに、ロミオンは短剣を構えてゴブリンと戦っていた。【テリトリー】を展開し、魔法を放てば一瞬で決着がつくにもかかわらず。


「破ッ!」


 ゴブリンの棍棒を半身になって躱したロミオンが、逆袈裟に短剣を斬り上げた。少し浅いが、緑の小鬼を怯ませるには十分。


 自分の血を見て慌てるゴブリンの首に剣先を突き立て、ロミオンは勝利した。


「うーん。まだ、駆け出し冒険者に毛が生えたようなものだな」


 剣聖リベリウスの言葉に、ロミオンは奥歯をぐっと噛んで悔しそうにした。


「魔法で戦えば魔人にだって楽勝なのに、なぜ剣にこだわるんだ?」


 ロミオンから魔人討伐の話を聞いていたリベリウスは、心底不思議そうに尋ねた。


「俺は! 剣も魔法も使えるようにならなければいけないんです!」


 ロミオンが思い浮かべるのはおとぎ話の中のエルフの英雄の姿。様々な魔法と巧な剣術で、あらゆる種族間の問題を解決する存在。


 魔法については自信を持ちつつあるロミオンだったが、剣術についてはからきし駄目。自分でも自覚していた。


 エルフの英雄に近付くには剣について修練を重ねなければならない。そんな焦りを感じていたときに、突然現れた剣聖リベリウス。


 ロミオンが瞳を輝かせたのは当然のことだった。


「剣も魔法も使えるように。か……」


 リベリウスの脳裏に浮かんだのはある英雄職。剣も魔法も使え、あらゆる邪悪なものを退ける存在。【勇者】だ。


 もしロミオンが勇者の職を授かっているのならば、その身体のどこかには必ず【英雄の紋】がある筈。常にローブを纏い、フードを被っているロミオンが肌を外に晒すことはほとんどない。


 そのことが、リベリウスの中で「ロミオンは【勇者】であることを隠しているのでは?」と考えさせる要因となっていた。


 ロミオンが隠そうとしているのは「自分がエルフの末裔である」という事実(思い込み)だったのだが……。


「よし! 来い!」


 ゴブリンを見付けたロミオンは、短剣を正眼に構えて待ち受ける。


 リベリウスはロミオンを品定めするように、じっと観察し続けた。

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