あの子の恋愛相談
「ちょっといいかな?」
始まりは、彼女の一言だった。
ある日、俺が授業を終えて高校を去ろうとしていると、同じクラスの女子生徒――明理が突然声をかけてきたのだ。
名前は知っているが、特段話したことはないし友達でも何でもない。
そんな彼女が俺に一体何の用だろう。
「なんだ?」
「あのね、聞いてほしいことがあるの。屋上まで来てくれない?」
俺はなんだかわからないままに頷いて、彼女と一緒に学校の屋上へ向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
屋上は本当は立ち入り禁止区域である。
が、監視されているわけではないので入り込みやすい。
ここなら二人きりになれる。だが、どうして?
そうして俺が改めて用件を尋ねると、明理は答えてくれた。
「相談なんだけど、実はあたし、好きな人がいるんだ。でも向こうは全然あたしを見てくれない。だからどうすればいいか、洋助くんに話を聞いたらなんとかなるかなって思って」
「ふーん。つまり恋愛相談か……。で、なんで俺に?」
「口が固そうだから。洋助くんて、ペラペラ喋る方じゃないでしょ?」
明理は誤魔化しているが、つまり俺がぼっちで言いふらす友達がいないと見たからであろう。事実、それは正しい。
「で、話してみろよ」
「――うん」
明理が言うには、彼女はこの学校一のイケメン、慎という男子生徒に恋をしてしまったらしい。
スポーツ万能、頭脳明晰で人がいいと評判だ。実際、明理自身も優しくされた経験があるとか。
俺もそいつのことは話に聞いていた。別にクラスメイトでもないので気にしていなかったが。
「で、そいつがお前に全然振り向いてくれないと」
「そう。でもあたし、声をかける勇気が出なくて……」
「俺には容易に話しかけられるのに?」
「好きな人と、ただの友達と……。違うのわかるでしょ?」
「そもそも俺はいつお前の友達になったんだよ。そんな覚えはないぞ」
そんなやりとりをしつつ、俺は考えた。
せっかく相談してきてくれているのだし、何の義理もないが手伝ってやろうか。
どうせ俺は帰宅部で暇なのだ。
「わかった。お前のお願い聞いてやるよ。じゃ、早速方策を練るとするか」
「うん!」
明理の顔がパッと明るくなる。短く切り揃えた黒髪が風に揺れた。
「俺は明日、お前の片想い相手を観察してみる。それからだから、明日またここで落ち合おうぜ」
「了解。明日お願いね」
笑顔の明理。結構単純だなと思いつつ、俺は手を振り階下へ。
学校から帰って俺は、来たるべき明日へ向けて早く寝た。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
次の日。
俺は高校の授業など半ばほったらかしで、例の人物――慎の調査をしていた。
調査と言っては大袈裟だろう。話を聞く、と言った方が正確か。
慎のいる隣のクラスの男子たちに会い、持ってきた札をちらつかせるとそいつらは簡単に口を割った。
案の定だが、慎は女子から大人気らしい。噂では、毎日ラブレター(というかファンレターに近い)が届くんだとか。
俺は正直驚いた。そんな奴がリアルでいるのかよ……と。
慎の性格が良いからか、男子にもかなり協力的な奴が多いようだ。端的に言うと、クラスの中で八割の人間に好かれているとのこと。
なんて奴だ。
とりあえず実際に慎を見てみなくてはと思い、昼休みの時間に食堂に行ってみた。
普段俺は弁当なのだが、わざわざ持ってこないでおいたのである。
「えっと……。あっ、いた!」
食堂を見回すと、すぐに見つかった。
黒山の人だかりの中心に埋もれるようにして立つ美男子。彼こそが慎だろう。
女子たちが黄色い声で騒ぐ中失礼して割り込み、慎にアタックした。
「おう。お前が噂のハンサムボーイだよな?」
「その呼び名は恥ずかしいな。慎でいいよ。君は確か、隣のクラスの洋助くんだね。よろしく」
サラリと距離を縮めてくる慎。女子に好かれるのは納得だった。
「お前と一緒に昼飯でも食いたいなーと思って」
俺がそう切り出すと、周りの女子どもが激怒した。
「何言ってるの」とか「新入りのくせに慎くんに近づくな」などなど。
俺は慌てて逃げ帰るしかなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
放課後。
