ウィリアムと謎
翌朝、いつも寝ているのより上等なベットだったお陰か気持ちよく目を覚ます。
日課の筋トレを済ませ、ダイニングに降りるとベルが朝食を用意してくれていた。
ここまでは最高に心地の良い朝だった。
しかし、そんな朝のひと時は現在、迷探偵によって侵されている。
「新米君、昨日は私も直ぐに寝てしまって、本題であるこの邸内の探索を出来ていないんだ」
お前の分だと探索ではなく探検だろう。
「君、私は子供では無いと言っているだろう。それに、探偵がするのだから探索で間違いない」
随分な暴論だ。
どこかの時代、どこかの世界には、探検をする探偵だっているだろうよ。
それに、それを言うなら捜査だろう。
「捜査と言うには、足りないものがあるじゃないか」
ん?何のことだ?
「全く・・・、だから新米か」
え?俺はそんな基本的な見落としをしてるのか?
「事件だよ」
事件・・・確かに、言われてみればそんな気がしないでもないが・・・
「事件というなら、以前にここで起きたからこそ、お前はここへ来たんじゃないか」
「それは、既に解決しているだろ。まぁ、確かに・・・成る程捜査と言えるか」
ん?一人で何を言っているんだ?
「ならば、行こうではないか捜査に、捜査は探偵だけの仕事では無いだろう?自警団員よ」
成る程、捜査と言う名目でなら、俺もついて行かざるを得ないと言うわけか。
「分かった、お前に気持ちのいい朝を邪魔されるのは癪だが、俺も2年目の自警団員だ、2年目のな、アイリンゼ卿の次期当主もまだ到着していない様だし・・・」
迷探偵と捜査に繰り出そうと朝食の席を立った所で、ダイニングの扉が開かれ、廊下からベルと爽やかな見た目の青年がダイニングへと入ってくる。
「到着が遅れてしまい申し訳ありません。『ウィリアム・アイリンゼ』です。どうぞ、ウィルとお呼び下さい」
アイリンゼ卿の子供は人格者だと専らの噂だったが、納得だ。
今度成人の15歳とは思えない程、しっかりして見える。
「自警団のエルノルド・ワンズです」
「探偵シャルロット・ランベルだ。早速で悪いがウィル、私達はこれからこの邸の捜査をしようと思っていてね、すまないが案内を頼めるかな」
この迷探偵は、立場なんて物はお構いなしか。
彼女の言動に、顔を顰めたのは俺とベルだけで、本人はとても穏やかな表情をしていた。
「捜査ですか?」
「いや何、昔の事件の痕跡を見てみたくてね。墓を荒らす様で申し訳ないが、いいかな?」
意外や、礼節を重んじた様なその発言に、ベルと何やらアイコンタクトをとるウィル。
「えぇ、勿論構いませんが、その前に一つ余興に付き合ってはいただけませんか?」
余興・・・、祝賀会での余興ならダンスとかか?いや、この人数で、しかも白昼からダンスは無いだろう。
なら、どんな余興だろうか。
「余興・・・いいだろう」
俺が余興の内容について悩んでいる間に、探偵が承諾する。
「ありがとうございます。では、こちらへ」
そう言ってウィルは、今入って来たばかりの扉をもう一度潜り廊下へと進む。
俺達も、ウィルに連れられて邸内を移動して行くと、ある部屋の扉の前で立ち止まった。
「自警団員の方から、あなた方は謎を解くのが得意だと伺っております。是非ともその手腕を、見学させていただきたいのです。尽きましては、これから実演する謎を暴いて見せてください」
「成る程、面白そうだ」
ニヤリと悪役の様な笑みを浮かべる探偵。
謎、一体どんな物なのだろう・・・と言うか、謎を解くのが得意だと?
