九、こんぷら
洲王は店の閉店後、管理シートに目を通していた。
管理シートとは、狐スタッフの生活環境やメンタルに関する簡単なチェック表である。
人間として化ける生活に不安やストレスを感じてはいないか等、健康診断的な配慮であり、何かあれば相談するという形だ。
彼らなりのコンプライアンスを考えた物だった。
洲王「まずは愁也」
店で年長の愁也は慎重だ。
「季節柄、制服を着るのが暑くなってきました。ジャケットではなく、ベストに変えてはどうでしょうか」
彼らは元は獣の狐。
服の着用が苦手で、暑がりな上、冬毛に変わる時期は抜け毛でむず痒い。
お客の前でソワソワする訳にもいかず、我慢をしている。
洲王「専属のトリマーを探すか、俺が係になるか……」
仕事とはいえ、オスの狐が行列を作ってブラッシングを待つ姿はむさ苦しい。
次の1枚をめくる。
琉星「暑いので、できればエアコン近くで担当したいです」
洲王「琉星もか……」
優等生タイプの琉星は愚痴を滅多にこぼさない。
なのでよほどの我慢が伺える。
人間と獣の体感が違うのは重要な問題なのだ。
何しろ本物の毛皮を着ているのだから。
洲王「店のエアコン管理か制服の変更を考えるか。いい方法があれば……」
次の1枚。
優斗「服ってなんですかなんなんですか、俺には理解できません。服っていります?」
優斗はSっ気があり気が短い。
フォローできる問題ではなく、根本的な質問をぶつけてきた。
洲王は頭を悩ませる。
コンプライアンス以前に、一から諭してやり直す問題が浮上してきた。
洲王「長期の休みで野生に返す機会を作るべきか……」
次の1枚、霧人。
霧人「ハダカで痛い」
洲王「……裸で痛い?」
霧人は漢字が苦手で文章も苦手。
字がカクカクでなんと書きたいのかよく分からない時がある。
裸で痛いとはなんだろう。
洲王「裸でイタイ奴、店に危ない奴がいるという意味か?」
なんのクイズだ。
なんでクイズを出されているのだ。
もしや。
洲王「……裸でいたい?」
裸でいたい。
なんという事はない、自分が裸でいたいのだと伝えていたのだ。
なるほど。
洲王「店で服を着るのがイヤだという事か、ハハハ」
なんだそういう事か。
ほう。
ほーお。
洲王「ダメに決まってるだろうっ!」
ひとまず今夜は帰ろう。
店の明かりを落として、洲王は店を後にする。
手のかかるスタッフ達を、諭す理由を考えながら。