第3話 出会いの色3 =君の夢と僕の夢=
身体と心の両方が温まった頃、大人達から「こっちにおいで」と呼ばれた。
テーブルの上には、焼き上がった肉や魚介類、それから野菜がずらりと並べられていた。
先ほどのプール遊びを見ていたのだろう。母が、君に声をかける。
「紅子ちゃんは泳ぎがとっても上手なのね。将来は水泳の選手かしら?」
君はにっこり笑ったあと、首を左右に振った。
「ピアノ! ピアノ弾く人。あのね、ピアノ、あとで聴いて」
聞けば君は、去年からピアノを習い始めたという。
柊夫妻は君に「今夜、聴かせてくれたら嬉しいな」と伝え、僕の両親も「ぜひ聴かせてね」と微笑む。
君は嬉しそうな笑顔を見せると、今度はお皿に盛り付けられた食べ物の観察に夢中になったようだ。
柊夫妻が、今度は僕に質問を振ってくれた。
「克己くんの将来の夢は、なんだろう?」
僕の夢。
それは──
「お家の……『TSUKASA』のお仕事を手伝うの。色々な人に楽器を弾いてもらいたいから」
祖父の経営する会社は、世界的にも有名な楽器メーカーだと聞いている。
まだそれがどんな仕事なのかわかっていなかったけれど、みんなが笑顔で音楽を楽しんでくれたらいいなと、僕は常々思っているのだ。
「そうなのか? 初めて聞いたぞ。紅ちゃんも克も、二人の夢が叶うといいな」
「そうだな。じゃあ、子供たちの希望が叶うことを祈って──乾杯だ!」
父親二人の言葉に、母親たちが「もう、早く飲みたいだけなんでしょう」と言って笑う。
両親それぞれがお酒やお茶で乾杯をし、それを見ていた僕と君も親の真似をして、近くに置かれた空のコップを合わせて遊んだ。
パラソルの下にできた日陰に入り、出来立てのバーベキューを皆で一緒に頬張った。
プールで遊んだことでお腹が空いていた僕は、いつもより勢いよく食べ物にかじりつき、そのあまりの美味しさに驚く。
ふと、隣を見ると、君の頬が食べ物を詰めて膨らんでいた。
リスみたいで可愛いなと思った僕は、ジャグジーの時と同じように、なぜか心の真ん中が温かくなった。
君の母親からレモン水を手渡され、一口飲んでその美味しさにも感動する。
ほのかに感じる酸味が舌を刺激し、油ののった食事と相性がいいようだ。
とても気に入ったので、僕はそのレモン水を何度もおかわりしては喉を潤した。
両親はライムを絞った瓶ビールや、オレンジの果肉を加えたビールを飲んでいる。
大人たちは笑いながら、会話に花を咲かせているようだ。
その日の晩、僕たち一家は、柊家に宿泊することになっていた。
久々の再会で話の尽きない両家両親たちは、夜遅くまで話し込むらしい。
バーベキューが終わり、君と僕の子供二人は就寝準備をはじめる時間になったようで、母親二人が手分けをして動きまわる。
窓の外を見ると、夜八時を過ぎているのに、外はまだ明るい。
夜なのに……と、不思議な気分だ。
柊夫妻から、今はデイライトセービングという夏時間の最中だと教えてもらった僕は、その言葉を必死で覚えた。
どうやら夜の九時近くまで、真の暗闇は訪れないらしい。
歯磨きとフロスを完了させると、君が僕の手を引いてピアノの前に移動する。
演奏を皆に披露するのだと言って、君は笑顔を見せた。
部屋の中央に置かれたグランドピアノは黒い艶を放っている。そのピアノに近づいた僕は、製造メーカーの文字を探した。
楽器を見ると、つい知りたくなってしまうのだ。
鍵盤蓋の内側に『TSUKASA』の文字を確認し、僕は嬉しさに声をあげた。
「あ! このピアノは……」
僕の言いたいことがわかったのだろう。
柊夫妻が、よくわかったね、と言って微笑んでいる。
「そうだ。これは、克己くんのお父さんの会社で造っているピアノ。こちらの国でも、とても人気があるんだよ」
その言葉に、僕はとても誇らしい気持ちになる。
祖父と父は、楽器や音響機械を扱う会社を経営している。
「うちの楽器は世界的にも有名なんだぞ」と、祖父はお酒を飲むと時々自慢気に僕に教えてくれるのだ。
実際に使用している人の話を聞き、世界中の人に本当に愛されていることがわかると、やはりとても嬉しい。
将来、父がその会社を継ぎ、更にその先の未来では、僕自身も彼らの仕事を手伝いたいと思っている。
良い楽器との出逢いをつくり、音楽を楽しむ環境を世界中の人に広めることができたら、幸せだろうなと思うのだ。
だからそれが──僕の夢。
次話
出会いの色4 =指への御礼と甘酸っぱいドーナツ=