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2. 不遇


 

「あったよぉ(なつめ)。これで必要なものは全部かいね?」


 (ちょう)さんが麻袋いっぱいに果物や野菜を詰めて持ってきてくれた。受け取ると、あまりの重さに腕がぐんと下に引っ張られた。よたよたと小椅子に麻袋を置いて、鞄から代金を数えて引っ張り出す。


「趙さんが用意してくれたなら全部間違いないと思います。あの、これ。お代金です」

「あらぁ、柊月(しゅうげつ)は相変わらずお世辞が上手ねぇ」


 勢いよく背中を叩かれてむせた。いい意味でも悪い意味でもこの人は遠慮がない。

 趙さんが手早くお釣りを数える。

 

「今日買っていってくれるものは全部お嫁に行くお嬢さんのお祝い用なんかね? 随分豪勢だ」

「そうっぽいですね。私は食べないんで、よくわからないんですけど」

「そりゃそうだ」


 呵呵と趙さんが笑う。 

 と思ったら、小銭を握らせてくれながら、声を落として私に顔を近づけてきた。

 

「で、お嫁行くの、(らん)サマの次女だけなんかいね? 長女は無術者で皇太子サマんとこにはお嫁に行けんかったって、ここいらの噂になっとるよ」


「ああ……ええ、まあ」


 悪意のない第三者の興味ほどやっかいなものはないと思う。眉を下げて趙さんが離れた。

 

「そう、かわいそうに。大層なお家に生まれたばっかりに、お嫁に行きっぱぐれたんやねぇ」

「ははは……」

「柊月も早く良い人見つけなさいな。あんた顔はいいんだから、もっと愛想よくして。行き遅れちゃうわよ」


 私は今変な顔になってないだろうか。

 特に返事はせず、無理矢理口角を上げると趙さんに頭を下げた。

 

「じゃあ、また来ます。趙さん、良いお年を」

「ありがとう、あんたもね。藍サマんとこの下働きの皆によろしくね」


 趙さんはすぐ店の奥に引っ込んでしまった。旦那さんとお子さん達が部屋の中で待っているのだろう。まだ幼い子がたくさんいると聞く。一度見たことがあるが、慎ましやかながら仲の良さそうな家族だった。羨ましい、とまではいかないが、一緒にご飯を囲む存在がいるのはいいことだなと思う。


 小椅子から麻袋を持ち上げて肩に掛けると、重みで骨が軋んだ。これで歩いて帰らないといけないなんて絶望だ。

 店を出て大通りに戻ると、朝より更に人手が増えていた。これは帰りは難航しそうだ。遅くなると色々ぎゃーぎゃーうるさいから、早く帰りたい。

 

「……趙さんに、私が藍家の長女なんです、なんて言ったらどんな顔するかなぁ……」


 ――そう。私は、巷で無術者行き遅れと噂の、藍家の長女だ。名を藍柊月という。


 いくら采四家の生まれだろうと、異術者が生まれるかどうかは運……なんて残酷な仕組みだろう。采四家でも兄弟姉妹皆が異術者という代もあれば、誰も異術者がいないという代もある。


 そして残念なことに采四家でありながら藍家はここ何代……つまり百年以上も、異術者が生まれなかった。


 采四家の一角としては由々しき事態である。

 後宮に異術の娘を入れなければ、外廷から給金も下りない。よって、どんどん貧乏貴族になっていく。


 自分達の代こそはと息巻いた両親! 長女の私に異術が発現することを期待し、勉学に教養にとあれこれ詰め込む! まだかまだか! 娘の異術の発現!!

 

 しかしまあ……結果はこの通りだ。


 待てど暮らせど、私に藍家伝来の異術は発現しなかった。両親の期待は儚く散った。はーい、おしまい。

 

 そうなると両親はあっさり私を見限り、次に生まれてきた三つ下の妹と五つ下の弟に期待を移した。

 その期待にこたえる形で、妹は三歳で見事能力を発現。その下の弟は無術者だったが、男であるため跡取りとして大事に大事に育てられた。

 それまで地獄のような勉強漬けだった私は、すぐにポイ。お役御免だった。ああ、笑えない。


 趙さんとは長い付き合いだが、あえて言うものでもなしと思って自分から立場を明かさずにいたら、趙さんは私のことを藍家の下女だと勘違いしたようだった。

 まあ、良家の娘がこんな薄っぺらい襤褸着(ぼろぎ)で買い出しになんて行くはずもないので、趙さんの判断は正しいといえば正しいのだが。


 溶け始めた路面に足を取られてすっ転ばないよう、ゆっくり歩く。藍家の屋敷は皇城の東側、繁華街から離れた官宅が並ぶ閑静な場所にある。

 路地裏を抜けていつも使う抜け道を通る。

 こじんまりとした房子(いえ)から、あちこち飯炊きの煙とご飯の匂いがしている。ぐぅと自分の腹が鳴った。朝から何も食べていないから当然だ。


「朝ご飯、食べ損ねたなぁ……」


 両親も妹も、今頃あったかい部屋でご馳走でも食べているんだろう。昔からこうだ。家族の輪の中に私はいない。いつだっていない者扱いだ。

  

 その証拠に、春節の宴の料理を追加したいからなどという理由で買い出しに出されてしまった。しかもこんな薄着のまま、だ。私への嫌がらせの意味もあるとは思うが、あまりに横暴すぎる。

 

 蝶よ花よと育てられた異術者の妹は、そんな私を鼻で笑って見送った。異術者だからと威張っていいわけじゃないのに。長年の除け者扱いや嫌がらせでひねくれた私は、そんな妹をじとりと見やるだけで黙って従った。

 

 傷つくことを通り越して、最早虚無である。どうでもいい。それより帰って部屋で寝たい。私は案外図太くできてるのだ。

 

 しばらくすると、周囲の建物より二周りほど大きな宅邸と外郭が見えてきた。


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