22. 悪意の裏側
悪意の裏側
後宮で教養以外に必要なもの。それは対人能力。
悲しいかな、私はそれが欠如している。
「まあまあ燕妃さまぁ、大変お似合いですぅ」
「こちらはいかがでしょう〜?あら〜ぴったりですわ〜!」
私の衣服を仕立てにやってきた女官達がきゃいきゃいと私を持ち上げる。あれこれと布をあてがわれて頭にあらゆる簪を挿されて、太子妃選儀で着る衣装選定のためとはいえ、まるで着せ替え人形になった気分だ。
ぐいと腕を持ち上げられて帯も当てられる。
「まあ、燕妃さまは御髪が藍色に近いのですね!でしたらこちらの方が良いかしら?」
今日の女官達は皆手袋をつけてくれているおかげで覗見術が発動せずに済んでいる。ありがたいことだ。それにあれこれ選んでくれる女官達は皆優しい。こんな仏頂面な女を相手に服を見立ててもつまらないだろうに。
私は世間話ができるような社交的な人間でもないため、されるがままで基本黙っていると、私が退屈しているのだと思ったのか女官達が気を遣って私に話を振ってくれる。
「最近、お隣の宮がひっきりなしにご衣装を仕立てているらしくて尚服が苦情を出しているのですよぉ。燕妃さまはお聞きになりました?」
「いえ、特には」
「そうなのですか!宮女の間では有名でしてね。有名といえば、先日ですね――」
うう、大した会話に繋げられなくて申し訳なさすぎる。
後宮に来るまで人と会話するということがなく、ましてや女性同士の世間話なんてしたこともなかった。自分の会話能力の低さに打ちのめされてしまう。
ひとり落ち込んでいると、パンと手を打つ音がした。顔を上げると、いつの間にか明睿が外から帰ってきていた。
「あれこれ無駄な話をせず手を動かしてください」
「明睿様はほんに真面目な方ですわね〜」
仕立ての女官らがきゃっきゃと笑いながら仕事を進めるのを横目に、明睿はため息混じりに私の側に寄る。
「尚服はいつも姦しいのです。柊月様、お疲れではありませんか?」
「ありがとうございます。私は平気です。うまく返せないのが申し訳ないくらいで……」
「気にすることはありません。女官のお喋りに付き合っていると日が暮れますよ」
今は明睿も女官の姿をしているのに。
呆れたような明睿の言い様に私は笑ってしまった。
「突然席を外してしまい申し訳ございませんでした。織物選びは終わりましたか?」
腕を組んだ明睿の袖から、何か布切れが落ちた。何かの帯の切れ端、だろうか。裾が解れたものがいくつか束になっている。
「明睿、何か落ちましたが」
私が拾おうとするよりも早く、明睿がそれを拾い上げた。
「ああ……ただの塵です。お気になさらず」
そういう割には懐奥に切れ端をしまい込んでしまったのだった。
 




