女神様の放課後
「秀人、背負ってくれ」
「馬鹿かお前。まだ八十五段目だぞ」
「荷物が重いのじゃ」
「僕も同じだ」
境内に続く百段階段でコトハがそんなことを言い始めた。
口調と姿勢が相まって完全に発言がお婆ちゃんである。
コトハお婆ちゃん、はしたないですからそこに座りこまないでくれますか?
「なんで儂らはこんなところに住んでおるのじゃろうか。もっと低い土地でもいいと思うのじゃが」
「アスナワカヒコ様に言ってくれ。
アスナワカヒコ様がここに住んでいるのだから仕方ないだろ」
住めば都。なるようになる。
「──ま、まじゃか……」
「……ったくしょうがねえなあ」
コトハのろれつが怪しくなってきた。コイツ本っ当に体力がないな。
まずいと思った僕は仕方なく荷物を前に持ってきてコトハの前でしゃがむ。
「背負ってやんよ。ここで立ち止まられたら困る」
「す、すまぬ」
コトハの全体重が僕の背中に乗っかる。
意外と重い。
……そしてまったく期待してなんかしていないがやっぱり全然やわっこくない。
僕の骨とコトハの骨がゴリゴリ当たる。
「コトハ、アバラの感触がすげえ気持ち悪い」
「……」
コトハが無言で僕の首を絞めてきた。
気管が締まり万事休す。
マジでギブ!!ギブだから!
すんませんっしたぁあ!!
回りくどい言い方で傷つけてすいませんッしたあ!
「秀人よ、子泣きジジイという妖怪を知っておるか?一度背負ったものは死ぬまでその妖怪を背負わぬといけぬそうじゃ。実に楽しそうと思わんか?」
「それは背負われる側の話だ!こちとら今絶賛死にかけなんだよ!いい加減放せ!」
「お主が死ねば儂は離れるぞ?」
「全くもって意味がない!」
耳元で話されるのが非常に腹立つ。
こんなに悲しい美少女の耳打ちがあるのだろうか。いやない。
「仕方ないの。カルパス五本で許してやろう」
「わかった!わかったから放せ!」
コトハの腕の力が緩む。
ゼヒュー、ゼヒュー。
危うく冥土に行くところだった。
「儂の胸をとやかく言うようだったらこの先どうなるのかわかったじゃろ?」
「わかった。次からは気をつける」
女の執念やべえ。
今後気を付けよう。
「あらあら。お帰りなさい。仲が良さそうで何よりね」
鳥居の前には箒を持った母さんがニコニコしながら境内を掃除していた。
来るものすべてを優しく包み込むと言われる圧倒的微笑だ。
「好きでやってる訳じゃないんだけど」
「女の子には優しくするものよ。優しさを振り撒くのは悪いことじゃないんだから」
母さんが僕を諭すように言う。
僕がコトハに首を絞められていたところをバッチリ見ていたくせに……。
「あ、そう。ねぇ母さん、何か手伝うことある?」
「そうねえ……あっそうそう。御神籤の在庫出しておいてくれないかしら。多分もうすぐ切れると思うから」
「ハイハイ。コトハ、いい加減降りろ」
「玄関までおぶってくれてもよいではないか」
コトハが僕の背中で駄々をこねる。
これは味を占めている様子。
「歩かないと太るぞ」
「中途半端な運動は筋肉を溶かすらしいぞ。それに玄関まで歩いたところで儂の体脂肪率は変わらん」
「お前どこからそんなの知識を仕入れてきたんだよ」
「明日香じゃが?」
明日香のやつ、コトハになんて事を教えてるんだ。
お陰でコトハが子泣きジジイの思考になってるじゃないか。
「じゃあ十分な運動をしたら?」
「儂は別に太ってはおらぬからの。明日香みたいにいっぱしの選手になるわけもなし。当面は今のままの体型で十分じゃ」
「あら、コトハちゃんは手伝ってくれないの?」
母さんがコトハの目をじっと見てニッコリと笑う。
その無言の圧力を帯びた目を見てコトハはたじろいだ。
「な、何を」
「別に強制をしてる訳じゃないのよ?そうじゃないんだけど……あ、そういえばこの前毎年うちの参拝に来ている企業の方がお菓子を持ってきてくれたのよね」
「やる」
コトハ、お菓子を前に2秒で陥落。
この娘現金すぎる。
変な詐欺に引っ掛かりそうな勢いだ。
「じゃあお願いね。在庫は裏の倉庫においてると思うから段ボールごと引っ張り出して御神籤の引き出しに振り分けておいて」
「どっこいせぇ。ゼエ……ヒュウ……。この荷物ちと重すぎはせんか?」
「ん?そうか?」
段ボールを置くや否やコトハは壁にもたれかかってそんなことを言い始めた。
「秀人、儂はもうダメかもしれぬ。このあとの振り分け……頼んだ……ぞ」
「なあにやりきった感を出して仕事サボろうとしてんだよ。お前もやるんだよ」
「こんな儂をかわいそうな女子とは思わんのか?」
不自然に潤んだ目を向けてコトハが幼気な小動物のように振る舞う。
だが、僕は知っている。
本物の小動物ならまだしもこいつがそんなにかわいい生物ではないということを。
そして演技がそこそこできるということを。
だから慈悲はない。
「僕の目の前にいるのは居候の身でありながら家主の息子に自分をおぶらせて階段を上らせ、なおかつ自分から仕事をすることを約束しながらそれでさえも破ろうとする鬼畜野郎だよ」
「ぞ、ぞんな酷いごと言わんでもよいでばないがぁ~」
止めろ。ぐずるな。
「いいからやれ。お菓子のためだ」
「儂は動けぬといっておろう」
「神様が触ったら御神籤のご利益が上がると思うんだけどナー」
「紙くずで一年が左右されてたまるか。この儂が触れば確かにご利益は確実に上がるじゃろうが儂は人間全員が幸せになるようなことは望んでおらぬ。不幸な者がおるから幸福は価値があるのじゃ」
「それ多分神様が一番言っちゃいけない言葉だぞ!?」
コトハが急に真顔になった。
真剣そのものだ。
「儂らとて商売じゃ。ご利益を安売りすれば大損する。いい案配でご利益を配ることで賽銭とお布施をがっぽり頂くことが儂らの目的じゃ。おぬしとて儂らの力を使った商売じゃろ。他人の幸せを祈るより自分の幸せを祈れ」
こいつってこんなシリアスキャラだっけ!?
