第11話 中学最後の夏2 =『匂い』と『言いつけ』=
君との電話の中で、学校のことについても話をした。
「同じ学校なのに、なかなか会わないよね。廊下で、すれ違うこともあるかなと思っていたけど、もう一年以上経つのにね」
──と僕が伝えたところ、君の言葉の歯切れが悪くなる。
「ああ……それか。美沙子に、学校で克己くんと直接話しをするなと止められているんだ。なんでも、学校生活を平穏無事に過ごすため?──に必要だとか? 美沙子の言う事は大抵正しい。それに、確かにそんな『匂い』がするからな。面倒ごとは苦手だ」
君は時々、野生の勘のようなものを働かせるときに『匂い』と言う言葉を使う。
しかも、その直感を外したことは、今まで一度たりとないのだと、いつのことだったか誇らしげに語っていた記憶がある。
僕に話しかけない方がいいと感じる『匂い』とは、一体なんなのだろう?
美沙子に止められていると言うのも、なんだか聞き捨てならない。
詳しく話を聞いたところ、美沙子からは「話しかけようものなら大惨事になって、結果的に克己くんにも迷惑がかかるのよ。いいからわたしの『言いつけ』を守ってちょうだい」と、学校での交流を止められていたようだ。
僕はその事実を今日初めて知ったことに、愕然となった。
校内で会わないことを、不自然に感じたことも確かにあった。でも、気のせいだと片づけて、深く考えることもしなかった。
だがこの電話で、美沙子がその状況を作り出すのに暗躍していた事実が発覚したのだ。
校内で僕たち三人が、お互いに鉢合わせしないための労力を惜しむことなく、美沙子はかなり用意周到に僕を避けていたようだ。
彼女はどこで入手したのか、僕のクラスの時間割を持っていて、移動教室等でも僕と会わないルートを選んでいたらしい。
だから、この一年半近く、同じ学校にいても二人とすれ違うことすらなかったのか──と、茫然自失状態。
その徹底した回避行動に、僕はやはり嫌われているのだろうか、と不安になる。
そこを、君の言葉が僕を襲った。
『美沙子曰く、克己くんは素直だから疑問にも思っていないだろうけど、騙されやすそうで色々と心配──らしいぞ。変な人間に引っかからないようにな』
最後に君から忠告を受け、僕は電話を切った。
内容はどうあれ、心配してくれていることには違いないので、嫌われているわけではなさそうだと少し安堵もする。
美沙子の言葉と一年以上にわたる隠密行動の理由を知りたかった。
後日、職員室近くで美沙子を偶然見かけた僕は、彼女を呼び止めようとした。のだが、何かを察知した美沙子は顔を引き攣らせると、シッシッと虫でも追い払うような仕草を見せ、次の瞬間には脱兎のごとく逃げだした。
やはり嫌われているのだろうか、と肩を落としていたその日の晩、珍しく──と言うよりは、初めて美沙子から自宅に電話が入った。
彼女の声は、なぜか怒り狂っていた。
『アンタは自分を知らなさ過ぎる! 学校では絶対に話しかけないで! 紅子にもよ! わたしたちのためを思うなら!』
──と、ひと息で捲し立てた。
久々にアンタと呼ばれ、小さい頃のことを思い出した僕が「アンタって呼ばれるの、出会ったとき以来だね。懐かしいな」と笑うと、美沙子は呆れたように溜め息をついた。
『克己くん、自分の顔、見たことある? あと、本当に何も知らないの?』
「え? 顔は毎朝洗顔したあと洗い残しがないか、ちゃんと見ているよ。何も知らないのって……なんのこと?」
美沙子は僕の返答に「呑気なんだから! 天然か! もう! 無自覚って本当にコワイ」と、途端に語気が荒くなる。
最後に美沙子は、「わたしと紅子のことを、少しでも大切な幼馴染みと思ってくれるなら、学校では二度と話しかけないで」と言い、最後に「わかった? 返事は?」と念押しされた。
彼女のあまりの剣幕に、思わず「わかりました」と答えてしまった僕だ。
電話を切ったあと、首を傾げていた僕をみつけた母が「どうしたの?」と声をかけてくる。
君から聞いた話と美沙子との会話。その二つを話したところ、なぜが母は、残念なものを見る目で僕を眺めていた。
「ああ……ナルホド。克己は生徒会役員もしているから、きっと目立つのよ。あと、お父さんに似て、男の子にしておくには勿体無いほどの美人さんだしね。美沙子ちゃんは、色々とトラブルがおきないように、紅子ちゃんと自分のことを守っているのよ──ほら……女の子の世界は、色々と複雑で難しいから」
理不尽なものを感じたけれど、母曰く──女の子の世界というものは修羅の世界らしい。それを知った僕は、美沙子の『言いつけ』を、とりあえず守ることに決めた。
君が今まで一度も外したことがないと言った『匂い』についても、とりあえず信じてみようと思ったのだ。
次話は、
第11話 中学最後の夏3
=君の口調と思春期のマナー=
を予定しております。