一連のことを話すと、明理は「うーん」と唸った。
「そっかぁ。慎くんにはいっぱい仲良しの子たちがいるんだね」
「仲良しというよりは、取り巻きに俺は思えたけどな」
「どうしよう……」
あれでは話すことすら難しそうだ。
狙うは部活の時! なのだろうが、俺も明理も生憎部活はしていない。
「あいつ何の部活なんだ?」
「バレーにサッカーに野球部。確か美術部もやってたかな?」
「なんだそれ。どんだけ掛け持ちしてんだよ!」
「慎くんは万能だからね」
二年生にして学校内で一番の美男子、慎の正体は、かなりの化け物だった。
ともかく、
「どうするよ?」
「それがわからないから洋助くんに相談してるでしょ?」
俺にだってわからないと反論したくなる。
俺は童貞歴=人生歴のダメダメ男だ。恋愛の「いろは」の「い」の字も知らない。
どうして乙女の恋愛相談なんかに付き合い始めてしまったのだろうか。
うっかり安請け合いした自分の愚かさを悔やみたくなる。
「仕方ねえ。とりあえず手紙でも書いてみるか」
「え? でも毎日ラブレターが届くって言ってたし、それにあたし文章なんて……」
「大丈夫だ。書くのは俺がやる」
「洋助くんが!?」
「これでも国語は得意なんだぜ? いけるって」
明理は少し不審げに俺を見ていたがやがて、「わかった」と受け入れてくれた。
それから俺は、彼女の慎への気持ちを聞き取ることにした。
あいつのどこが好きなのか、どういう出会いだったか、等々。
「じゃあ俺は帰ったら書く。お前のメール教えろ」
「なんで?」
「文面確認。それと字はお前が書くんだ。文字に心が宿るってもんだろ?」
「そっか」と言いながら、メールアドレスを教えてくれる明理。
俺はそれを軽くメモって、彼女と別れ帰宅した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――夜中の十時。
やっとラブレターを書き終えて俺は、メールを送った。
俺:「起きてるか?」
するとすぐ返事が。
明理:「起きてるよ」
女子高生ならこの時間まで起きているのは当然か。一体メールの裏で何をやっているのだろうと想像してしまい、なんだか恥ずかしくなった。
俺:「今書けた。これでいいかチェックしてくれ」
明理:「ありがと。見せて見せて」
俺:「貼るぞ」
俺:
「慎くん。
ロッカーに勝手に手紙を突っ込んだりしてごめん。どうしてもあなたに、伝えたいことがあるんだ。
実はあたし……慎くんのことが、好き。大好き。
初めて出会ったあの日から、あなたのことが忘れられない。
あたしが体育館で先生に、「下着を脱げ」と脅迫されていた時、あなたは助けてくれたね。
「先生、それはセクハラですよ」
怖い先生でみんな黙ってたのに、あなただけが勇気を出して言ってくれた。
結局あいつは退職になったっけ。
あたしはあの時のあなたの逞しい姿を見て、一目惚れしたんだ。
ずっとずっとあなたのことを想ってた。何夜も何夜も、恋焦がれて。
今日まで言えないでいたんだ。こんなあたしが、あなたに気持ちを伝えることすら烏滸がましいって。
でも背中を押してくれる人がいた。だから今、言うね。
どうぞ、この気持ちを受け取ってください!!!」
俺:「こんな感じ」
しばらく時間が空いた後、メールが届いた。
メールボックスを開く手が震える。どうして俺まで震えているんだ。
明理:「気になる点が二つ。まず、全体的に暑苦しい。それに背中を押してくれた人って、洋助くんのことなわけ?」
俺:「暑苦しいのは当然だろ、ラブレターってそんなもんだ」
俺:「背中を押したのも俺だぞ。俺がいなかったらお前、どうしてた?」
明理:「うーん。微妙に背中を押してもらったのとは違うと思うんだけど、まあいっか」
明理:「この文面でOK。愛を込めて書いてみる!」
俺:「色々と気に食わないが頑張れよ」
さて。明日はどうなることやら。
全てが無事に進んでくれることを祈るしか俺はできない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おはよう。ロッカーにあれ、入れてきたよ」
朝、学校へ着くと明理がそう喋りかけてきた。
「そうか。後は待つだけだな」
「どうしよう、なんだかめっちゃドキドキしてきたんだけど!」
「知らねえよ。おい、落ち着け。そんなにぴょんぴょん跳んでたら馬鹿だと思われるぞ」
