39. 瑶の秘密①
すこぶる不機嫌な楚花を丸め込んで瑶のもとへとやってきたのはいいが、瑶は思ったより顔色を悪くしていた。
「急に押しかけてしまって申し訳御座いません。少しだけでもお話をしたくて」
「ありがとうございます。お、お会いできて嬉しいです……」
瑶の目が泳いでいる。嬉しいのか嫌がっているのか、よくわからない。まあ、手に触れれば何を考えているのかすぐにわかるので、あまり口に出して追求はしないけれど。
私は卓子を挟んで向かいの椅子に座る瑶に頭を下げる。
「昨日は侍女が大変な失礼をいたしました」
「おやめください!誰にでも間違いはありますもの。気にしていませんわ」
瑶の落とされていた視線がこちらに向く。頬を染めて微笑む姿はまるで精巧な人形のようだ。指先から髪先まで丹念に手入れされている様子は、いかに瑶が大事に育てられてきたかを物語っている。
私はささくれと皹がようやく治ってきた手を見下ろす。こんな手で触ることが憚られるが、気にするなと己に言い聞かせて、そっと瑶に手を伸ばす。
「玉妃様はとてもお美しいですから。痕になるようなことにならなくてよかったです」
「まあ、燕妃様の方がずっとずっとお美しいですわ」
瑶の頬に朱がさす。
どこまでが彼女の演技なのだろう。全てが嘘だったなら、私の方が人間不信になりそうだ。それほど瑶の態度からは嘘も違和感も感じない。
私は真顔になりそうな表情筋を叱咤激励して顔を取り繕う。
「同じ良娣同士、折角なら仲良くしたいのです。これからは玉妃様ではなく、瑶様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
いきなり手を握るには急すぎるので、貴女と仲良くなりたいんですよと前置きしてみる。
瑶は私の言葉に顔を輝かせた。
「まぁ!よろしいんですの?是非、お好きなように呼んでくださいまし」
ふわふわニコニコと瑶の表情が緩む。本当にどこまでが本当のなのだろう。ここで彼女の手を握ろうと思うが、知るのが怖くもあった。
卓子の上で揃えられている瑶の手に、そっと己の手を重ねる。わかりやすく瑶の肩が跳ねた。
「これまでも後宮でも、稀物として苦労はなかったですか?私は色々と大変な思いもしたので、瑶様もそうではないのかなと思ったのですが」
覗見術が発動して手のひらが熱くなる。申し訳ないが、瑶の頭の中を覗かせてもらう。
「そうですね……父が異術を周囲にも才門にも伏せていたので、ここまで苦労はありませんでした」
『好きです』
きゅと彼女の手を握り直す。
「お優しいお父様なのですね」
「どうなのでしょう?普通だと思いますわ」
『どうしましょう柊月様に手を握られてしまうなんて。これって夢かしら?信じられない!』
ちょっと、待って。
「あ、あの」
「どうされましたか?燕『困ってる顔も素敵!!密室にふたりきり……あの侍女を操って正解でしたわ。お見舞いに来ていただけるなんて幸せ!!念願の独り占めです!!!』
瑶の心の声がうるさい!うるさすぎて会話が聞こえない!
耳から入る音をかき消す勢いで頭の中に声が響く。情報が多すぎる。多いっていうか、なんかおかしい。
瑶と私は対立関係で、太子妃を争う者同士で、敵対関係。瑶は私を騙して蹴落とそうとしていた……んじゃなかったっけ。
「燕妃様?お顔色が悪いです。ご気分が『好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き』
もうダメ、一時戦線離脱。そっと瑶の手を離そうとしたが、逆に瑶に握り返されてしまい離脱できなかった。何故だ。
瑶の内面がおかしい。
きょとんとこちらを見る顔は人形のように整っていて愛らしい少女なのに、内心は好きしか言っていないし、なにより私のことをそんな風に見ているなんて。
もしかしてだけど、たまに瑶が俯いたり目を逸らしていたのは、嫌がったり怖がったりしていたのではなく照れていたから?嫌われていたんじゃなくて、むしろ好かれすぎていて態度に出ていた……?
いやいや、今まで私、瑶に粗相しかしてこなかったのに、こんなに好かれる要素がどこに…………て。
瑶は“あの侍女を操って正解だった”と言っていなかった?やはり瑶の異術はただの先読みではない。他人の身体を操る術なら、私や阿子の身体が動かなくなったのも説明がつく。
「私の侍女らが燕妃様のことを悪く言っているのを聞きました。くだらない対立ですわ。本当に申し訳御座いません。それで燕妃様に心労が溜まって顔色が悪くていらっしゃるのでは……?」
瑶が顔を覗き込んでくる。私の脳内には相変わらず瑶の好き好き好き好きと謎の連呼が聞こえてくる。勘弁して。
「少し私の牀榻で休んでいかれますか?」
腕を引かれて立たされそうになった。どんどん混乱してくる。瑶は何を考えているんだろう。
上手く考えの纏まらない頭を振り絞る。
瑶は私のことをかなり好意的に見ている。対立関係は望んでいない。そして、瑶の異術は先読みではない。
はっきりしていることはこの三つだ。今は瑶とふたりきり。人払いされているおかげで侍女もいない。聞き耳は立てているだろうから、完全なふたりきりではないだろうが。
ならば、取ることのできる行動はひとつだ。
私は瑶の手をくいと引いた。前につんのめる瑶の耳元に口を寄せた。そして周りに聞こえないよう囁く。
「瑶様。私、気になることがあるのです」




