この世界は汚れている
一話:正義のヒーローになりたかった。
ビルの屋上から町を見下ろしていると背後から黒塗りのナイフが首筋に迫っていた。
またかと思いながら俺はビルなどの光でできた薄い影から数本の三角錐状の鋭く尖った物を出現させた。それは相手を串刺しにし絶命したであろう暗殺者を飲み込んだ。
後には血の一滴も残さず影に飲まれ何も残らない。
なぜ俺がこのような状況に陥ったのか。それは九年前にまで遡る。
それは、俺が両親を殺す前のこと。純粋で物心がつく前の七歳の頃の話だ。
ー〇▲□×ー
「お母さん俺、誰かを守れる正義のヒーローになりたい」
俺の両親の仕事は医者だった。表向きは。当時の俺は正義のヒーローに憧れていた。だから人の役に立つ両親を正義のヒーローのように思っていた。
「なら色々なお勉強や、人を守る為の力を身につけないとね」
「わかってるよ。正義のヒーローは完全無欠じゃないとだめだからね」
そう言うと母さんは笑った。とても嬉しそうに、そして朗らかに。
「白夜、そろそろ勉強の時間だ」
父さんに呼ばれ俺はある一室に向かう。中は照明もないのに明るく辺りが白一色の部屋だ。その中心にある机の前に父さんは一人立っていた。室内は広く、この部屋は白い宮殿と呼ばれていた。
ノウブルは外の世界との時間軸が違い一時間が外の世界での一分と同じなのだ。
俺が席に着くと父は数学、国語、理科、社会、政治、経済、語学、心理学などあらゆる分野を教える。教科ごとに十分の休憩はあるが当時の俺にはきつかった。だが正義のヒーローになるという夢を叶える為に俺はとにかく頑張った。
この後は、魔法と武術の授業だ。正義のヒーロー強くないといけないため、意欲的に取り組んでいた。
両親は医者としても優秀だったが、魔法師としても優秀だった。そんな二人から生まれた俺もまた優秀だったと言えるだろう。
魔法師は世界に魔力を使い干渉し、世界の法則を一時的に書き換えることができる。それは使用する魔力量によって効果や範囲が変わり、自身に掛ける身体強化魔法や自身の周囲で発動する属性魔法は比較的に少ない魔力量でできるが、空間に作用する魔法は属性魔法よりも多く魔力を使用し、結界などをはる魔法も結界の大きさに比例し使用する魔力量が増える。
「わかっていると思うが殺すきで来なさい。でないと私を倒す事はおろか、触れることすらできな」
父さんのこの言葉は冗談ではなく事実だ。本気で殺しにいったとしても、俺の攻撃が当たる可能性はゼロに等しいレベルだ。
俺は一度大きく深呼吸をして父さんに向かい全速力で走り、刀を抜刀する。
それを父さんは自然な動きで避け、父さんの蹴りが脇腹にはいり飛ばされ壁にぶつかり止まる。
意識が朦朧とするなか、目の前に剣が振られているのを捉え咄嗟に刀を盾にガードし、炎系の初級魔法【火球】を放つ。
父さんは一度後退するが今ので十回は俺を確実に殺すことができた。
冷や汗を拭い口に上がってきた血を吐き捨てもう一度父さんに切りかかる。
「攻撃が単純だ。もっと相手の動きを予測して自分に有利な状況を作れ」
刀と剣が一秒間に数百とぶつかり合い火花が散る。だがこれは本来ならば有り得ない。これはあくまで父さんが俺の攻撃に合わせているだけであり、断じて拮抗してはいない。
「刀だけで相手を倒そうとするな。体全体で攻撃しろ。そうすれば相手の意識を拳や足にも向かわせられ相手の思考量が増え隙を作りやすくなる」
父さんはそう言うと剣を振り下ろしてくる。
俺は咄嗟に左に避けた。その瞬間、俺の胸にに父さんの左拳が入り鈍い音がなった。
父さんの殴打による攻撃で肺に肋骨が刺さり、血を盛大に吐く。
「まだまだ基礎が足りていないな。一つ一つの動きに対処しているから本命の攻撃を捌けていない。常に相手の百手先は予測できるようにしなさい。でないと実践では何も出来ないまま殺されるからね」
回復魔法をかけながら言う父さんの言葉に耳を傾けていた。
今は出来ずとも、いつか父さんの言っていることが出来るようになろう!