頬を赤く染めて恥ずかしげにジャンプを繰り返す明理。
むしろそれが恥ずかしいことには、本人は気づかないのだろう。
「楽しみだけど怖い、これが恋なのかな?」
「そうなんじゃねえの? ほら、授業始まるぜ」
一時間目、二時間目、三時間目。
ずっとソワソワしている明理を横目に俺は先生の話を流し聞きしていた。
そして、昼休み時間。
「ちょっと、洋助くんきて」
切羽詰まった様子で明理がやってきた。
その手には小さな便箋が強く握りしめられている。
「どうしたんだ?」
「いいから」
次の授業まではもうすぐなのだが、悠長なことを言っていられる感じではなかった。
俺たちはまたもや屋上へ行った。
明理は地面に座り込むと、小さな声で話し出す。
「返事が、返事があって。これ。見てほしい」
便箋を手渡されたので、俺は軽く目を通してみた。
几帳面そうな、綺麗に整った文字だ。
「明理ちゃんへ
お手紙ありがとう。読ませてもらったよ。
可愛い文字だね。思いがこもってた。
その件で、君と少し話したいことがあるんだ。
放課後、体育館の裏に来てくれないかな? そこなら他の子たちもいないと思う。
待っているよ」
内容は至ってシンプル。すぐに断られたわけでもないのに、どうしてそんなに不安そうな顔をしているのか。
「面と向かってお話しするなんて……。なんか怖い。何を言っちゃうのか、頭が真っ白になるんじゃないかって」
彼女の言っているはわからないでもない。
しかしここはあえて言おう。
「これぐらいで緊張してたら、付き合えたとしてどうするんだよ? 赤面して逃げるつもりか? そんなのだせえだろうが」
「洋助くん……」
「恥ずかしがるな。自信を持て。ガチンコ告白、行ってこい!」
女に惚れたことも、惚れられたこともない俺がどの口でこんなことを言えるのかと自分でも呆れる。
が、どうやら恋する乙女の力にはなったようで――。
「行ってくる」
心を決めた顔で彼女は頷き、階段を降りて行った。
もう授業が始まっていることに気づき、俺も大急ぎで明理に続いたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
結果から言うと、明理は敗れてしまった。
体育館裏へ行ってみるとそこには慎と――、そして、もう一人が待っていたのだ。
それは学校のマドンナと有名な、摩沙子という上級生であった。
「どうして……」と明理が尋ねると、慎はこう言ったらしい。
「ラブレターの件、そう思ってもらえて僕は嬉しいよ。でもごめん、僕はもう好きな人がいるから」
それが隣の摩沙子なのだ。
摩沙子は申し訳なさそうに、「ごめんね。私のせいで」と謝ってきたという。
明理もそこまでされると抗うことができず、「摩沙子さんのせいじゃないよ」と作り笑いしてその場を去った。
が、ビリビリに引き裂かれた乙女心はそう簡単には癒えない。
涙を流し、激しく嗚咽しながら屋上へ戻ってきたというわけである。
「なんかごめんね。……すごくみっともない」
高二にもなって泣きじゃくるなんて子供かよ、と確かに俺は思う。
でもそんな彼女を無碍にするなんて誰ができるだろう。俺は背中をさすりながら言った。
「凹むな。また次の機会があるさ」
そんな俺を見上げ、涙の溜まった目で明理は――。
「実は、ね」
「うん」
「洋助くんのこと、あたし好きかも知れない」
驚いた。
一瞬、聞き間違いかと思ったくらいに。
「それは何の冗談だ?」
「ううん本気。あたし、洋助くんに色々助けてもらってるうちに思ったの。慎くんはもちろん大好きだったよ? でも高嶺の花で、あたしの手には届かないってわかってた。それより……、あたしのすぐ傍にいて親身になってくれる洋助くんのことが、あたしは」
「なぁ明理。俺も一つ言っていいか?」
「何?」
「俺もお前のことがその……あれなんだ。お前は慎が好きだと思ってたから言えなかったけど。だから、もし付き合ってくれるなら――」
「嬉しい。ありがとう」
俺たちは屋上の上で、一緒に笑った。
いつしか惹かれ合っていた二人が、互いに想いを伝える。クソドラマみたいな話だが、俺はとても嬉しかったのだ。
空が赤く染まっても、俺たちはずっと寄り添い、抱き合い続けていた。
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