六章
こうして、
晴れてハッピーエンドを迎えた俺達だが…
問題が2つあった。
・アナベルの婚約者
・アナベルのご両親に交際を認めてもらう
この2つだ。
だが、どうしたものかと悩む必要はない。
俺に婚約者と同等、あるいは
その上を行く建前があれば、
そんな問題は壁にすらならない。
昔から何かと負けず嫌いで、
地位と権力を手に入れるためには
手段を選ばない人間だった。
そのお陰かただの一般市民の俺は、
有名企業の次期副社長の座まで
上り詰めた。
この日のためと言わんばかりの下準備だ。
前世の俺はアナベルを守れない自分を
酷く蔑んでいたから、
記憶を持っていなくても
意思だけは貫いていたようだ。
「明日イギリス行ってくるなー」
急な申し出にアナベルは
呆気に取られている。
「アナベルのお父様にアポ取れたから」
「え、?貴方が良く取れたわね」
「アナベルは俺のストーカーなのに、
うちの住所しか調べなかったのか?」
「貴方の連絡先は直接聞いたし、
あの時は住所しか
調べる必要がなかったもの」
「まぁ、確かに一理ある。
でも俺はただの一般人じゃない。
知名度国内1位の自動車製造会社の
次期副社長様だ。
俺の年齢の割には十分だろ?」
「……正直、驚いたわ」
「一般人からそこまで上り詰めたんだ。
やっとわかった。
なんでこんなに努力してまで
今の地位を死に物狂いで手に入れたのか。
アナベルを守るためだったんだ。
あの頃は悔しい思いばかりだった。」
「それにしてもうちの10分の1もない
1LDKのマンションに、殺風景な内装…
全然贅沢品も置いてないから
想像もつかなかったわ…」
「あんまりそういう金の使い方
好きじゃないんでね。
仕事柄スーツと時計くらいは
気をつけてる。
家なんて寝にしか帰らないから、
最低限のものが揃っていれば十分だ」
「貴方のそう言うところ
嫌いじゃないわ」
「っで、明日イギリス行ってくるよ
アナベルの婚約破棄と
交際の件話してくる」
「ああ、それなら!
ちょっとPC借りるわね…」
アナベルは俺のPCで
カメラ通話アプリにログインすると
通話をしだした。
「はぁい、パパ。元気にしてる?」
〖愛しのアナベル〜、
パパは元気にしてるよ〜!
アナベルは元気にしていたかい?
そっちは夜だね!
パパはこれから
お仕事に行くところだよ〜〗
「勿論よパパ。
明日こっちの企業の方から
アポがあるでしょ?」
〖気になってた会社だったからね
会ってみようかと思ってね〜
そんな事よりなんで
アナベルが知っているんだい?〗
「アポ取付けた次期副社長さん
私の恋人なのよ」
〖…………………え、アナベル今なんて?〗
「私達の交際の許可を貰うために
アポ入れたんですって。
レクシーよ!レクシーを見つけたの!」
〖ああ、アナベルが幼い頃から
よく話していた
空想上の恋人かい?〗
「空想じゃないわ!
それに私に想い合う相手が出来たら、
婚約破棄してくれる
って約束だったでしょ?
相手が有名企業の次期副社長なら
なんら問題はないわよね?
だから祝福して欲しいのよ」
〖パパも会ってみたいからなぁ
明日2人で遊びに来たらどうだい?
せっかくアポ取ってるんだし〗
「昨晩はあの様な形のご報告になり、
申し訳ありませんでした…
私はテオルド・ステイムスと申します。」
きっちり会社の名刺を手渡す。
「営業マンっぽいわね…」
「アナベルお願いだから
からかわないでくれ…」
「はっはっはっ、まぁ、そう固くならず
くつろいでくれ」
応接室のソファに案内され
腰掛けると早々に、
アナベルは話し始めた。
「駅でね!レクシーを見つけたの!
思わず抱きついちゃったわ
始めは彼に記憶はなかったのだけど、
半年付きまとって思い出してくれたの!」
アナベル…
俺に付きまとった自覚はあったんだな…。
「っで、レクシーが
ちゃんとパパに許可を貰おう
って言ってくれて、
今に至るわけよ!」
ざっとアナベルが
自慢げに説明してくれる。
「娘さんをぞんざいに
扱ったりはしませんし、
学生の間も一切手を出しません。
どうか結婚を前提に交際を
認めていただけないでしょうか?」
「ああ、いいぞ?
婚約破棄の件は
順を追ってこちらで対処しよう
元々あのクソ野郎にやるつもりは
なかったからね」
すんなり話が進み過ぎて、
急に体の力が抜けた。
正直俺は驚きを隠せないでいた。
「色々と調べさせてもらったんだ。
君は努力で今の地位まで
上り詰めた実力者だ。
娘にとって申し分ない相手でもある。
それに娘の幸せそうな顔を見たら
わかるよ…
君が運命の相手なんだろう?」
「パパとママは
始めは駆け落ちだったものね!」
「そうそうこれでも昔は、
名の知れたプレイボーイだったんだぞ?
そんな僕はママが眩しくてな…
初めて一目惚れというものをしたんだ。
アナベルを授かったが、
身分違いで結婚の許しが貰えず
駆け落ちしたんだけどね、
どうも負けた気がして…
我武者羅に今の会社を作り大きくして、
やっと努力を認められたんだ。
亡くなった今でも、彼女を愛しているよ。
アナベルを残してくれた彼女は、
誰よりも誇り高い女性だ。」
「何年経っても後妻を迎えないもの。
その愛は本物だわパパ」
静かに頷いて
アナベルに優しく笑いかけた。
「君達が本気なら拒んだりしないさ。」
「ありがとうございます。」
「パパ、ありがとう!」
「あ、そうそう!早速なんだけど、
企業提案を作ってきたんだ!
どうせなら僕と仕事をしないかい?」
義父は目を輝かせている。
「…ぜひ!聞かせてください。
意見を頂けたらと思い、
俺も作ってきたので!」
義父と俺は資料を並べ始めると、
アナベルは微笑みながら別室に移動した。
戸が閉まると同時に…、
「と、仕事の話をする前に…
早速で悪いが、
お前は俺の事を覚えているか?」
先程の優しい表情はどこへやら…
義父は人が変わったように、
真っ直ぐ俺の目を見据えている。
「すみません。仰っている意味が…」
「そうか、思い出したのは
アナベルの事だけか。
もしあの子の空想に
付き合っているだけなら、
離れて欲しいと思ってな。」
「空想ではありませんよ。
とても信じ難い話でしょうが…
前世の俺は女性で名はレクシーです。
今世同様彼女と恋人同士でした。」
俺の真剣に見つめ返す目に
疑うように見ていた眼光を緩めた。
「嘘を言っているわけではなさそうだ…
もし、仮に
お前が俺の事を思い出しても、
娘には伝えないでくれ。
俺に記憶はない。そう思っている。
今のこの時代が幸せなんだ。」
「俺にはその言葉の理由は
計り知れませんが、
きっとこの先分かることなのでしょう。
お約束します。」
3年後のアナベルの誕生日。
俺達は籍を入れ、
結婚して直ぐに娘を授かり、
アナベルは当然の様に
彼女をイザベラと名付けた。
その理由は俺には分からない。
いくらアナベルに聞いても、
きっといつか分かる時がくるわ。
とはぐらかされてしまう。
今は焦らずこの幸せな時間を
妻と娘と3人で心置きなく過ごすだけだ。