第三話
「では行ってきます。長、皆」
「ああ、頼んだぞ。必ず生きて帰ってこい」
拠点から出る際、見送りをしてくれた。
馬に跨った戦士二十名、怪我をした戦士の代わりに若い者が一人入っている、今回が初陣になるかもしれない。
「行くぞ。サハル」
「ええ」
隣には黒頭巾を被ったサハルも居る。
屈託のない笑みを浮かべているが…
「どうしたのラシド?」
「あ、いや…何でもない」
昨日の夜に彼女が見せた表情を思い出してしまった。
「いくわよ」
「ああ」
「ラシドさん、俺は生き残れるでしょうか?」
「何言い出すんだ、お前」
砂漠を馬で移動する道中あと少しで目的の場所に到着しようかというときに、新入りの戦士がそんなことを聞いてきた。
頭巾で顔の大部分は隠れているが僅かに見える瞳からは不安の色が窺える。
「戦場に出るのは初めてです。俺よりも圧倒的に訓練を積んできた戦士が何人も死んでいくのを見てきましたから…不安で」
「不安か…」
ラシドにもそんな時期があったが…
「そうだな…まずお前が戦場に出て気をつけることはな。『目』だ」
「目?」
「緊張で視野が狭まる、そうしたら横から来た敵にあっという間にやられるからな」
「なるほど…」
「死ぬなよ。死ななきゃ何とでもなる」
「はい」
本当なら何とかして緊張をほぐしてやるべきなのだろう。
だがラシドにはこれが精いっぱい。
もう少し喋れる口が欲しいものだと、彼は思った。
「そら、もうすぐだ。警戒しろ」
彼らの前に、徐々にハダリン族の拠点が姿を現す。
素焼き煉瓦を積み上げて作った箱のような形の建物の数々。
「妙だな」
「ん?」
ふと、仲間の一人がそうつぶやいた。
「音がしない。もうだいぶん近づいているのに」
「ふむ…」
確かにそうだった。
人々の喧騒すら聞こえない。
「サハル、半分連れて風下から行け。俺は風上…崖の方から行く」
「分かった」
ハダリン族の拠点は崖の下にある平地に作られている。
今ラシド達が居る場所は拠点から見て低い場所にあり、拠点の全容を見ることは叶わなかった。
崖に登って観察することに決めた。
「行くぞ」
「ああ」
「死ぬなよ。そっちも」
「…やってくれたな」
崖に上ったラシドは目を細めながらそうつぶやいた。
音がしないのは当然である。
拠点の人間は全員殺されていた。
「敵は居ないな。降りるぞ。それとサハル達に連絡を頼んだ」
「はい」
伝令役に新入りの戦士を向かわせると、ラシド達はハダリン族の拠点に踏み込んだ。
建物の土壁にべっとり付いた血糊、そこかしこに倒れ伏した死体、刺さった矢や折れた槍がまるで墓標のようになっている。
「酷いな」
「砂で分かりにくいが飛び散った血が真っ黒だ。結構時間が経ってるな」
「死体もかなり乾燥してる。俺たちが拠点をでた時にはもう死んでたんだ」
「死体の数が合わんな。大部分は逃げたか…それとも捕虜にされたか」
連れてきた戦士たちが極めて冷静に分析している。
「生存者を探せ」
生存者などいないようにしか見えないが、それでも念のためだ。
「おいラシド!いたぞ!!」
「本当か!?」
サハル達も合流し、生存者を探していた彼ら。
半ばあきらめようとしていた矢先に戦士の一人が声をあげた。
「何処だ!!」
「こっちだ!」
声のする方に他の戦士たちも集まる。
場所はなんと井戸であった。
「井戸の中に居た。一人だけだったがな」
戦士が抱きかかえてきたのは一人の小さな少女だった。
ずぶ濡れで虚ろな瞳をしているが、確かに息がある。
「…サハル、これを。着替えさせないと」
「わかったわ」
ラシドは自分の上着を脱いでサハルに手渡した。
「あの子にいろいろ聞かなきゃならないな。暫くここに居よう。交代で見張りを」
「ああ、わかった」
ラシドは崖の上に向かい、見張りを始めた。