課長はハゲてるから良いんじゃないですか!!
我が社には、ハゲが居る。
山積みのファイルの壁の向こう。死角と化したデスクに、そのハゲが鎮座している。
誰しもがその壁に感謝しながら、今日も一日自らの使命を果たすべく邁進している。
「米窪さん」
「はいな」
ハゲがヌッと現れた。ハゲは一応ながら課長である。課長だからハゲなのか、ハゲだから課長なのかそこは不明だが、一度休憩室で「ストレスでああなるなら、課長職なんかやりたくないな」と、噂されているのを聞いたことがある。
「ここ、数字間違ってる。直して」
「ゲッ、すみません」
ハゲ課長は僅かなミスも見逃さない。かなり細かいハゲだ。
細かいのからハゲなのか、ハゲだから細かいのか、そこは不明だが、一度休憩室で「課長が七味唐辛子分解して『山椒が少ないな』とか言ってたぜ」と、噂されているのを聞いたことがある。
「あと、回覧板」
「あ、はい」
【忘年会のお知らせ】と書かれた回覧板。課長主催の忘年会は、毎年気不味い空気が流れ、誰しもが嫌々ながら参加している風であった。
しかし、課長の選ぶお店はいつも当たりだ。秘かにお店巡りでもしてるのだろうか?
とりあえず参加にマルを付けておく──。
「今日は米窪さんだけだよ」
「はぁっ!?」
隠れ家風居酒屋の面倒臭い廊下を抜け、忘年会の席に着いた私に課長がとんでもないことを言ってくれた。
「何故!? Why!? kial!?」
「うん、落ち着いて? ビールでいいかな?」
「ダメです。ウーロンハイで」
「あ、はい」
お酒と料理が運ばれてくると、二人きりの忘年会が始まった。
「皆忙しいってさ。寂しいね」
「課長は忙しく無いんですか?」
忙しくない訳が無いことは私も重々知っている。
何故なら課長のデスクの書類が、この頃はいつもの三倍高くまで積み上がっているからだ。
「今日の為に何とか予定開けたからね」
「参加者私だけですけどね」
「悲しいなぁ……もしかして、私人望ないのかな?」
ビールをチビチビと飲む課長がしょんぼりと背中を丸めた。なんと情けない姿だろうか。普段の威厳ある課長が微塵も感じられない。ただのハゲだ。
「いつも常務にあれこれ言われて、下からも影でコソコソ言われて……会社辞めようかな、ハハ」
どうやら課長だからハゲてしまったらしい。
やはりストレスは頭皮に良くない。
「米窪さんも、本当は来たくなかったんじゃないかな?」
「いえ」
「ほんと?」
「お店のチョイスが最高なので。それに二軒目は課長の奢りですし」
忌憚ない意見を申し上げた。課長は苦笑いをしている。
「君は裏表がないねぇ」
「課長にだけです」
「そうか、嬉しいような悲しいような。あ、次もウーロンハイでいいかな?」
「ダメです。次は梅酒ソーダって入店時から決めてますから」
お酒と料理が運ばれてくる。二人で座るテーブルがとても広く感じられた。
「課長は結婚しないんですか?」
「いきなり容赦なく踏んだね……まぁ最も、こんな薄毛と結婚してくれるような人は居ないかな」
ハゲだから良いんじゃないですか……。
課長、あなたハゲだから良いんですよ。
「このカルパッチョ美味しいですね」
「うん。そうだね」
次第に会話が無くなっていく。ヤバい。何か話してないと酔いそうだ。何より気不味い。
隠れ家風居酒屋の独特の照明が、ただただ容赦なく課長の頭皮を照らしている。
「課長はもう少し強気に行かないとダメだと思いますよ?」
「そうかな……まぁ、そうだよね」
「常務なんか、頬引っ叩いて課長のデスクの書類で埋めてやれば良いんですよ」
「ハハ、それはいい」
焼き鳥を箸で分解する課長。
串ごと丸かじりの私。
手羽先の持ち手をアルミホイルで包む課長。
手にソースが付こうがお構いなくそのまま掴む私。
「米窪さんはストレスとは無縁そうだね」
「そんなことないですよ」
「たとえば……どんな?」
「課長がだらしないとか、課長が頼りないとか」
「うん、ごめんね……」
「あ、梅酒ソーダおかわりで」
グラスの氷をバリバリとかじり、おかわりを飲み干したところで、二件目の話になった。
「知ってるバーがあるんだけど、どうかな?」
「ん、それはデートのお誘いですかな課長」
タッパーに残り物を詰めながら、意地悪そうにこたえた。課長は案の定戸惑った。
「えっ、あ、いや、そういうつもりでは、ないんだけれども……」
「今日は私しか居ません。つまり、そういう事ですよね?」
「えっ、いや、あ、その……よ、米窪さんさえ良ければ……」
課長の視線が危ないくらいに泳ぎだした。
まるで酔っ払いよりも酔っ払いらしい動きだ。
「課長さえ宜しければ」
その一言で課長は落ち着きなくおしぼりをいじり回し、そして立ち上がった。
「お、お願い……出来ますか、ね?」
「はい。喜んで」
タッパーを鞄に押し込み、店を出る。
外は涼しく、気持ちの良い風が吹いている。
「ねえねえお姉さん」
まるで出待ちをしていたかのように、自販機の横に座っていた若い酔っ払い達が私の前へ現れた。
「一人? これからどう? カラオケでも行かない?」
頭がフラフラと定まらない青年達の顔がズズッと迫る。後ろを見ると、課長はまだ会計をしていた。どうやらカードが見付からないようだ。頻りに財布の中を引っかき回している。
「すみません、もう未来永劫予定が入ってますので」
「え~? いいじゃん、ねえ?」
ウンウンと同調する青年達。
ここでようやく課長が店の外へとやって来た。遅いぞハゲ。
「米窪さん?」
「見ての通り、ナンパされてます」
課長の腕にこれ見よがしにしがみ付く。
青年達は呆気に取られた顔で私達を見ている。
「ハゲてから出直して来なさいな♪」
「米窪さん? なんですかこれは?」
課長の腕を引き、角を曲がる。
より強く、課長の腕にしがみ付いた。