探偵はともかく、自分で言うのもなんだが頭蓋の中にまで筋肉が侵食してしまっている俺は、自警団の中で下から数えるのが当たり前だと思われる程の頭脳だと言うのに。
まぁいい、隣には探偵がいるんだ、素行には難があるが、推理力は先輩が高く買っていた。
コイツに任せるとしよう。
「それでは、始めましょう」
それからウィルは、俺達には廊下で待つようにと伝えてから、部屋の中へと消えていった。
暫くすると、左手にあった階段から誰かが上ってくる足音がする。
他の客人はいないとは言え、邸にはこの場に居る4人の他に何人かは人がいたので、気にするほどでは無かった。
その顔を見るまでは。
何を隠そう、階段を上ってきたのはウィルだったのだ。
部屋についている窓から外に出て、外を回って来たんじゃないかと言うのは俺ですら思いつくが、それにしてはあまりにも早過ぎるし、それに・・・。
勢いよく扉を開けて部屋の中に入ると、近くの柱に扉が打ち付けられる音と共に推測が確信に変わる。
部屋の窓には全て鍵が掛かっていた。
当然、鍵が掛かっているだけで、全て割れていたなんて叙述トリックでは無い。
密室だったのだ。
「密室か、面白いな。部屋を調べようか新米君」
言われるまでも無く室内を調べ始めたが、結果から言うと中に怪しい所は無かった。
「新米君、こんな時疑うべきは何かな」
講義でもしているつもりなのか?
こんな時に疑うべきものは決まってる。
「魔法」
「そうだね。なら何魔法だと思う?」
「そうだな・・・例えば、室内へと消えたウィルはゴーレムで、階段を上ってきたのが本物だったと言うのはどうだ?」
「中で、ゴーレムが破壊されたと?君、部屋に入ったウィルは私達をここまで案内し、その間会話にも受け答えしていた。ゴーレムでそれは不可能だし、破壊したなら痕跡が残るはずだろ」
自分でも薄々気が付いていたが、回答にバツを付けられると少し凹む。
「なら、幻影魔法や隠蔽魔法の類はどうだ?例えば、幻影魔法でウィルの虚像を作って階段を上らせて、隠蔽魔法で実はまだこの部屋にいるとか」
下手な鉄砲も数の暴力だ。
思いつきを全て言えばどれかは当たるんじゃ無いだろうか。
「幻影魔法ならば、発動の瞬間が見えるし、発動してからも外からならば範囲が見えるだろう。隠蔽魔法はいい案だが、この部屋を隈なく探したじゃないか。それに、この部屋の大きさで右往左往する二人の間を縫って外へ出ると言うのも難しい話だろう」
確かに、幻影魔法は範囲魔法なので、術効果範囲が範囲外から視認できるし、術の精度や範囲、範囲内の人数によって、必要魔力量が大幅に変わる。
隠蔽魔法は幻影魔法の応用なので、ほぼ同じだ。
何よりの肝は魔力量で、人間は自身で魔力を作れないから、外部から魔力を取り込んむ必要があり、魔法を継続発動する場合、魔法陣や魔法石で発動して蓄積魔力で運用する。
そして、俺の説を否定する魔法の特性はもう一つある。
魔法は如何なる魔法においても、物理的に不能で無い限り発動の瞬間は観測できる。
下手な鉄砲の弾が切れた、お手上げだ。
「そんなに言うなら、君の推理を聞かせてくれ」
「これは、あくまで推測だが、君の推理の全てが正しいのかもな」
そう言うと、また悪役の様な不敵な笑みを探偵が浮かべる。
「どう言うことだ?」
「まずは、部屋に消えたウィルだが、彼は本物だよ。それは、道中の受け答えから分かる。魔法で作られた物ならば、出来ても決められた単純な受け答えだけだ。それから、今そこに立っている彼も本物だ」
そのセリフに、こっちを向いて笑ってみせるウィル。
実際は、かなりの魔力を消費すれば正確に応答して、感触まで加えた幻影魔法も理論上は使用可能だ。
しかし、そのレベルの幻影魔術は、範囲を成人男性の剣の間合い程に絞って、範囲内に一人しかいないとしても、10分の使用で最低でもポーション約20本分は魔力が必要だ。
因みに、魔力中毒による致死量は、ポーション換算で10本だと言われている。
それを踏まえて、探偵はウィルを本物だと断定した。
ならば、俺の推理の全てが正しいとはどういう意味だ。
「そこも含めて、全ての仮説を説明しよう。いや証明しよう」
そう言うと、探偵は件の部屋の扉を執拗に触り出し、「やはり」と言ってからこちらに向き直った。
そして、彼女の謎解きは始まった。