五章
それからと言うもの、
俺が仕事から帰ると
アナベルがエントランス前で
待っているようになった。
始めは拒否して突き返そうと試みたが、
アナベルは言うことを聞かない。
たまに、もう二度と離さない
って約束した。だのなんだの
何かと意味わからないことを並べる。
レクシーとの約束に
縛られているアナベル。
今日も食べ物を持ってエントランス前で
待っているアナベルの姿があった。
さすがに1ヶ月続くと
この光景にも慣れるものがある。
この間マンションの住人に
アナベルを見られて
冷や汗ものだったが、
アナベルが機転を利かせて
兄と呼んでくれた時には安堵した…。
「よぉ」
「テオおかえり!」
「毎回飯悪いな」
「いいのよ、
一人で食べても美味しくないわ」
話を聞いていると
どっかの企業の一人娘っぽいし、
両親は海外。
日中に家政婦が入る程度と言う。
家に帰っても寂しいのだろう。
俺が体調を崩してからか、
現代食を持参してくれている。
ストーカーなのを目を瞑れば、
無理に俺を刺激しないように
気を使える普通にいい子なんだ。
滅茶苦茶押しが強いだけで…。
そうその押しの強さに
負けたところがある。
このままじゃいけないとわかっているが…
「なぁ、アナベル。
私物が増えてないか…?」
歯磨きをしながらふと呟いた。
「そうかしら?」
いやいや、
洗面所が明らかに
同棲してるカップルの光景なんだが…
よく分からんが見るからに、
如何にも良質そうな
高価なやつばかりだ。
お嬢様だもんな…
お小遣いは困らないか…
口の中をすすぎながら、
ふと、疑問を抱く。
ん、お嬢様…?
「君って許嫁とかいないのか…?
仮にもお嬢様なんだろ?」
「いるわよ。
まぁ、私に許嫁がいても
おかしくないわね。
だって前世は旦那様いたし、
旦那様が居ない時に
レクシーと仲良くしてたわ
前世の旦那様と
今の婚約者は同じ人なんだけど、
これがなかなかのクソ野郎なのよね。」
「何それ、泥沼じゃん。
昼ドラかよ。」
「ああ、それにあの人
当時不能だったから
体の関係はなかったわね。
身分とか面倒臭い決まりがあったから
レクシーと食事を
一緒には取れなかったけど、
午後のお茶の時間だけは
一緒に過ごしたわ」
「ふーん」
〖あの人不能〗
あのセリフとアナベルの声が重なる。
頭痛と共に夢に見た内容が
脳裏にフラッシュバックした。
夫人と会話を楽しむ少女。
夫人のアナベルという名前。
鉢植えにレクシーと名付けた少女。
微笑み合う2人の姿。
ズキン、ズキン、ズキン、
痛みの波と共に光景が映し出される。
これ以上はダメだと
体が拒否反応を起こす。
頭を抱え込む俺を
アナベルはリビングまで誘導し、
ソファに座らせた。
「また、痛むの…?」
「ああ…申し訳ありません夫人
時期に治まりますから…」
「テ…オ……、?」
アナベルは驚いた顔で俺を見ていた。
あ?…俺今なんつった…
「今、私を、夫人って…」
でも不思議と言葉が止まらない。
「……貴女は、アナベル・ガルシア…
ガルシア中将の奥様で、
私は代理母として派遣された275番。
本当の名は……レクシー」
俺は床に崩れ落ちそうになる
アナベルの体を咄嗟に支えて、
そのまま床に座らせると、
両手で顔を塞ぐ彼女を見つめる。
「…泣いて、ますか?」
アナベルは何も答えようとしない。
「アナベル、顔が見たい」
「……嫌よ、きっと今顔が汚いわ」
「アナベルの、その、
汚ぇ泣き顔が見たいんですが」
「クソ野郎だわ」
「あんなに必死に記憶を戻そうと
俺にしがみついといて、
そのクソ野郎のこと好きでしょ…?」
アナベルは小さく頷く。
俺は彼女の顔を見ようと手首を掴んだ。
「俺のために泣いてくれている顔
絶対可愛いから、見せて…?」
「ダメ!今はダメ絶対ダメ!!」
「強情ですね…」
覆い隠せてない額にキスをする。
アナベルはびっくりしたのか
一瞬肩を震わせた。
安心させるように
顔を隠す手にも耳にもキスを落とす。
抵抗を諦めたのか、
アナベルは顔を隠す手の力を緩めた。
「ぐっちゃぐちゃな顔」
アナベルは俺の胸をポカポカと叩く。
「だから言ったじゃない
汚いって…」
「汚くないです。
なんだろ、すごく綺麗だ。
ずっと貴女の顔を見ていたい…」
手で優しくアナベルの涙を拭い、
ティッシュで鼻をかませてやる。
「…変態だわ」
「男は皆変態です。」
ぎゅっと彼女を抱きしめる。
「不思議な気分ですよ。
さっきまで貴女のこと
頭のネジの外れた
少し厄介な女子高生くらいにしか
思ってなかったのに…」
彼女がこんなにも愛しいなんて…
心臓が爆発しそうだ。
「俺と一生一緒にいてください。」
「当たり前じゃない!」
「本当に?」
「貴方の方こそ私から離れないで」
「もう離してやりません。」
約束の契として唇にキスを。
「ん、アナベル…アナベル!
それ以上はダメですよ。」
俺の体をまさぐるアナベルの手を掴んだ。
「貴女がいくらやめて欲しいと
泣き叫んだとしても、
止められる自信がありません。
俺、仮にも男なんで」
「やめなくていいわ…」
「ダメですよ。
貴女はまだ未成年なので」
「全く…なんで今回は
レクシーが10も年上で
私は17歳なのかしら。あの頃と逆ね。」
「俺が16の時ですもんね
貴女が俺を抱いたのは…」