結構ディープなこと言ってるぞ!?
僕は思わず生返事をする。
「へ、へえ」
「儂は商売のためにこの手を休めておるのじゃ。戦略的撤退ならぬ戦略的休憩じゃ。決して働きたくないのではない。多分」
「ダウトォ!働けェ!」
危うく騙されるところだった!
こいつもっともなこと言ってサボりたいだけじゃないか!
「女子を無理に働かせるのはどうかと思うぞ?」
「母さーん!コトハがー」
「待て待て待て!わかったぞ!働けばよいのじゃな!よし!やる気が出てきたぞ!だから言いつけるのだけは止めてくれ!」
僕は最終兵器お母さんを呼び出してコトハを働かせた。
「秀人、そのどら焼きを寄越せ」
「お前ちゃんと二個食べただろ。夕食ももうすぐなんだし我慢しろ」
「抹茶餡と白餡は食べたがまだこし餡を食べておらぬ。本当は儂はつぶ餡が好きなのじゃがな」
「注文多いなッ!」
神社の隅で仕事の報酬を食べている。
母さんが企業の方に貰ったのは老舗和菓子店のどら焼きだった。
とても上品な味がする(小並感)。
「お主のものは儂のもの、儂のものは儂のものじゃ」
「歌が絶望的なガキ大将の台詞だぞ?それ」
「一人称が違ったらそれはもうオリジナルじゃ」
「中国人のパクリ思想じゃないか……」
「わかったらさっさと寄越せ」
「別にいいけど僕の風呂掃除当番もお前のものな」
「やめる」
「賢い」
僕はコトハから取り返したこし餡どら焼きを食む。
ちなみの僕はこし餡派だ。
「……」
「……」
「……」
「……わかったよ!一口だけやるよ!だからそんなに見つめるな!」
「流石じゃ秀人。儂の考えがわかるとは」
「誰だってわかるわ!鬱陶しい!」
つくづく僕も甘いものだ。
僕はどら焼きをコトハの顔の前に向けた。
コトハは嬉しそうに口を開けてどら焼きを胃のなかに納める。
「お前ほんと躊躇しないな!半分消えたぞ!」
「半分は言い過ぎじゃ。正確には四割九分九厘じゃな。四捨五入でゼロ」
「これがゼロになってたまるか!」
ダメだ、こいつに食べ物をあげちゃいけない。
いつかこいつに謙遜と思いやりという言葉を教えないと。
「ったく、他の人には絶対やるなよ?友達ができなくなるからな」
「そんなことで友達をやめるようなやつは器の小さい者じゃ。儂はそんな友を求めておらぬ」
「最近の若者の友達事情に一石を投じたな」
「友達は作ればいいものではない。友情にどれだけの価値があるかで人生の豊かさが決まるのじゃ。量より質とはこういう時に使うものよ」
自信満々に言うコトハ。
十五歳が口にしているとは思えない文章だ。
「それに気づかなかった秀人は鳥の羽よりも軽い友情だらけということになる。おぬしもそういう者が見つかるとよいな。きっと秀人なら見つかると思うぞ」
「いるし!ちゃんといるし!何勝手に僕に友達がいないと決めつけてるんだ!」
「かわいそうに。そんなに見栄を張らんでよいぞ。儂はちゃんとお主がよい人間だとわかっておる」
「止めろ!そんな目で見るな!全然違うから!全く根拠がないから!」
「そうじゃな。そう思っているのが一番よい。おや、日が暮れてきたの。夕食の時間じゃ」
「おい!人の話を聞け!」
「その話はまた今度」
「この話を終わらせるなぁ!」
しかし無慈悲かな。
今回の話はこれにておしまいなのだ。
……いるからね?
話は終わるけど、友達はいるからね?
本当にいるからね?
いるから!ちゃんといるからぁ!!




