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41. 瑶の秘密③




「考えていることがわかる、ということはもしかして、これまでわたくしが考えていたことも……?」

「……申し訳ありません」

「あ……あ、そんな」


 みるみるうちに(よう)の顔が赤くなっていく。


「燕妃様とのあれやそれも、わたくしの気持ちも、全てご存知だということで!? もしや、あの妄想もご存知なのですね!? 恥ずかしすぎるのですが!?」

「いや……妄想までは、見ていないのですが……」


 妄想していたんだ。そこは知りたくなかった。

 

 羞恥からか瑶の声が大きくなる。声を聞きつけたのか外から侍女が室内に入ってこようとする。


「瑶様!? どうなさいました!?」

「入ってこないでください!!ふたりきりにしてください!!」


 今までの瑶からは考えられないほど大きな声で侍女を入口に押し留める。侍女は室内を見渡して何か異変があったわけではないと知ると、困惑したように下がっていく。

 瑶はしどろもどろになりながら、早口で捲し立てる。

 

「違うのです!憧れなのです!燕妃様はお優しくてお綺麗で、こう、好い仲になりたいなどという烏滸がましい気持ちは微塵も……いえ、ほんの少しあるくらいで、ほとんどありませんわ!ただ出来るなら、お姉様、瑶と呼び合えるような仲になりたいと思っているだけで……!!」


 愛らしい人形、無垢な少女という瑶という人物像がガラガラと音を立てて崩れていく。


「私は責めているわけではなくてですね」

「燕妃様に責められるのなら本望ですわ!」

「何故そうなるのですか……」


 瑶が何かを拗らせてしまったのだということはわかった。

 瑶はきりと眉を上げる。

 

「お話したように、わたくしは燕妃様の味方でいたいのです。なのにわたくしの意志が弱く楚花やお父様の言いなりになってしまったばっかりに、燕妃様のお立場が悪く……。これは全てわたくしの責任です。わたくしが燕妃様をお助けしなければいけません。ですから――」


 瑶の目が使命感に燃える。


「殿下を殺して、一緒に後宮を出ましょう?」

「……………………え?」

「ですから、殿下を排除してわたくしと一緒に後宮を出るのです!」


 瑶が無邪気に微笑む。


「燕妃様が殿下の寵妃だということは知っております。でも金家の間者から、とある噂を耳にしたのです。殿下はお通いになりながら燕妃様をまだお抱きなられてはいないと」

「ごほっ」


 思わず噎せた。可愛い顔をしてはっきり言う。

 瑶は私の態度で更に確信したようだった。


「やはりそうなのですね!? 信じられませんわ。こんなに愛らしい方を前にして何もなさらないだなんて。あの方は不能なのではないですか?」

「よ、瑶様、口が悪いです」

「事実ですもの。はっきり言って何が悪いんですの?」


 瑶は輝く笑顔で私を仰ぎ見る。


「後宮は一度入ると一生出られません。数少ない出られる機会が、亡くなったときと、夫たる殿下が亡くなって後宮が解体され尼寺に入れられるとき。なら、手っ取り早く殿下を亡き者にしてしまえば、わたくし達は自由になりますわ!」


 極論すぎやしないか。私はこんな可愛らしい瑶からとんでも理論が飛び出していることが信じられず、顔を引き攣らせる。


「殺すなんて選択肢はそもそもありえないので、選択肢から消していただいてもよろしいですか?」

「やっぱり燕妃様はお優しい」


 頬を染める瑶に私は痛む頭を押さえる。


「燕妃様は殿下の後宮に無理矢理入れられたのではないですか?後宮は自由がありません。好いてもいない相手に後宮に押し込められるのはお嫌ではないのですか?」


 瑶の澄んだ目が私を捉える。私はこの質問にすぐに答えられなかった。

 後宮に無理矢理入れられた、確かにそうだった。自由がない、それも当たっている。外にも出られず、皇太子の一存でほとんどのことが決められてしまう世界だ。女同士のやり合いは面倒だし、飾り立てられて(かしづ)かれるのも慣れない。後宮にいいところなんてあまりない。

 

