第6話 『天球』にて2 =初めての友達と新たな少女=
四年前の夏以降、僕と君は直接会う機会もなく、年末年始に送るホリディカードのやり取りだけを続けていた。
カードの中で太陽のように微笑む君と、穏やかな笑顔の柊夫妻の家族写真は、僕の手元に三年分が保管されている。
君は年々成長していき、その姿を見るのが、僕の密かな楽しみとなっていた。
去年の暮れに届いたカードを目にしてから、既に半年以上が経過している。
現在の彼女は、カードの中の姿よりも、更に大人びて見えた。
君の存在感は人目をひくのか、ロビーのソファで寛いでいた宿泊客からも視線を集めている。
あの頃の幼さは既になく、成長した現在の彼女は、僕の目にあざやかに映った。
変わらないのは、彼女が身に着けている服の色。
初めて出会ったとき、僕の視界を奪ったのは薄紅。
僕達二人の、再会の色も──淡い紅色だった。
君のスラリとした立ち姿に、会えなかった四年の歳月を感じる。
以前よりも短く切られた黒髪は、彼女の意思の強さを強調しているような気がした。
「紅子? この人、誰?」
君の後ろから、突然、女の子の声が割り込んだ。
再会の驚きに、僕の目は君以外の人物が近くにいたことに気づいていなかったようだ。
僕は、その少女に視線を移し、首を傾げた。
どこかで会ったことがあるような気がしたのだ。
でも、いつ?
どこで?
僕が疑問を抱いた瞬間、君の声がロビーに響く。
「コレは、克己くんだ! わたしの初めての友達」
「え!?」
「なによそれ!」
僕とその少女は同時に叫んだ。
「紅子、聞いてないよ? わたしが最初の友達じゃなかったの? 幼稚園で一時帰国の体験入学に来たときに、紅子のお母さんから、そう聞いていたんだけど?」
少女は君の薄紅色のブラウスの裾を掴み、確認をとっている。
僕にしても、初耳だったので、その様子を見守った。
君は少女に向けて、右の掌を差し出す。
「日本で出来た最初の友達」
次いで、僕の前に左手を伸ばす。
「初めての友達」
上機嫌な様子の君は、身振りをまぜて再度説明した。
その少女は、僕のことをキッと睨みつける。
「ちょっと、アンタ。わたしも紅子の仲良しなんだからね! 日本で最初の友達!」
「その通りだ。でも、克己くんは、アンタという名前じゃないぞ。ホレ!」
君はそう言うと、不貞腐れる少女を僕の目の前に押し出した。
「紅子ぉ〜! なによこれは! どうしろっていうのよ!」
不満そうな少女とは違い、君は屈託なく笑う。
「二人ともわたしの大切な友達だ。だから、まずは、握手! シェイクハンド!」
君は、僕と少女の手をとると、重ね合わせた。
多分、僕の方がこの少女よりも年上だ。
少女の言動から、僕の存在を良く思っていないことが伝わり、理由がわからず理不尽さを感じたものの、僕が先に挨拶をしたほうが良さそうだと判断する。
「あの──鷹司克己です。はじめまして」
少女は唇を突き出し、無理やり握手させられたその手をジッと見つめている。
「ズルい。先に挨拶されたら、わたしが完全に悪者になった気分。アンタだって、ちょっと、わたしのこと……嫌だって思ったくせに」
僕はドキリとした。
嫌だとは思わなかった。だが、どうしてか、この少女のことを羨ましく感じていたのは事実だった。
ごねる少女に向かって、君は腕組みをしながら溜め息をつく。
「……それは、もしかして、嫉妬というやつか? 女の嫉妬は見苦しいと、昨日見たテレビで誰かが言っていたぞ?」
嫉妬?
ああ、そうか。
この少女は、仲の良い友達を突然現れた人間に奪われた気分になり、不安がっているのかもしれない。
友達を奪うつもりはまったくなかった。
僕は、この場を丸く収めようと口を開く。
「僕と紅ちゃんは、四年前に一度遊んだきりで、ここで会ったことを驚いているくらいなんだ。僕が初めての友達だったのかもしれないけど、キミのほうがずっと紅ちゃんのことを知っていると思うよ」
少女は、僕のその言葉を耳にして、満更でもないような表情を見せる。
「そ……そうよね! わたしの方が紅子のことを知ってるわ! アンタも、なかなか分かってるじゃない」
少女が腰に手を当てて胸を突き出した瞬間、君の呆れ声が飛んできた。
「アンタじゃない。克己くん、だ! あと、自己紹介がまだだろう?」
その言葉を耳にした少女は渋々という体で、僕に挨拶を始める。
「あ……そうだったわね。克己……くん? はじめまして。わたしは紅子の大親友──」
その少女が強調した言葉に精一杯の気持ちが込められているようで、僕は途端に微笑ましくなった。
だが──少女の名前を知った瞬間、僕の身体と表情は固まることになる。
「──月ヶ瀬美沙子よ。よろしくね」
次話
『天球』にて3 =「何のために、弾いているの?」=
を予定しております。