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鼓動

 私の泣き声をラジオがかき消すから、最初からこの恋は無かったみたいに思える。


 


 午前二時、私は下北沢の自宅アパートで一人窓から夜空を見ていた。東京でもこんなに星空が見えるなんてお父さんもお母さんも教えてくれなかったよ。東京は冷たいっていうのもおおむね嘘だったよ。あとデビューするのに下北沢に住むのは必須じゃなかったよ。


 ラジオから私が歌う音楽が流れる。今月発売されたメジャーデビューシングル。あー、京ちゃんと一緒に聴きたかったな。結局私がデビューしてから一度も一緒には聴けなかった。いや、聴いてくれなかった。


 


 京ちゃんと出逢ったのは下北沢の老舗ライブハウスで、有名人を多数輩出している箱だった。シンガーソングライターの私と京ちゃんが対バンした夜だった。


 京ちゃんはリハに来なかったから本番で初めて私は演奏を聴いた。アコギでじゃかじゃか弾き、誰もが印象に残っただろうっていうハスキーボイスで歌う。私はその声に一目惚れした。いや、一聴き惚れしたの。だってこんな声の人に出逢ったことが事が無かったから。


 その日のライブが終わって、京ちゃんは私の音楽を褒めてくれた。盛り上がったからじゃあ一杯やりませんかって事になって、楽器が弾けるバーで乾杯して、アコギとアコギでセッションした。京ちゃんって凄いの。だって、歌もあんなに歌えるのにリードギターも上手いんだ。


 なのになんで世界に認められないんだろうね。不思議だよね。その日のライブ、京ちゃんのお客さんは一人もいなかった。SNSで告知してるのにね。厳しい世界だよね。あー、そういうことを、お母さんは「東京は冷たい」って言ったのかなあ。


 京ちゃんと朝まで語り合った。新聞が配達される時間まで飲んだのなんて私は初めてだった。お母さんに東京は怖いって言われてたから朝帰りは避けてたんだけどついにしてしまった。全然Hな方向にいかなくて、本当に紳士だなと思ったの。


 多分その時からかな、私が京ちゃんのこと異性として見るようになったのは。私は自分が出演しない時でも彼のライブを観に行くようになった。今考えるとそれが女性ファン奪ってたのかもしれないけど、私はそれでも京ちゃんに会いたかったから観に行ってた。もう歌を聴きに行くのが目的じゃなかったんだよね。ミュージシャンのくせに、そんな精神になってしまってた。


 終わったら京ちゃんの歌を沢山褒めながらバーで酒を呑み、セッションする。それがいつからだったか、バーが私の家に変わった。


 朝までキスして、抱き合って、濡れて。そんなのが定番になってた。


 いつからか入りびたるようになって、家に帰らなくなって、一緒に暮らしてたね。


 レジ打ちのバイトから帰ったら、壁が薄いアパートだから小さな音でアコギを弾いて歌ったね。たまに大家さんに怒られたりして。


 お金は無かったのに輝いてたなあ。絶対に売れようねって毎日話してた。




 ねえ、京ちゃん、私の事好きだった?


 そう聞いてももう京ちゃんいない。


 聞けるときに聞いておけばよかった。好きだと伝えれば良かった。




 京ちゃんに恋をしている間、私の鼓動は規則正しくビートを刻んでいた。ずっとずっとこの時間が続くと思って安心してたから。


 でも私がライブハウスでスカウトされてデビューが決まったと伝えた時、京ちゃんは物凄く不機嫌になって、この家を飛び出した。


 それ以来半年もう京ちゃんは帰って来ていない。


 ライブはしているらしい。SNSで告知を見る。ライブ会場に行ったら会える。でもそれはしてはいけない事な気がする。京ちゃんの意思で帰って来なければ意味が無いのだ。


事務所の方針で今月末であのアパートを出て、マンションへ引っ越から、もし京ちゃんが帰って来てももう私はそこにいない。


 でも、戻って来なくて良いと思う。私達にはそれが正解なんだ。


 外に出て気分を変えるために駅前まで散歩する。でも景色を見れば見るほど京ちゃんのことばかり思い出してしまう。恋しくなって涙が溢れた。街灯の光で涙が輝いた。




  これから先の人生に京ちゃんがいればよかったのに。好きだった。


  でも私は歩みを止められない。






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