第一話
「戦果は上々ね。ラシド」
「ああ、そうだな」
敵の兵士が逃げ、捕虜に縄をかけて戦いが終わるとラシドは顔に付いた血を拭っていた。
隣にいるサハルも黒頭巾で顔の大部分は見えないがかろうじて見える目元は笑っているように見える。
「逃げた仲間はどうする?」
「あっちの方角に水は無い。目印になるようなものものもな。後は太陽と砂漠が始末してくれる」
曲剣を腰に戻した彼は、捕虜になったティエップ兵を睨みつけながら言い放った。
「お前たちは…そうだな、味方の目印にでもなってやれ」
「な、何をする気だ?」
狂気を纏った笑みを浮かべるラシドと頭から血を流しながら怯える兵士。
その顔が絶望に染まるのにさして時間はかからなかった。
「味方は…この近くにいるはずだ」
二日後の正午、瀕死の状態でたまたま生き残った兵士の一人が本隊に夜に起きたことを伝えた。
怒り狂ったティエップ軍の指揮官は直ちに兵士を一千ほど派遣した。
「おい!あれ!」
「糞が!!砂塵の民めッ!!」
水場の近くに行くとそこには…
「…回収してやれ」
両腕両足の健を切り手足を他の仲間と一緒に縛り上げられた死体の群れ、それがそこにはあった。
「致命傷を与えず、食料も水も与えず砂漠の夜の寒さと日中の熱でじわじわ嬲って殺す。間違いなく奴らの仕業だ」
「どうしますか?」
「進んでもこの砂漠は奴らの領域だ。ここにとどまっても夜襲を仕掛けられるだろう」
「撤退ですか?」
「あの水場を餌にしてどこかで待ち伏せる手も無くはないが、この人数だ。見破られる。撤退だ」
「糞ッ!!奴らどこに行きやがったんだ!!」
「ラシドが帰ってきたよ!」
「おかえりラシド!」
一方でラシド達はというと羊の革で作った幕舎が立ち並ぶ砂塵の民の拠点に戻ってきていた。
子供が元気に駆け寄り、女性たちは羊の乳と肉でスープを作っている。
「こらこら、ラシドも皆も疲れてるの。休ませてあげて」
「うげぇサハルだ!お小言サハルだ!」
「うるさい。早く行きなさい」
黒頭巾を脱いだサハルが優し気に窘めるが子供たちは嫌そうな顔をする。
はーい、返事をしながら再び走っていく子供。
ラシドとサハルも彼らの姿を見て少し安堵した。
「また帰って来れた、な…」
「ああ、そうだ」
ラシドの後ろには負傷者も居る。
腹部や腕に傷を負ってはいるが命に別状はない。
「薬を塗ってもらおう。飯も沢山食えば傷も治るさ」
「ああ、そうするよ」
「で、お次は…」
「………」
負傷者を見送った後、後ろに死んだ目で佇む兵士達が五人居る。
ティエップ兵の捕虜だ。
「荷物を下ろせ」
彼らは背中には様々な荷物を持って帰ってきている。
砂塵の民の物もあれば、ティエップ兵の略奪品もある。
背中に縛り付け、後ろから鞭で打って無理やり連れてきた為弱っている捕虜がほとんどだ。
「お前たちの食料があるな。少しだけ食わせてやる」
「いいの?」
「ああ」
ラシドは荷物のうちの一つを開けて、彼らの食料を出し縄を解いて運んできた捕虜に食べさせた。
「ラシド兄ちゃん、そいつらティエップ兵じゃ…」
「ああそうだよ。捕虜だけど、身代金が入ったからこれから返しに行かなきゃいけない。だから暫くまた居なくなるよ」
先ほど走っていったはずの子供の一人が帰ってきて、二日ぶりの食事を貪るティエップ兵を見ていた。
「そうなんだ…」
「なに、すぐに帰ってくるさ」
「子供たちが怖がるから、向こうに行きましょうか」
「来い」
「あ、ああ」
ラシドとサハルに連れられ、捕虜は拠点から離れた。
「…その様子から察するに、食事に毒は入ってないな」
「みたいね」
拠点から離れたとたん、ラシドとサハルの表情が一変した。
完全な無表情に。
「俺たちをどうするつもりだ?殺したら身代金ももらえんぞ」
「ああそうだな。お前達にはしてもらうことがある」
言葉で自分の身を守ろうとしているのだろうが、二人の黒い瞳にはとても滑稽に映る。
「なんだ?」
「ラシド、『してもらった』の間違いでしょう?」
「そうだったな。毒見と荷運びは終わった。お前らは不要だ」
その言葉を皮切りにサハルは縄を使って捕虜の首を絞め始めた。
「待て!!捕虜の殺害、拷問は法律で…」
「お前たちの法など知るか。死ね」
女性であるサハルだが、二日間ほとんど飲まず食わずでさらには鞭で弱り切った人間の力などたかが知れている。
他の捕虜も逃げ出したが簡単につかまり、首を絞められ、あるいは折られて死んだ。