 でも、好いてもいない相手に、というのは少し違う。別に悧珀に対して好意を持っているわけじゃないが、嫌っているわけでもない。私を否定せずに受け入れてくれる、捻くれているようで真っ直ぐな彼の存在は、居心地がいいような、胸を擽られるような、不思議な立ち位置なのだ。どこか孤独で張り付けたような笑みを浮かべる悧珀(りはく)は、よっぽど私より笑うことが少ないと思う。なんだろう、独りにしてはいけない気がするのだ。


 黙ってしまった私が肯定したと思ったのか、瑶が力強く両肩を握ってきた。

 

「そもそも燕妃様を独り占めしている男性がいるという事実に耐えられません。燕妃様の貴重なお時間を無駄に使う男なんぞいなくなってしまえばいいのです!!」


 多分瑶としてはこっちが本音だろう。そんな力説されても困ってしまう。


「既に毒の手配は済ませているので、あとは――」

「手配済みなのですか!?」


 なんですと!?

 まさかの発言に色々思考が飛んでった。私が思わず立ち上がるのと同時に入口からも声がかかった。

 

「君達、どういう状況か聞いても?」


 瑶と同時に振り返ると、そこには渦中の悧珀がいた。瑶の侍女が後ろで申し訳無さそうに小さくなっている。


「申し訳御座いません、悧珀殿下の突然のご訪問でしたので直接こちらへお通しする形となってしまい……」


 侍女は私と瑶と悧珀をちらちらと見やりながら俯く。


「私は何も聞いておりません。誓って口外いたしません!」


 どこまで悧珀と侍女が聞いていたのかわからないが、よからぬ想像をしているのは確かだ。

 侍女に瑶がゆったりと微笑む。


「賢明なことです。もう下がってくださいまし」

「かしこまりました失礼いたします……!」


 侍女は早口で頭を下げると足早に退散していった。

 

 ちらと横目で瑶を見ると、美しい笑みをしているが口端がヒクヒクとしていた。殺そうとしてる男が目の前にいて瑶はどういう心境なのか。今まできちんと被っていた猫が剥がれかけているのを感じる。


「柊月、明睿(めいえい)はどうしたの?ついてきていないのは何故?」


 悧珀が鋭く瑶を一瞥する。機嫌がすこぶる悪そうだ。


「瑶様に急ぎ確認したいことがありまして。桂花宮(けいかきゅう)を出る際に明睿が不在だったので、伴わずにこちらに来ました」

「明睿は君の筆頭侍女だろう。他の宮を訪問するなら必ずつけてもらわないと困る。君に燕子の自覚はあるのかい?」


 悧珀の目尻が釣り上がる。燕子が護衛もつけずにフラフラ出歩くなと叱られている。

 正論すぎて何も言い返せない。私も向こう見ずだったと思っている。 明睿は私の護衛も兼ねている。護衛もつけずに瑶のもとに来たのはまずかった。

 胡乱な目をしている悧珀に私は頭を下げる。


「申し訳御座いません、次から――」


 腰を折ろうとしたところを横から手が伸びてきて止められる。

 

「殿下、お姉様を我が物のように扱うのはおやめくださいまし」


 手の持ち主である瑶がするりと私の前に出る。

 

「体裁ばかり気にしてお姉様を妃としてきちんと扱っておられない殿下にとやかく言われたくありませんわ」

「君、何が言いたい」


 悧珀が眉を寄せるが瑶に怯む様子はない。


「そのままの意味ですわ。超絶魅力的なお姉様のことをお好きになる気持ちはわかります。でも女性として扱わずお飾りのように扱うのはどうかと思いますわ」

「君、何を――」

「私は殿下よりお姉様と深ぁーい話をした仲ですわ。手を握っていただいて、あんなことやこんなことをお話して、お姉様と秘密の関係になったのです!甲斐性のない貴方とは違いますのよ? ねえ、お姉様?」

 

 語弊のある言い方に私は天を仰ぐ。

 悧珀は今までと態度が違う瑶に面食らったようだ。困惑気味に瑶の背後の私を見やる。


「ねぇ、色々聞きたいことはあるのだけど、いつから彼女は君の妹に?」

「……多分、今さっきです」


 知らないうちに瑶の中でお姉様呼びが確定したようだった


 

 

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