そう思いながら、父さんとの授業を再開した。
ー▲□×〇ー
俺が十歳になった時には学問系の勉強は全て学び終えていた。今では白い宮殿の原理も理解でき、小規模なら空間魔法と時空魔法を使い展開することが俺にもできる。
今日もノウブルで俺と父さんは模擬戦をしていた。
様々な属性魔法で作られた槍状の魔法を回転させながら射出する。それらは父さんのは魔法に衝突し、周囲には衝撃波が無数に飛び交う。
身体強化魔法を発動した俺は一瞬で父さんとの距離を詰めた。そして右手に持っている刀を光の速度で横薙ぎに振る。そんな一撃を父さんは軽やかにバックステップで回避する。躱されることがわかっていたためすかさず俺は右拳を鳩尾に放つ。
半身で躱され、父さんの拳が頭に放たれが体制を低くすることでそれを躱す。
その後は袈裟切りを放ち、躱されたら殴る、蹴るなどを繰り返すことで反撃をさせないようにする。次第に俺の攻撃を躱せなくなった父さんは近距離で炎系統の上級魔法蒼炎槍を放つ。
蒼炎槍は炎系統の魔法だが、爆裂系統の魔法でもあり触れると爆発し一万度の青い炎が炸裂する。
避けられないと悟った俺は結界魔法を張り爆発を防ぐ。
俺が蒼炎槍を防いでいる間に父さんは俺との距離をとっていた。
一度呼吸を整え、刀を鞘に納め居合の体制を取る。俺の動きを見た父さんも剣を鞘にしまい居合の体制を取る。
静寂に包まれたなか、汗が頬を伝い床に落ちて弾ける音だけがきこえる。
そして俺は駆け出し刀を抜き、刀と剣が衝突し、とてつもないエネルギーを含む衝撃波が発生した。それは、空間が歪む程でもしこの場に木々やビルがあれば跡形もなく消し飛ばす威力だった。
拮抗状態が続き鍔迫り合いをしていたが次第に押され始めた俺は刀に闇系統の上級魔法【影の世界】を付与する。
俺の刀が黒く染まり光を完全に吸収する漆黒の刀に変化する。
俺の刀と父さんの剣がぶつかり合い火花を散らしていたが俺の刀が父さんの剣をすり抜けた。
俺が使った闇魔法【影の世界】は影に刀身を隠し実体を失くすもの失。そのため俺の刀が父さんの剣をすり抜けたのだ。
魔法を解き、父さんの首筋に向けて放った刃は首を斬ることなくすり抜けた。父さんも首筋に闇魔法【影の世界】を使ったのだ。
何度も打ち合う最中、ついには俺と父さんの攻防速度は光速の域まで達した。
一時間が経とうとするとき、俺の全身に稲妻が走ったかのような裂傷ができた。俺の身体が身体強化魔法に耐えきれなかった結果だ。
俺が倒れたことにより父さんとの攻防は幕を閉じ、父さんは俺に回復魔法をかけながら言う。
「お前ももう十歳になった。これからは私の仕事を手伝ってもらう」
これを聞いたとき俺も誰かを助けることができると思い込み歓喜した。
「昨日、丁度いい仕事が入ったからお前も連れていく。仕事内容はゼクトの排除だ」
ゼクトとは魔力を持った人を襲う生命体の名称だ。ゼクトには姿形がはっきりとわかるものと、身体が黒く変色し生命体なのかと疑いたくなるようなゲル状の見ためのようなものがいる。前者が成体で後者が幼体だ。幼体は人間や魔力を含んだ鉱物などを吸収し成体に変化する。そのため幼体時に魔力をたくさん吸収した個体は強力な成体になり過去には三つの国が一体のゼクトに滅ぼされたとか。
「明日の深夜に出る。それまでに支度を終わらせとけ」
回復魔法をかけ終えた父さんが部屋から出ていき、一人残された俺は明日のゼクト狩りに向けての技の確認を一通り行い部屋を出る。
ー夜ー
俺と父さんは森を駆けていた。身体強化魔法を使った目は夜の森でも昼のように辺りを見ることができる。
身体強化魔法を使用しながら俺と父さんは索敵魔法を発動させている。索敵魔法は自分の魔力を薄く周囲に拡散させることで周囲の地形を把握したり、魔力を帯びているものを感知できる魔法だ。
ゼクトは魔力暴走により産まれる生命体なため他の生物や物質より魔力の量が多く見つけ安い。
森を走ること十分。索敵魔法に他とは明らかに違う魔力を感知した。例えるなら普通の生物や物質なら蝋燭の火のように一定した魔力反応だが、感知した魔力は燃えたぎる炎のように激しく魔力が揺らいでいる。
俺は少し緊張しながら父さんの後をついていく。
ゼクトを目視できる近くまで来たら父さんはすかさず氷魔法中級魔法【アイス・ランス】を放ちゲル状のゼクトから放たれた触手を凍らす。
ゼクトは口もないのに痛みによるものなのか奇声を上げ、全身から触手による一斉攻撃を仕掛けてきた。
俺は避けきれないものは氷魔法や風魔法で対処する。
ゲル状のゼクトは成体よりも弱いが物理攻撃が通用しない。そのため炎魔法で焼き尽くすか氷魔法で凍らせて砕かないと倒すことができない。しかしここは森なため炎魔法は使えない。
今回のゼクトは三メートルぐらいの大きさで普通のものより小さかった。ゲル状のゼクトは普通は十メートル位はあるのに。まだ生まれて間もないからか?
幼体のゼクトは自己の魔力を半分使い細胞分裂のようなことをする。体長や魔力量が半分になってしまうが。元々の個体をAとし新しくできた個体をBとするとき、Aはそれ以降分裂することはなくBが分裂していく。これを繰り返すことでゼクトは同族を殖やしていく。
ものの数分でゼクトを倒し、索敵魔法で周囲を警戒するがゼクトの反応はない。
疑問に思っていると父さんは
「今日の仕事は終わりだ。帰るぞ」
「でも、まだ他にゼクトがいるかもしれないよ。いくらなんでもこのゼクトは小さすぎるし分裂したばかりの可能性が高いよ」
「いや、今回のゼクトは一体で間違いない。帰るぞ」
父さんはそう言うと転移魔法で家に帰った。俺も疑問に思いながらも転移魔法でとうさんの後を追う。